第83話 自分の工房

 次の日、デルトンさんと一緒に冒険者ギルドに出勤してみれば、いつもの作業部屋は大きく様変わりしていた。


「わぁ……」


 壁を取っ払って隣の部屋と合体していて、広さがこれまでの二倍になっていた。


 木のテーブルがたくさん置いてあって、学校の理科室みたいだ。


 左右の壁には本棚や棚がびっしりと並んでいる。


 私の手の平よりも少し大きいくらいの引き出しがいっぱいついている棚もあった。取っ手の下にラベルがついている。薬棚って言うのかな?


 本棚には本がきっちり並べてあるし、棚には何かの道具かと思えるような物や、色々な魔導具が入っていた。この分だと、薬棚の引き出しの中にも何かが入っているんだろう。


 正面、窓のあるところには大きな机が二台並べてあった。きっと私とミカエルさんのだ。


 部屋には太陽の光がたくさん差し込んでいた。


 窓が大きくなっているように見えるのは気のせいじゃないよね? 外壁を壊して拡張したんだ。


 さすがに一枚の大きなガラスは無理だから、ステンドグラスみたいに黒い線で区切られてるけど、それでもこの大きさの窓はかなりの値段がすると思う。


 公爵家ってすごい。それとも王様の親戚なんだからこのくらいは普通なのかな。


 ミカエルさんはまだ来ていなくて、私はどうしていいかわからなかった。


 二台の机のうち、どっちが私のか分からないから、勝手に座るのも躊躇ためらわれる。


 と、開けっぱなしにしていた部屋の扉が、コンコンと叩かれた。


 振り向くと、魔導具が山盛りになっている木箱を持ったギルド職員の人が立っていた。


「これ、どこに置けばいいかな?」

「あ、じゃあ、このテーブルの上にお願いします」


 一番ドアに近いテーブルに木箱を置いてもらう。


 いつもの仕分けの仕事だ。


 普段通りの仕事がやってきて、何だかほっとした。


 部屋の様子が変わったって、ミカエルさんの弟子になったって、私のギルドでの仕事がなくなるわけじゃない。


 私はミカエルさんが来るまで、仕分けの仕事をやることにした。

 



「ミカエルさん遅いなぁ」


 魔導具の仕分けをして、投擲とうてき弾を全部「当たり」にするのを何箱かやったけど、ミカエルさんが来ない。


 次の木箱が運ばれて来るまで暇になってしまい、他の仕事を手伝おうと思って手を上げてみたけど、特にないと言われてしまった。


 暇だから、棚の中身を見て回ることにした。読めないから本棚は素通りだ。


 部屋は理科室みたいだけど、フラスコや試験管といった科学実験をするような道具は置いてない。


 天秤てんびんとか、定規じょうぎとか、地球儀みたいなものとか。


 あとは、コンロに使うような炎の出る魔導具、ランプの魔導具、浄化の魔導具といった普段の生活で使う魔導具だ。


 別の棚の引き出しを開けると、魔石がぎっしりと入っていた。


「すごっ」


 大きさごとに引き出しが分かれていて、お馴染みの一番小さな物から、見たことのないくらい大きな魔石までそろっている。


 もちろん全部魔力が入っていて、中心が光っている。


 これだけで、一体いくらするんだろう……。強盗とか入ってこないかな。大丈夫かな。


 さらに隣の棚に並んでいる魔導具を見て、またも驚いてしまう。


 用途のわからない魔導具が大半だったけど、知ってる魔導具の上位互換の魔導具なんだろうな、と予想できる物もあった。


 魔導具は、基本的に機能が強力になればなるほど大きい。


 表面にある紋様をたくさん彫るためだとか、魔力をたくさん入れるためだとか、色々推測はされてるけど、とにかく大きな魔導具は強力だ。


 いかにもランプの魔導具です、って感じの魔導具があった。ただ大きさが尋常じんじょうじゃない。私の頭くらいある。


 こんな大きな光源、どこで使うんだろう。舞踏会のダンスホールとか? ミラーボール的な。あ、もしかして灯台かな?


 ランプの魔導具なら安全だと思って、私は手を伸ばした。


 スイッチに触らないように気をつけて、両手で持ち上げてみる。


「あ、軽い」


 軽いといっても、重量のことじゃない。それは両腕で抱えるくらい重かった。


 焦点しょうてんをずらして見てみるとかなり曇っていて、損耗率が限界であることを示していた。もう壊れる寸前だ。


 私は巨大なランプの魔導具を側のテーブルの上に置いて、他の棚も見て回った。


 置いてあるほとんどの魔導具が曇っている。


 剣や盾の棚もあった。棚って言うか、棚板はなくて、金具がくぎで打ち付けられていて、そこに飾ってある感じ。


 どれも傷だらけで、使い込んだ物なんだろうと分かった。


 シマリスに襲われた時のことを思い出して、怖くなる。こんな重そうな装備を持って戦わないといけないなんて。


 ふと田野倉くんのことが心配になった。


 勇者だもん、大丈夫だよね。


 王宮で自信満々だった田野倉くんは、きっと今頃すごく強くなって、ばったばったとモンスターを倒しているに違いない。


 心配しても仕方ない。私に何ができるってわけじゃないし。


 私は次の棚の前に移動した。


 薬棚の中には、修理用の素材と思われるアイテムが入っていた。前に見せてもらった蛍草ほたるそう水鱗すいりんもあった。


 涙型の緑色の石。金色の長い針金。黄色い液体の入った小瓶こびん。黒い毛玉。茶色い厚紙。虫の死骸しがい。何かが脱皮した皮。青い目玉。


 引き出しを開けるたびに何度も悲鳴を上げそうになって、それ以上見るのをやめた。素材怖い。 

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