死へと誘う転生令嬢

@komadaaaaaaa

プロローグ

第1話 The 18th Birthday

 首を吊る1人の女性。

 薄暗い室内の一角で、1つの人生が終わりを告げる。

 さようなら……

 そして……

 ようこそ、ディストピアへ―――


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 暗闇の中へと意識が沈み込んでいく。

 海の底にでも到達したのだろうか。

 何処かに横たわっているような感触に包まれる。


「……う、さ……」


(誰だろう……うるさいな……)


「ん……ん?」


「お嬢様!! やっと目が覚めましたか!! 旦那様!! 奥様!!」


 ゆっくりと目を開けた先にに広がる光景。

 天井が遥か彼方に存在しており、シャンデリアが殺風景な景色を煌びやかに彩っている。

 彼女は確かに死んだはずだった。

 ここは天国か、はたまた趣味の悪い地獄か。

 周囲を見渡す彼女。

 重たい体をゆっくりと起こす。


「ここは……痛った……!!」


(私は……首を吊って自殺したのに……何で生きてるの? ……私の名前は……アレ? 思い、出せない?)


「タクスス!! やっと目が覚めたか!! 無事か!? 何処も怪我がないか!?」


「タク、スス……?」


「アナタの名前じゃない……!! ねえ、大丈夫? 頭をぶつけて数日寝たっきりだったのよ……」


「……」


 タクスス。

 どうやらこれが、私の名前らしい。

 だが……違和感がある。

 私の本当の名前は、別の名前だった気がするような……

 それにこの光景……明らかに東京ではない、それこそ中世のヨーロッパにでも迷い込んだような場所は……?


「使用人!! 直ぐに食事の準備を!!」


「アナタ、流石に直ぐは……食欲ないんじゃない?」


「何を言うんだ!! 数日も食事を取っていないんだぞ!! おなか空いたよな? な?」


「う……ん、そうだね」


「ホ~レ見ろ!! 早速食事の準備を!! 急げ使用人っ!! 我が娘が目を覚ましたんだぞっ!!」


 よほど目が覚めたことが嬉しかったのだろう。

 横に立ち尽くす女性が呆れるほど、感情を爆発させている男性。

 後に聞けばこの2人、どうやら私の父親と母親らしい。

 父のバルザンに母のルチア。

 その他にもセルディ、ミリア、ルーナと言った3人の妹たちがいるらしい。

 彼女……タクススは、幸か不幸か新たな人生を歩み出したのだった。


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 転生して数か月が過ぎようとしていた。

 5歳の姿で新たな人生をスタートさせたクラスス。

 宝石のように輝く銀髪を風になびかせ、屋敷の敷地内を散歩していた。

 ルビー色の目には、活気に溢れる城下町と緑が青々と生い茂る広大な自然を捉えている。


「タクスス!! 勉強の時間ですよ!! いらっしゃい!!」


「……はい、今行きます」


 高台に位置するこの場所で、彼女はこの世界の特異な現象を学んでいる。

 言葉……本来ならコミュニケーションの道具として使われるもの。

 どうやらコチラの世界では、人と人とを繋ぎ合わせること以外にも、別の役割を持つらしい。


「良いですか? タクスス、セルディ……紙に文字を書いた後、それをちぎります。そしてこう言葉を発するのです……『灼けろ』」


 屋敷と中庭を繋ぐ空間。

 週に1回この場所で、家庭教師であるオリビアという女性から、ある事を学んでいる。

 ノートを1枚ちぎり、何かの文字を書いた彼女。

 それを両手で奇麗に破り、紙に書かれた文字を言葉にする。

 途端に、目の前に置いてあった薪が、勢いよくオレンジ色に燃えだした。


「このように私達は、発した言葉通りの現象を引き起こすことが出来ます。それには……」


「ハイハイ!! 私もやる~!! 『灼けろ』!! ……あっれ~?」


「はぁ……セルディ、話の途中ですよ。この現象を起こすには、まず引き起こしたい現象を文字に書き出すのです。書き出す物は紙でも何でもいいのですが……書き出したらそれを破ります。まあ、破ると言ってもぐしゃぐしゃにやれというわけではないですがね。ほんのちょっとでも傷をつければ良いです。そして書かれた文字と同じ言葉を発します。この手順を踏まないと、何も起こりませんよ」


「むぅ~やることが多いよ~!!」


「ルールですので文句を言わないで下さいよ。どれ……タクススも試してみてはどうですか?」


「わ、分かりました……文字を書いて……破って……『灼けろ』……アレ?」


「おや? ……火が点きませんね……一応、使える言葉は人によって適性があるのですが……火を起こすのは割と誰でも出来るのですがおかしいですね」


「す、すみません……」


「いえいえ、適性がないのなら仕方がありません。ゆっくりとで構いません。自分が使える言葉を探していきましょうね。本日の授業はこれでおしまいです。また次の機会にお会いしましょう」


「は~いっ!!」


「はい」


 元気よく返事をする2人を笑顔で見つめるオリビア。

 資料を纏める彼女は、屋敷へと戻る2人の後ろ姿を見ながらこう呟いた。


「……旦那様のお望みどおりに育つかしら、あの2人」


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「お姉さま~!! ごはんを食べに行こう!!」


「ええ、分かったわ」


 広大な屋敷内の通路を歩き、食堂へと進む2人。

 自分より1歳年下のセルディは、後ろ歩きをしながらクラススの前を歩いている。


「さっきのオリビア先生!! 凄かったね!!」


「そうね。この世界は不思議なことがいっぱいね」


「ね~!! 私も早くあんな事が出来るようになりたい!!」


「ふふっ……そうね、頑張りましょう」


 私の元いた世界では決してお目にかかれなかった不思議な力。

 そんな世界で日々過ごしていく内に、かつての記憶は夢のように消えていき、この世界で得た新たな記憶で上書きされていく。


「……いった……!!」


「姉さま!? どうしたの、また頭痛?」


「そう、みたいね……ごめんね、心配かけちゃった」


「うぅん!! そんなことないよ!!」


 この世界に転生してから定期的に訪れる頭痛。

 昔の記憶を思い出そうとするたびに、この謎の現象がタクススを苦しめる。

 いったいこれは何を現しているのだろうか。


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 年月が過ぎ、10歳の誕生日を迎える頃。

 雲が空を覆う中、いつもの場所で言葉の力を使いこなす訓練を行うタクススとセルディ。

 かつての未熟な姿からは考えられない程の成長を見せていた……はずだった。


「『灼けろ』……やった~!!」


「流石ですねセルディ。私の課題を簡単にクリアしました……ね」


 鋭いまなざしをコチラへ向けるオリビア。

 その瞬間、タクススは思わず肩をぶるっと震わせる。


「……タクスス、アナタまだ出来ないのですか」


「えぇ……すみません」


「はぁ……困りましたね」


 深いため息を吐く彼女は、眉間に皺を寄せている。

 沈黙によって重苦しい空間へと変わる中、タクススはただひたすら俯いて口をつぐむことしか出来ない。


「……一切の言葉に適性がないのかもしれませんね」


「……え?」


「ここまで試して何も手ごたえがないとなると……そう考えるほかありません。私の経験上、そんな人間は知りませんが」


「そ、その、私、もっと頑張りますから……!! たくさん練習しますから……」


「タクスス」


「は、はい……」


「貴方の場合は……その……諦めるしかないのですよ。無駄な努力はおやめなさい」


 厳しくも言葉を選んでいるようにも思えるオリビア。

 彼女なりの優しさだろう。

 その優しさが、かえってタクススの心を抉っていく。


「これで本日は終了と致します」


 一礼してその場を後にするオリビア。

 その後ろ姿を黙って見届けるしか出来なかった。


「姉さま~このくらいも出来ないなんて、どうなっているんですか?」


「どうって……」


「お父様とお母様の期待を裏切らないでもらえます? そんな無様な姿は、ステラ家にとって恥です」


「……」


 何時からだろう。

 周囲に変化が起こり始めたのは……

 1年、また1年と月日を重ねる毎に、周囲の目は期待から失意へと移り変わっていった。

 セルディの赤毛をじっと見つめることしか出来ないタクスス。

 彼女に数分遅れる形で屋敷内へと戻って行く。


「……だ、…まえの……ない……のか!?」


「……お父様の声?」


 薄暗い室内をとぼとぼと歩いていると、ある一室から話し声が聞こえて来る。

 廊下へ差し込む光に導かれるように、扉へと近づいていくタクスス。

 室内では、父親のバルザンとオリビアが言い争いを行っていた。


「貴様の指導が悪いのではないのかっ!?」


「私は十分な指導を行いましたっ!! これ以上は無理なんですっ!!」


「セルディは問題ないのだぞ!? 何故タクススだけは力が使えんのだ!?」


「だから……!! それが分かったら、ここまで苦労していないんですよっ!!」


「そこをどうにかするのが貴様の仕事だろ!! 大金を支払っているというのに……なんだその態度はっ!? この無能がっ!!」


「……っ!! この、黙って言わせておけば……っ!!」


「……」


(聞きたく、なかったな……)


 静かにこの場を後にするタクスス。

 自分の部屋にでも戻ろうかと考えたが、今はなるべくこの屋敷に居たくない。

 ふらついた足取りで来た道を戻る彼女。

 何も目的が無いまま、今にも雨が降り出しそうな曇天の中、城下町へと目指して歩み出した。


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 オリビアとの口論を終え、1人椅子に座るバルザン。

 机の上には、退職届のような複数枚の書類が並べられている。

 タクススが近くにいたことを知らないまま、外の灰色の空を眺める彼。

 苦虫を噛んだように苦渋の表情を浮かべている。


「……ちっ!! どうする……? 言葉の力を碌に使えんやつが、政略結婚の道具に使えるかどうか……見切りをつけて早々に処分でもするか……?」


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 何年たっても変わらない街並み。

 今はこの光景がタクススの心の傷を癒す。

 悪天候のため、普段よりも人通りは少ない。

 誰にも会いたくない彼女にとっては好都合な状況だ。


(……目的もなく来ちゃったけど、これからどうしよう)


 力のない目つきで辺りを見回すタクスス。

 現在地は出店が立ち並ぶ広場の近く。

 露店では新鮮な果実などの食品から、日用消耗品に至る様々な商品が取引されている。

 ぼんやりとそれらを眺めていると、ある一点に視線が吸い寄せられた。

 

(本屋……? あぁ、言葉に関する……)


 数ある露店の中でも一際ボロボロな風貌の出店。

 奇麗に並べられた陳列棚には、年季を感じさせるような色褪せた本の数々が並んでいる。

 言葉を使うには、先生から学ぶやり方と、自分で本を買って自力で覚える2つのやり方がある。


「……いらっしゃい」


「ど、どうも……」


 店員からの挨拶に、軽く会釈するタクスス。

 それぞれの商品に目を通していると、ある考えが心の中を過っていく。


(この中に、私でも使える言葉ってあるのかな……オリビア先生は、私に適性が一切ないって言っていたけど……もしかしたらこの中に、私でも使える言葉があるかもしれない。それなら……私も言葉の力を使えるようになったら、もう誰も喧嘩しなくて済むよね)


 真剣な面持ちで物色を始めた彼女。

 興味の湧いた本は手に取り、パラパラと頁をめくっていく。


(感情に関する言葉……動作に関する言葉……どれも試した言葉ばかり……)


 ため息をつき本を元の場所へ戻す彼女。

 僅かに抱いた希望は、雪のように儚く溶けていく。

 そんな中、他の本に比べて一際小さく、注意しないと見逃すサイズの本があることに気が付く。


(何この本……■■■■……表紙が擦れていて、なんの言葉の本か分からない……)


「あの、これ貰えますか?」


「はいよ、料金は箱の中に入れていってね」


 不愛想な店員に言われた通りに代金を支払い、店を後にしていくタクスス。

 その姿を見て、店員は不思議そうにこう呟いた。


「俺、あんな本を入荷したっけな……?」


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 本を抱きしめて、屋敷への帰路に就くタクスス。

 高まる鼓動を抑えながら、速足で人混みを駆け抜けていく。


「おや? タクススちゃんかい?」


「……あ、オーマ叔母さん」


「ま~た屋敷を抜け出してきたのかい?」


「えぇ……まあ……」


 オーマ叔母さん。

 この商店街でよく私がお世話になっている老婆。

 食品関係の店を開いており、家出した時によく泊めてもらっている。

 始めは子供がウロチョロしていたのを危険に思い、保護する形で出会った彼女。

 気が付けば、我が子のような仲にまで交流が進んでいた。


「また家出?」

 

「いえ、今日はちょっと本を買いに……」


「そう……若いのに偉いわねぇ~!!」


「……」


「ねぇ、タクススちゃん」


「はい?」


「何時でも来て良いんだからね? 子供1人くらいの食事が増えたって、全然問題ないんだからさ」


「はぁ……」


(また、心配させてしまった。この人だけは何時もと変わらない……優しいな。でも甘えてちゃダメだな……)


「……大丈夫です。何時までもお世話になるのは……その……申し訳ないって言うか……」


「そう? でも我慢しちゃダメよ?」


「はい、ありがとうございます」


 一礼して再び歩み進めるタクスス。

 もう誰にも心配をかけさせない。

 もう誰にも言い争いをして欲しくない。

 その一心で、言葉の力の習得を決意する彼女。

 空を覆う分厚い雲は、より一層黒々としていた。


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 15歳の誕生日を迎える頃。

 私は屋敷に存在しない人間としての扱いを受けていた。

 かつて言葉の訓練を行っていた場所では、オリビア先生とは別の教師が、セルディ、ミリア、ルーナの指導を行っている。

 彼女は5年前、父と口論を行った時を境に辞めてしまったようだ。

 私への指導が行われなくなったのもその時からだ。

 あの時購入した本で、睡眠時間を削ってでも力を身につけようとした彼女。

 だが、結局は何の成果も得られなかった。

 ……何も変えられなかった。

 アレから……ただただ時間だけが過ぎ去っていた。


「……」


 5年間片時も手放さなかった、表紙の擦れた書物を読みながら、物思いにふける彼女。

 時計の針が9時を回ろうとしていたので、外出する支度を行い、目立たないように屋敷を出て行った。

 最近は、屋敷に居る時間の方が少なくなっていた。


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「おはようございます……オーマ叔母さん」


「あら!! 今日は早いのねタクススちゃん!!」


「なんか……家に居ずらいっていうか……」


「良いのよ!! んじゃ、早速荷出しを手伝ってちょうだい!!」


「分かりました」


 最近の唯一の生きがいは、オーマ叔母さんが経営する食品店の手伝いぐらいだった。

 息苦しい屋敷では味わえない、生を実感が得られる時間。

 この時間が……タクススの心に生きるための活力を与えていた。


「よぉ!! タクススちゃんじゃん!! 朝から早いねっ相変わらず可愛い~✰」


「どうも……イディオさん」


「なになに? かしこまっちゃってさぁ~? 俺とタクススちゃんの仲じゃん✰」


「……アンタまたちょっかい出しに来たのかい!? あっちに行きなっ!!」


「あぁ? 良いとこなのに、うっせぇババアだな……んじゃタクススちゃん、また今度~✰」


「ったくあの糞ガキ……!! ウザったい金髪を刈り取ってやろうかしら……!!」


 この店の看板娘を勤めて数年。

 タクススが来る前とは売り上げが雲泥の差らしい……

 主に絶世の美貌を誇るタクススを一目見ようとする人間ばかりだが、昔と比べてお客さんの入りが良いらしい。


「タクススちゃん可愛いからね~お客さんが増えるのは良いけど……アイツの対策は何かしないとね」


「すみません、ご迷惑おかけして……」


「良いのよ、売り上げが伸びて助かっているのはこっちの方なんだからさ!! 他の店は景気が悪いようだけど、私の所は元気ハツラツだよ!!」


「……」


(存在を認められるってこんなにも嬉しい事なのか……当たり前の事だと思っていたけど……乾いた心に水が注ぎこまれるみたい)


 その日の彼女は、普段より一層気合いを入れて仕事に励んでいた。

 彼女の知らない場所で、悪意が蠢いていることも知らずに。


「ウィ~ス!! オレオレ、イディオ!! 中々あの貴族の女を落とすのは難しいわ~!! ……あん? 大丈夫大丈夫!! 余裕だって!! 財産ガッポリ作戦、問題ないって✰」


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 明日で18歳を迎えるタクスス。

 そんなある日、父親のバルザンが室内で他の家族と嬉しそうに話しているのを目撃する。

 部屋の外から聞き耳を立てるタクスス。

 彼がこれほどまで喜びの感情を周囲に晒すのは、一体いつぶりであろう。


「セルディ!! よくやった!! イザロ家と婚約が成立したぞ!!」


「私も母親として、アナタの事を誇りに思いますよセルディ」


「お父様、お母さま、当然ですわ!! 出来の悪い姉さまとは、訳が違いますから!!」


 自分の事が話題に上がった途端、急いでその場を離れる彼女。

 大事な会話が後に続くとも知らずに、タクススは逃げるようにその場を後にする。

 

「……結局タクススはダメでしたか」


「ああ、顔が良いから僅かなチャンスに賭けてみたがな……これ以上は金食い虫だ。おい!! 使用人!!」


「はい」


「分かっているよな?」


「かしこまりました」


 黒服の使用人たちは一礼するとこの場を後にする。

 室内に残ったのは3人。

 その内の1人であるセルディは、父親のバルザンに問いかける。


「お父様、いよいよやるんですか?」


「ああ、これ以上は無駄だろう。金食い虫のアイツは消えてもらう。丁度協力者もいることだしな」


 空は黒く空気は湿気を帯びてきた。

 恐らくこれから雨が降るだろう。

 全てを洗い流すほど荒々しい豪雨が……


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 傘をさし、雨声を聴きながら、ぬかるんだ道路を歩くタクスス。

 城下町の見慣れた景色も今は懐かしく、商店街は目に見える形で寂れていた。

 昔と比べて景気が悪くなり、1つまた1つ店を畳む人が増えていた。

 オーマ叔母さんの食品店も、今は何とか持ちこたえているが、正直いつ潰れることになってもおかしくない現状である。


(結局……この世で変わらない物なんて、何一つないんだね……)


 悪天候が彼女の心まで曇らせるのか、いつにも増して悲観的になる。

 晴ない表情のまま、オーマ叔母さんが経営する食品店に到着したタクスス。

 いつにも増して暗い表情の彼女を心配したのか、オーマ叔母さんは急いで駆け寄ってくる。


「タクススちゃん……具合でも悪いの?」


「いえ、ちょっと……感傷的になってたって言うか……」


「そう……? 無理しなくて休んでも良いんだからね?」


「いえ、ご心配なく!! 大丈夫、ですから……」


 引き攣った笑顔を見せる彼女。

 言葉では問題なさそうでも、よほど顔色が悪かったのだろう。

 休憩時間に、オーマは小皿にケーキをのせて持ってきた。


「はいこれ」


「良いんですか? その……オーマ叔母さん、あんまり余裕ないんじゃ……」


「良いのよ。って言うよりこれ、アナタの誕生日記念で買って来た物なのよ。まあ、誕生日は明日だけどね」


「え?」


「明日来てもらった時に、サプライズで渡そうと思っていたんだけどね……死にそうな顔を見てると出し惜しみ出来なくなっちゃったよ!!」


「……すみません、ご迷惑おかけして。いただきます」


(甘くておいしいイチゴのショートケーキ。何だろう……屋敷で食べる時より数倍美味しい。……あぁ、美味しいなぁ)


「ごめんなさい……私が不甲斐なくて」


「良いのよ。いつも手伝って貰っているし……不甲斐ないのは私の方だし……」


 短い時間だが、十分な英気を養ったタクスス。

 雨は未だに止まない。


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 日が水平線に接触する時間帯。

 仕事を終え、屋敷へ帰宅する彼女。

 今日は泊まっていかないのかというオーマ叔母さんのお誘いに首を振る。

 これ以上は気遣いをさせたくないという一心で、彼女は傘を差、雨が降る中、帰路をゆっくり進んでいく。


「おっ!! タクススちゃんじゃ~ん!! 良いとこに来た!! ちょっと手伝って欲しいことがあるんだよ✰」


「イディオさん……?」


「こっちこっち!!」


 人気が少ない住宅街。

 傘をさし、何やら自分を手招きするイディオの姿が見える。

 何故この場に居るのか不思議に思いながらも、誘われるまま、住宅街の小道を進んでいく彼女。


「あの……イディオさん?」


「……」


「あの……ひっ!?」


 傘を投げ捨てたイディオに突然襲われるタクスス。

 両腕を掴まれたまま、水たまりで覆われている地面へ押し倒される。


「イ、イディオさん……?」


「君の両親から依頼があってさ……君を殺せって命令が来たんだよね……やり方は好きにしていい、お金も払うと……いや~すっげー依頼がきたもんだよ」


「私の、両親が?」


「そうそう!! 理由は知らないけどね~✰ んで……殺す前にぃ~ちょっと楽しませてもらうよ✰」


 イディオはそう言うと、掴んでいた右手を離し、彼女の胸部へと手の平を移動させる。

 乱暴に揉みしだくイディオ。

 タクススは力の限り叫ぶ。


「は、離して!! 誰か!!」

 

「この時間帯でこの豪雨だよ? 誰も気が付かないって……タクススちゃんさ~大人しくしようよ? 君を殺す前に色々とやりたいんだよ✰」


 焦点の合っていない目をコチラに向ける彼。

 右手を今度は陰部へと移動させ、害虫のように指を動かす。


「銀髪は奇麗だし胸もおっきいし……タクちゃん、良い体してるね? ……お口、いただきま~す」


「……離してッ!! ……んんんんっ!?」


「……ん、ぷはっ!! タクススちゃん、ケーキでも食べた? 口の中、すっごく甘くて……そそっちゃうねっ!!」


 無理やりタクススの唇を奪ったイディオ。

 強姦される彼女は、体が震え目に涙を浮かべながらも、口の中に侵入してきたイディオの舌を嚙みちぎっていく。

 不意を衝かれ、口から血を噴くイディオ。

 彼の悲痛な叫びが、閑静な住宅街に木霊していく。


「……っ!? 痛ってぇぇぇぇぇぇぇぇ!! あぁぁぁぁぁぁ!?」


 地面から体を起こすと、タクススは傘も拾わず全速力でその場を後にする。

 走っている最中に、靴は脱げ黒い服は泥だらけになりながらも、必死の形相で屋敷へと向かう。

 彼のあの言葉が頭を埋め尽くしていたから……


(私の両親が私を殺すように依頼……? 何で……)


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「お父様っ!! お母さまっ!!」


 泥まみれのまま、屋敷内の大広間へと現れるタクスス。

 使用人達がぎょっとした目でコチラを見る中、父のバルザンだけは、落ち着いた表情で言葉を吐く。


「……全く、アイツらは一体何をやっているんだか……その様子だと、全て知っているのだろう? タクスス」


「なぜです……なぜ私を殺すように命令を!?」


「もう用済みだからだ、政略結婚のな」


「……!?」


「セルディの婚約が決まったのは……知らんか。相手はイザロ家だ。容姿の良いお前なら何処かから誘いが来るかも知れんと思って、今の今まで生かしておいたが……結局、言葉の力を使えない奴は要らんと言うことだ……」


「……」


「これ以上は時間と金の無駄だ……死ね、この世から消えろっ!! 使用人、連れていけっ!!」


 タクススの背後から現れた黒服の使用人。

 彼らの屈強な腕につかまれ、引きずられるように屋敷の地下に存在する空間に連れていかれる。


「離してッ!! ……いった!!」


 ロウソクの僅かな灯りが周囲を照らす、薄暗いじめっとした場所。

 煉瓦で壁一面覆われ、至る所から死骸から発生したような悪臭がする。

 タクススは乱暴に、数ある牢屋の中の1つに投げ込まれる。


「何ここ……ねぇ!! 出してよ!! お願いだから!!」


 彼女の悲痛な声が空しく響き渡るも、誰もコチラを振り向こうとしない。

 完全に1人になってしまった。


「私、死ぬの……? 嫌、そんなの……何とかここを出なきゃ……何とか……!!」


 親に捨てられ、ただ死を待つのみの彼女。

 何とかこの牢獄からの脱出を試みようとする。

 だが、アリ1匹すら通る隙間のないこの場所からの脱出は、世界が滅びでもしない限り不可能であろう。

 何もできないまま数時間が経つ。

 立ち込める悪臭に何度も嘔吐し、体は衰弱し座ることすらままならない彼女。

 時計の針はあと少しで12時になろうとしている中、何処かから足音が聞こえて来る。

 かすんだ視界に映り込んで来た人物。

 鼻にハンカチを当て、眉をひそめて周囲を見渡している。


「くっさ~!? 相変わらず酷い場所ね、ここ」


「セ……ル、ディ……?」


「あら!! お姉さま大変!! もう虫の息じゃない!?」


「た……す、け……て……」


「はぁ? 助けるわけないでしょ? お姉様はもう用済みなのよ?」


「……おね……が……い……だ……ず……げ、で……」


「うわ……泣いてるのお姉さま……? ふっふっふ……アッハッハッハ!! ちょっと惨め過ぎな~い!?」


 セルディの笑い声が木霊する地下牢獄。

 タクススはもう返事すら出来ない。

 

「あ!! そうそう、姉さまに最後のお土産としてちょっとしたお話があるの」


「……」


「お姉さま、今凄~く弱っているんだけど、その原因って何だか分かります?」


「……」


「じ・つ・は……ある人間が食べ物に毒を盛っていたんですよね!! 誰だか分かります?」


「……」


(毒を盛った……? 私が今日食べた物の中に……? 口にしたものなんて、屋敷での食事と……ショートケーキと……)


「うぅ……!?」


「あら……気が付いた? 今日確か、オーマって言う人間が、適当に食べ物に毒を入れて食べさせるって話だったのよね!! お金を渡したら喜んでいたそうよ!! あの店ってもう潰れそうだったし~?」


「……うぅ……ぐぅ……!!」


「このステラ家は私がしっかり継がせていただくわ。だから……安心して死んで頂戴!!

!!」


「……」


 涙が止まらない。

 声が出せない。

 言いたいことも沢山あるのに、その権利すら今の彼女は剥奪されている。

 無反応のタクススが気に入らないのだろうか。

 セルディは目をしかめると、荒々しい口調で話し出す。


「無反応……本当、気に入らないわ……!! なんでこんな奴の容姿は良いのかしら……このそばかすもアンタに出来たら良かったのに!! そうだ……」


 ニヤリと笑みを浮かべる彼女。

 鬱憤を晴らすように、ポケットから一枚の紙を取り出すと、それを破り捨て、タクススの顔面に目掛けて言葉を発する。


「……『灼けろ』!!」


「…………あぁっ!?」


「アッハッハッハ!! これでアナタの顔は火傷で台無しよ!! どお? 自分が使えなかった言葉で死ぬ気持ちはッ!? ……そうだ……全身焼いてしまいましょっ!! 火葬よ火葬っ!! アッハッハッハ!!」


 火の手はタクススの全身に広がっていく。

 全身を刃物に刺されるような激痛に包まれながら、彼女は18歳の誕生日を迎えることなく、その人生に幕を下ろした。


ー-----------------------------------


 深い闇の中に沈んでいく。

 静寂が心地よい。

 暫くすると、今までの記憶が走馬灯のように頭の中を駆け巡ってきた。

 無風だった心に、徐々に吹き荒れる嵐。

 罵倒の言葉……失意の眼……


「■■■!! 他の子どもたちは出来ているんだぞっ!? なんで分からないんだ!!


「数学もダメ、国語もダメ、化学もダメ、英語もダメ……何が出るのアンタ


「なんか暗いよね、あの子


「……はっ? 浮気? ……テメェなに? 俺に喧嘩売ってんの?


「きっも……その髪型、似合ってると思ってんの?


(うるさい)


「誰のおかげで食わせて貰ってると思ってんだ!? ■■■!!


「無視しよ、巻き込まれる


「アナタのために、どれだけ教育費を使ったのか分かっているの?


「さっさと死ねよ■■■


(うるさい……!!)


「どっちでもいいよ、期待してないから


「女の子らしくしなさいよ


「アンタなんか生まなければ良かった


「■■■!! ■■■!!


(うるさい……!! もう喋らないで……!! お願いだよ……)


「……カワイソウニ」


 頭の中に直接語り掛けてくる声。

 男の声か、女の声か。

 それはタクススに問いかけて来る。


「……アナタガノゾムナラ、ツカッテミマスカ?」


「……力?」


「ダイショウハイタダキマスガ……キットアナタノチカラニナリマスヨの人物からの提案を承諾する。

 すると辺りは白い光に包まれ始めた―――


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 意識が覚醒してくる。

 肉体と魂が一つになる感覚。

 鼻に入ってくる悪臭には覚えがある。


(牢獄……死ななかったの……? 私……誰かが蹴ってる……?)


 まだ意識が朦朧としている中、誰かがタクススの体に触れている。

 セルディだ。

 死んだかどうかを確認するため、牢獄の中へ侵入し、様子を窺っているようだ。

 タクススは少しずつ状態を起こすと、焼けこげた体を2本の足で支える。

 やっと死んだと思っていたセルディ。

 目の前の光景を受け入れられない彼女の表情からは、一瞬で感情が消える。


「はぁ……!? 生きてる……噓でしょ!?」


「……」


「何でよ!! 毒で死んだんじゃないの!? 焼かれて死んだんじゃないの!?」


「……」


 光が消えた虚ろな眼で、セルディの姿を捉えて離さないタクスス。

 右頬は火傷の痕で赤く腫れており、銀髪は灰を被ったように焦げている。

 黒い衣服も所々ズタボロで、火傷の痕が酷く残る素肌がむき出しとなっている。


「何とか言いなさいよ!! この……化け物!!」


「……」


「うぅうぅぅ……!! お父様ぁ!! お母様ぁ!!」


 酷く取り乱したセルディは、檻の扉を閉めることも出来ず、この場から逃げ出していく。

 亡霊のような足取りで、その後を追っていくタクスス。

 檻の中には、彼女が肌身離さず持ち続けていた、表紙の擦れている■■■■に関する本が残されていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「お父様!! お母様!! あの、う、お姉さま、うぅぅ……!!」


「落ち着けセルディ!! 何があった?」


 息を切らしながら広間へとやって来たセルディ。

 時計の針は、12時を過ぎている。

 和やかだったバルザンとその使用人達は、彼女の姿を見て動揺が走る。


「タクススがどうかしたのか? やっと死んだか?」


「死んだ!! けど……生き返ったのよ!!」


「は?」


「生き返ったのよ!! あの化け物がっ!!」


「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」


「おい!! 止まれ!! ……あ"ぁ"ぁ"ぁ"ぁ"!?」


 セルディからの報告に思わず息を呑むバルザン。

 その時、警備を行っていた黒服達の悲惨な叫び声が、屋敷中に響き渡る。

 瞬時に広間に居る全員に緊張が走る。


「何だ!? 何事だ!?」


「アナタ、これは一体!?」


「うぅうぅ……ぅうぅ……!!」


「誰かいないのか? 誰か!! ……タク、スス……?」


 禍々しい威圧感を放つ彼女が広間に到着した。

 先ほどまで鳴り響いていた悲鳴は、今は1つも聞こえない。


「何故だ……確かに毒を……失敗した? そんな馬鹿な……!!」


「……」


「おい!! 何とか言え!!」


「……」


「くぅ……!! お前ら!! タクススを殺せ!! 『燃えろ』!!」


 バルザン、並びにその場にいる全員が、メモの紙をちぎりとり、そこに書かれていた殺意のある言葉を、タクススへ向けて投げつける。

 言葉の雨を全身に浴びる彼女。

 だが、彼女の命を燃やし尽くすことは、誰にも出来ない。

 

(うるさいな……みんな、みんな、うるさいよ……しずかにして)


 燃える体を動かして、ゆっくりと近づいていくタクスス。

 言葉の力が使えなかったはずの彼女。

 その手には、何かの文字が書かれたボロボロのメモ帳の1ページが握られいる。

 震える手で断面がガタガタになりながらも真っ二つに破ったタクスス。

 彼女の発した言葉は、命を育む全ての生命を、問答無用で終わらせる言葉であった。

 ■■■■の本に書かれていた言葉。

 『死ノ言葉』の本に書かれていたその言葉は―――

 

「……『死ね』」


 たった一言で、その場にいた全ての人間の心臓の鼓動が止まる。

 彼女を除いて―――

 蔑まれ、命を奪われ、全ての人間に裏切られた彼女を除いて―――

 ありがとう、さようなら、ごきげんよう、そしてようこそ、すてきなすてきなDystopiaじごくへへ―――


「……くっく、は、あはっ!! はははは!! ふ、ひっ!! あははっはははぁっ!!」

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