第2話

「それでは、まずは皆さんと益田さんとの関係性を聞きたいのですが。皆さんは益田さんのご家族ですか?」

「お父さん……僕らは益田さんのことをそう呼んでいたので、こういいますが」

「はい」

「養子……候補です」

「養子候補?なかなか聞き慣れない言葉ですね。養子候補」

 不思議そうに井上刑事が言った。

 確かに井上刑事の疑問はもっともだった。

 僕は事情を説明した。

「半年前のことです。実はお父さんはがんに侵されて、余命一年と宣告されていました」

「そうですか。それはお気の毒に」

「お父さんは身寄りがありませんでした。そこで半年前、ネットで養子を募集したんです」

「養子ですか」

「ええ。自分の遺産を継がせる者を見つけるためです。条件は20歳未満で、なおかつ両親がいない者でした。僕もそうですけど、絵里と冴子も幼くして両親を亡くして養護施設の育ちです。条件にあう僕ら3人がそれに応募して通ったというわけです。全部で50人以上の応募があったそうです。僕らは一緒に住んで、お父さんの身の回りの世話なんかもしていました。お父さんは一年かけて、僕ら3人のうち1人を正式な養子として迎える考えでした」

「なるほど。よく分かりました。あなた達は遺産目当てで、養子になろうとしていたわけですか」

 井上刑事はトゲのある言い方をした。

 それからきょろきょろと周囲を見回した。

「この屋敷だけでも、相当な資産ですよねえ」

 僕はムッとした。

「ちょっと!変なこと言うのやめてもらっていいですか!」

 立ち上がったのは冴子だった。

「ちょっと冴子……やめなよ」

 絵里が止めた。

 だが冴子は止まらなかった。

「私達はお父さんの意思を継ごうとしているんです!お父さんは立派な方です。養護施設に寄付してくれるし、村の発展のために力を尽くしていたわ。決して遺産目当てなんかじゃありません!」

 コホン、と井上刑事はわざとらしく咳払いをした。

 そして話を変えた。

「書斎の窓、そして玄関は内側から鍵がかかっていました。細かい所は鑑識が来てからになりますが、遺体の状況から見て死亡推定時刻は0時から3時くらいでしょう。その間、皆さんどこにいたか、教えてもらえますか?」

 井上刑事はからみつくような目で、僕達を見た。

「刑事さん、僕達を疑っているんですか?」

「仕方ないでしょう。状況から考えて、犯人は内部の者だと考えるのが自然です」

「今、話したでしょう。僕達は益田さんのことをお父さんと慕っていたんですよ?」

 僕は抗議した。

「だからといって、犯人ではないということにはなりませんよね」

「信じられません!」

 今度は絵里が力強く言った。

 さすがに耐え切れなくなったようだ。

「この中の誰かがお父さんを殺したなんて……。嘘でも考えたくない」

「そうよ」と冴子が言った。

「半年間、私達まるで本当の兄妹のように仲良く生活してきたのに……」

 冴子も絵里と同じ反応だった。

「しかしねえ」井上刑事はペンで、ボリボリと頭をかいた。

「高価な宝石や絵画、さらに金庫が書斎の中にありました。それが何も盗まれていない。荒らした形跡もない。物取りの犯行でないなら……。いや、そもそも物を盗る必要がなかったのだとしたら……」

「どういうことです?」

 冴子が食ってかかった。

 井上刑事はペンで僕らを指さした。

「だからあなた達ですよ。養子として集められたあなた達なら、物を盗む必要がない。『遺産』を継げば、いずれ自分の物になるんですから」

 この言葉で、井上刑事が僕らを疑っているのがはっきりと分かった。

「それとも誰か屋敷に侵入してきた者を見た人はいますか?」

 それに対して誰も何も言わなかった。

「3人とも不審な人物を目撃していない、と。それでは0時から3時の間、どこにいたか話してもらうしかないですね」

 仕方なく僕らは自分のアリバイを話した。

「僕は部屋で寝ていました」と僕は言った。

「私もです」

「私も」

 絵里と冴子も同じ答えだった。

 井上刑事は証言を捜査手帳にメモした。

「なるほど。皆さん部屋で寝ていた……と」

 僕らは2階にそれぞれの個室を割り当てられていた。

 その間、誰がどこで何をしているか。

 夜のプライベートな行動は分からなかった。

 誰も他の2人のアリバイを証明することが出来ない。

 確かに部屋を出てお父さんを殺害するのは、3人とも可能だった。

「最初に遺体を発見したのは、君だといったね?橋本君」

 井上刑事は僕を見た。

「はい」と僕は言った。

「3時半過ぎだったかな。お腹が空いて眼を覚ましたんです。階段を降りて食堂に向かおうとした時、お父さんの書斎から明かりが漏れていたんです。お父さんはいつもこの時間は絶対寝ています。それで変だなと思って行ってみたら……お父さんがあんなことになっていて。遺体の回りには血が広がっていました。それですぐに2人を呼んだんです」

「なるほど。そこで君は当然見たわけだ。……Sの文字を」

「はい」と僕は言った。

「お2人も見たんですよね?」

「はい。見ました」と絵里と冴子が言った。

「あなた達を疑わざるを得ない、もう1つの決定的な理由がこれです。うつ伏せに倒れていた益田さん。その右手の前には、血で大きくSと書かれていました。あれはダイイングメッセージです。TVドラマなどで見たたことがあるでしょう?被害者が犯人を示すために最後に書いたものです」 

「お父さんはこのSという犯人に殺された、と?」

「そういうことになりますね」

「それが本当なら、僕はSを許せない!絶対に……!」

 僕を拳を強く握った。

「お父さんは僕らのことを本当の子供のように可愛がってくれました。その上で資産を、僕らを養子にして残そうとしてくれたんですよ?なのに……なのに……」

「気持ちはよく分かります。さてS……S……」

 井上刑事はブツブツとつぶやいた。

 そして僕らを見た。

「橋本健太さん。山本絵里さん。竹田冴子さん。この3人でイニシャルがSなのは……竹田冴子さん、あなただけですね」

「わ……私を疑ってるの?」

 冴子が大きく目を見開いた。

「はい。疑ってます」

 井上刑事はきっぱりと言った。

「なにせはっきりと、ダイイングメッセージが残されていますから」

「そ、そんな!私がそんなことするわけないじゃないですか!」

 冴子が怒りながら言った。

「第一、なんで私がお父さんは殺さなきゃいけないの!?」

「それは遺産目当てなんじゃないですか?」

「誰が養子になるか決まってなかったのよ!なのにお父さんを殺したりしないわ」

「そうなんですか?」

「ええ、まあ」と僕は言った。

「あ……ちょっと待ってください」と絵里が言った。

「どうかしましたか?山本さん」

「確かに正式には決まっていませんでした。でもお父さんは遺言状は作っていました」

「ほう?」

 興味深そうに、井上刑事が言った。

 冴子が絵里をにらんだ。

 余計なことを言うな、と言っているようだ。

「遺言状は、毎月書き換えていました。誰を養子にするかを変えていたんです。それで月初めにお父さんが言うんです。遺言状を見せつけて、今月はお前だぞって」

「それはまた、なかなか悪趣味ですね」

「そうじゃないです」と僕はきっぱり言った。

「お父さんは、僕達の人間性をテストしていたんです。競争させる目的があったのかもしれませんが」

 そう。益田は僕達を常にテストしているようなところがあった。

「ちなみに、今月養子にとなっていたのは誰ですか?」

「それは……」

 絵里は言い渋った。

 だが井上刑事にじっと見られて、しぶしぶ言った。

「冴子、です」

「なるほど。その遺言状とはこれですか?」

 井上刑事は背広の内ポケットから、1枚の紙を取り出した。

「さっき書斎を調べていた時に、出てきました」

「そ、そうです。それです」

 井上刑事は、遺言状を見た。

「確かに冴子さんを養子とするとなっていますね。話が見えてきましたよ。冴子さん、あなたは自分が養子となっている今月中に、益田さんを殺す必要があった。違いますか?」

「そんな!何を言い出すのよ!」

 冴子が立ち上がって怒った。

 食堂は緊迫した空気になった。



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