第33話◇深淵踏破のディル


 


「お前にはだいぶ早いが、状況が状況だから説明するぞ。第四階層・憤怒領域。表現世界テクスチャは火山。思ったほど暑くないだろ? ダンジョン側が、探索者の活動を妨げないために調整してるとか言われてるな。だがマグマの河には落ちるなよ、上がってこれなくなる」


「は、はいっ」


 緊張した様子で頷くアレテー。


「モンスターがこっちに襲いかかって来るのは第一階層と同じだ。向こうは食うつもりで襲ってくるが、この層のやつらは、ただ殺すために襲ってくる」


「……は、はい」


「それと、この層の最悪なところは、長時間いると正気を失うってところだな」


「えっ!?」


「この層のモンスター共は、とにかく怒り狂ってる。普段は同士討ちしてるくらいに、破壊衝動を抑えきれないんだ。で、探索者も長くいると影響を受ける」


「お、怒りっぽくなってしまうのですね……」


「……まぁ、そうだな」


 アレテーが言うと、深刻度が薄れる気がする。


「普段は理性が抑えてるところを、我慢できなくなるって感じだ。ここが見た目通りクソ暑かったら探索者も気をつけて早めに引き上げるが、そうじゃないから性質が悪い」


 徐々に理性を蝕まれていく領域が、第四階層。


「お前、またデカイ狼出せるか? 出せるよな」


「お、お任せくださいっ!」


「よし、これで移動速度が格段に上がる。基本方針は、モンスターとの戦いを極力避けることだ。一気に駆け抜けて、上の階層に上がる。怒り狂ったモンスターよりは、エロいサキュバスの方がいいからな」


 第三階層・色欲領域にはサキュバスを模したモンスターが出現する。


「え、えっちなのは、ダメなんですよ……?」


 ようやく、いつも通りの会話が出来るようになってきた。

 良い兆候だ。


「まぁ、モンスターのサキュバスの誘惑に乗ったら、干からびて死ぬのがオチだしな」


「そ、そうなのですね……」


 アレテーは顔を赤くしている。

 死の恐怖や罪悪感以外の感情を抱けるようになっていることを、ディルは確認する。


「よし。俺の作戦のおさらいだ。方針は?」


「先生とわたしで狼さんに乗って、一気に安定空間まで行きます。モンスターさんとは、なるべく会わないよう、こう……頑張ります!」


「俺が指示する通りに狼を動かせば大丈夫だ」


 その時、すぐ近くで雄叫びが聞こえた。

 ずしん、ずしんと大地を大きく揺らしながら、足音のようなものが近づいてくる。


「……あ、あのぅ……せ、先生?」


「前言撤回だ。出発前に見つかっちゃあ、さすがに戦闘は避けられない」


「み、見つかってないという可能性は……」


「それに賭けてここで息を殺してもいいが、見つかると逃げ場なしで詰み、見つからなかったとしても時間を無駄にして正気を失う可能性がある」


「うぅ……」


「覚悟を決めろ」


「あの、先生。一つだけ、お願いをしてもよいでしょうか」


「……言ってみろ」


 アレテーは、林檎みたいに顔を赤くしながら、声を絞り出した。


「……れ、レティと、呼んでほしい、です」


「あ?」


「せ、先生が、生徒と一定の距離を保とうとされているのは、わたしも分かります。きっと、わたしなんかには想像できないくらい沢山のことがあって、そういうお考えになったんだろうな、って。でも、その……先生に名前を呼ばれると、勇気が出せる気がするんです」


 ――あ。


 ディルは気づいた。


 ――そういやこいつがやたらと元気になったのは、探索才覚ギフトを初めて使った授業の時に名前を呼んでやった直後か。


 さっきも、思えば名前を呼んだあとに返事が良くなったように思う。

 ここに来て愛称呼びを要求してくるあたり、本名よりそちらの方が嬉しいのかもしれない。


 普段なら突っぱねているところだが、ディルも探索者。

 心はパフォーマンスに影響することは重々承知の上。

 自分の性分よりも、生存の方を優先するくらいなんてことはない。


「レティ」


「は、はいっ!」


「俺たちは生きて帰る。お前の探索才覚ギフトは本物だ。お前なら出来る。いいな?」


「はいっ、先生! わたし、頑張ります!」


 アレテーは、輝かんばかりの笑顔になった。


「……本当にうるさいよお前」


 ディルが先導する形で、洞穴を出る。


 一つ目の巨人がいた。


 二階建ての建造物ほどの身長をしており、右腕だけが不自然に肥大している。

 そして、そんな右腕には石の棍棒が握られていた。


「ひっ……」


 覚悟を決めたといっても、これを見ては心が折れても仕方ない。

 アレテーは懸命に立ち向かおうとしているが、心ではなく体が敵の殺意に震えてしまっていた。


 ――どうにか、安心させてやらないとならんな。


 ディルは首にぶら下げたチェーンを引っ張り、認識票をアレテーの方に放る。


「等級の話を覚えているか」


 一つ目巨人――サイクロプスを模したモンスターがディルたちを見て、雄叫びを上げた。


「ひゃうっ……お、覚えてます……っ」


「あれ実はな、十二段階じゃなくて十三段階あるって知ってたか」


 ディルに渡された認識票をどう解釈したのか、アレテーはお守りのようにぎゅっと握っている。


「し、知りませんでした……」


 サイクロプスは大きな足音を立てながら二人に迫る。


「個人の探索能力を国が査定して、最高ランクは赤の一級と言われてるが、違う。世界にこれまで十三人だけ、その更に上の強さがあると認められたやつらがいる。そいつらには特別に、黒の階級が与えられたんだ」


「で、ディル先生っ、き、来てますっ。も、もんすたーさんがっ」


「俺の認識票を見ろ」


「えっ、で、でも」


「レティ……!」


「はいっ!」


 アレテーが慌てて認識票に目を落とす。

 そこにはこう記されている。



 ◇名・ディル

 ◇性別・男

 ◇種族・人間 

 ◇探索才覚ギフト種別・深淵型

 ◇最深取得免許・第八階層探索免許



 そして――。


「え――」



 ◇等級――黒・特級



「安心しろ。そして誰にも言うなよ。お前の教官せんせいは、実は強いんだ」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る