第18話◇ハーフエルフと子うさぎ
最近、アレテーの様子がおかしい。
やたらと元気なのは以前からだが、それに拍車が掛かっている。
加えて、なんでもかんでもディルの世話を焼くようになっていた。
隅に埃が溜まり、天井の一角には蜘蛛の巣が張り、ゴミ箱には酒瓶が突っ込まれ、布団は長期間変えていない臭いがする。
そんなディルの家が、まるで新築のようにピカピカになっていた。
それだけではない。朝夕の食事はもちろん、昼は弁当を作るようになった。
最初は断ったが、この世の終わりのような顔で「では、もったいないので自分で二人分、食べますね……えへへ……」と言われたので、ディルは渋々弁当を受け取った。
以来、手作り弁当を昼に食べる日々が続いている。
炊事・洗濯・掃除全てがアレテーに掌握されてしまった。
もっと言うと、買い物もだ。
何度も買いに行く内に市場の店主連中と親しくなったアレテーは、日々新鮮で良い品を手に入れてくる。
自分の家のテーブルの上に、果物の盛られたカゴが置かれる日がくるとはディルは思いもしなかった。
あと、食卓には彼女用の椅子も増えていた。
ディルが「その内クローゼットの一角を占拠しそうだな」と皮肉を言ったら「隣の部屋に住んでいるので、着替えの時は戻りますよ?」ときょとんとした顔で返事された。
天然には皮肉が効かない。
――一番変なのは、あれだ。
前までは子うさぎと呼んでも、たまに訂正するだけで普通に応じていたが、最近はしょぼん……という顔をするようになった。
まるでこちらが意地悪しているみたいな気分になる。
「ディル先生、お昼は何をされますか?」
その日は休日。
食後、洗い物をしながらアレテーが尋ねてくる。
「あ? あー、寝る」
「お疲れですか? そういえば、一階の雑貨屋さんに安眠効果のある
「あぁ、怠惰領域由来のアイテムを使ったやつだな。睡眠効率は上がるが、あんまりオススメはしない」
「え? どうしてでしょう」
「副作用で、幸せな夢を見るからだ」
アレテーが首を傾げた。
「幸せな夢は、だめなのですか?」
「完全な妄想ならアリだな。エロいねーちゃんたちとのハーレムプレイとか」
アレテーが顔を真っ赤にした。
「そ、そういうのは、よくないと思いますっ!」
「問題は、過ぎ去った幸せを夢に見る場合だ」
「――――」
ディルの脳裏に、妹の姿が浮かぶ。
それを誤魔化すように、説明を続ける。
「探索者なんてのは人死にを経験してばっかだからな。昔の仲間が生きてる時の夢を見て楽しくなっても、起きたら憂鬱になるだろ」
睡眠の質だけは、しっかり上がっている。
起きた後の気分が、夢によっては最悪になるだけ。
「そう、かもしれません……」
「へぇ。お前は、夢でも逢えるなら幸せってタイプかと思ったが」
「現実で逢いたいです」
切実で、なんとか紡いだような声なのに、悲鳴のようにも聞こえた。
「……あんま期待しない方がいいぞ」
「ディル先生は、深淵は無いとは言いませんでした。あるなら、わたしは頑張ります」
「じゃあ、深淵はない。全部ウソだ」
「信じません」
「ちっ……追い出せるかと思ったのによ」
「ふふふ」
洗い物を終えたアレテーが、手を拭きながらくすくすと笑う。
「何笑ってんだ」
「最近、わたし分かってきました」
「あぁ?」
「先生の意地悪は、心配からきているのですよね」
「お前は何を言ってるんだ」
「わたし、どうしても深遠に行きたいです。でも、無理はしません。先生の教えを、ちゃんと聞きますから」
「まず人の話を聞け。気味の悪い勘違いをするな」
「ふふふ」
――なんなんだこいつ、無敵か?
ディルは人に嫌われるのが得意な筈だが、こうも相性の悪い相手がいるとは……。
その時、ディル宅の玄関からノックの音がした。
「お客さまでしょうか?」
「出るな」
「えっ」
「誰にしろ逢いたくない。つーかお前もさっさと部屋に戻れ」
「ちょっとディル!? どうせいるんでしょ分かってるんだからね!」
扉を叩く音が大きくなる。
「あ、あのー、先生? モネ教官の声がしますが」
「約束はしてない。勝手に来るなんて非常識なやつだよな。居留守を使おう」
ディルの心でも読んだかのように、モネは続けて叫んだ。
「さっき窓で動く人影見たのよ。起きてるのも分かってるから!」
「ちっ、抜け目のないやつだ」
「折角訪ねてくださったのに、可哀想です。ご友人なんですよね?」
「友達じゃない。生徒兼後輩だ」
ディルは深い溜息をつく。
「子うさぎ、お前どっか行ってろ」
「えと……」
「お前がうちにいる理由を知ってるのはリギルだけだ。他のやつが見たら生徒連れ込んでるクズだろうが。モネはそういうところ潔癖なんだよ」
休日に人と逢うだけでも気が重いのに、モネの怒りに触れるなど悪夢だ。
男女が休日に部屋に二人きり……という状況がどうとられるか理解したのか、アレテーはあうあう言いながら顔を真っ赤にした。
ディルが追い払うようにしっしっと手を振るうと、ようやく動き出す。
そろそろ壊れそうなドアが心配になり、ディルは扉を開けた。
「よう、どうしたモネ」
今日も美しい金髪ツインテールのハーフエルフは、不機嫌そうにこちらを見上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます