『赤き豹』

 さしあたって井筒いづつが攻撃へ移りかけたら威嚇射撃で邪魔をしておく。

 あるいは桜先輩が『聖剣』を振ろうとしたら、左手に構えた『伝説の釘バット』で威嚇だ。

 とにかく二人に思う存分やり合わせては拙い。そこで世界終了核エンドだ。

 しかし、真っ当至極な理由で介入してるだけなのに、二人から迷惑そうな顔をされる!

 まるで――

「これから楽しい殺し合いなのに、この男は何故に邪魔を?」

 とでも言わんばかりな塩対応だ。

 脳筋共めッ! 俺はユリに挟まる男許されざる者じゃないぞッ!


 それでも桜先輩は、俺という第三勢力の介入に利点を見出したようだった。

 正面を教会の商用車バンで、右サイドを俺に任せ、残った左サイドは高速道路の高い消音フェンスと……さりげなく囲い込むことで、井筒いづつの機動力を制限していた。


 ……拙いな。これは言外に臨時共闘を――井筒いづつへの攻撃に協力を要請されてる?

 だが、俺の目的は井筒いづつを戦闘不能にすることじゃない。

 桜先輩が踏み込みかける寸前に、軽く臨時の包囲網を緩めて隙を作る。ここで井筒いづつられてしまうくらいなら見逃す方が、まだマシだ。

 察した桜先輩も、慌てて井筒いづつへの牽制に――包囲網の取り繕いに切り替えた。


 これで理解してくれただろう。生殺与奪の権キャスティング・ボードを誰が握っているのか。

 念を入れて知らしめるように、右手の拳銃P320を誇示しておく。

 これほどの至近距離ならば俺でも外さないし、いかに人外といえど強装弾の対応はシビアなはずだ。は十二分に考え得る。

 そしてダメージがあろうがなかろうが、撃たれてる間に残る一人は、遠慮なくりにいくだろう。

 つまり、最初の敗者を決定する権利は、俺の手中にあった。


 三者三様に次を考えている最中にも、凄い速度で風景が流れていく。

 そんな緊張感に昂揚を覚えたのか井筒いづつが――『赤き豹』が嗤いだす!

「あはははははは!」

 その哄笑は、自らが夜の支配者と主張するかのようだった。

 ……仕掛けてくる! 間違いない! でも、どうやって!?

 しかし、そう思った次の瞬間、俺と桜先輩は絶句させられた。


 なんと『赤き豹』が壁を――消音フェンスを走り出したからだ!


 外周側の内を向いたカーブに沿えば――遠心力を利用すれば、壁であろうと走れなくもない。

 しかし、それはバイクなどで披露される曲芸の部類だ。人体でも可能だなんて、とてもじゃないが信じられない!

 ……違う。深刻に捉えるべきは、『赤き豹』が桜先輩間合いを開けたことか!

 これは仕掛けてくる!? でも、持っているのか? 脳筋の癖に遠距離攻撃を!?

「……あれが『赤き豹』の『魔眼』!?」

 桜先輩が漏らした言葉に――そして赤い光を蓄え始めた井筒いづつの瞳に、絶望しかける。


 『魔眼』? 『魔眼』ってなんだ? それに『赤き豹』の定番技とでも!?

 もしかして『狂化』してるボスの時だけ使える強スキルか!?


 嗚呼、とにかくヤバい! なにか飛ばしてくるはずだ、おそらく厄いのを!!

 もうクレー・アクセル脳内加速で避けるしか!?


 いや、それじゃ駄目だ。多少は練習したといっても、そこまで自由自在に使えない。まだ発動までに僅かながらタメが要る。


 左手に持った『伝説の釘バット』を『赤き豹』の顔面へ投げつけながら、そのまま予備の武器を抜き放つ。

 ……これで防げなかったら、おそらく俺は死ぬ! 狙いは頭? それとも身体か?

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