第687話 みやび連合の発足

 ――ここは東京都内、赤坂にある某ビル。


 このビルには五毛ちゃんや孔子ちゃんといった、C国のプロパガンダ組織やスパイ組織の本部が置かれている。深夜そのビルを取り囲む一団がおり、鉢巻きには赤くみやび連合の文字が。


 五毛ちゃんとはウェブサイト上で、C国政府に有利な評論を書き込むスタッフのこと。意図的な情報操作を行い、悪質になるとX(旧Twitter)等で成り済ましのアカウントを作成し、世論誘導を行うこともある。ひとつの書き込みで五毛の収入を得ており、雇われアルバイトだから五毛ちゃんと呼ばれている。


 孔子ちゃんはC国への理解や友好関係を築くため、世界各国の大学に設置されている教育機関のこと。孔子の名を冠してはいるが、儒学は一切教えていない。欧米ではプロパガンダと、技術研究スパイの組織であると認識されている。日本でもいくつかの大学に開講されているが、その不透明さは国会でも取り上げられるほど。


「いいか、ひとり残らず冥土に送ってやれ。総長に仇なす敵は、蟻一匹たりとも生かして帰すな」


 首謀者らしき男に、ドスや拳銃を手にした同志たちが無言で頷く。

 こころざしは立派なんだが、この武力闘争は非常にまずい。五毛ちゃんや孔子ちゃんのほとんどは在日留学生で、国の諜報機関や大使館から命令されれば拒否できないのだ。純粋な愛国心で加担している者など、そう多くはないだろう。

 しかも早苗さん公認の出入りじゃないから、逮捕者は出るし国際問題になるわで、そのお咎めがみやびに向いてしまう。極左暴力集団との抗争とは、事の重大さが違うのだ。


「お前ら、獲物を仕舞え」


 そこへ突如現れたひとりの男に、何だテメェはと目をぎらつかせる修羅の面々。だが街灯に照らし出された男の左胸にある、金バッジには草書体で『みやび』の文字が、桐島組長である。

 草書体はみやびの直参だけに付けることが許される代紋で、縁取りがプラチナならば雅会の首領ドンである事を意味している。関東を統一した覇者であり、この業界で知らない者はいない。


「げえっ!」

「お前が首謀者か、どうしてもこのビルに入るってんなら、俺の屍を越えていけ」

「な、なんで止める、俺たちは総長のために」

「それな、本人の前では口にするなよ、お嬢さんと呼べ。姐さんも禁句だ」


 そう言って不敵に笑う桐島組長に気勢を削がれ、構えた拳銃やドスを下ろす自称みやび連合の者たち。たったひとりで止めに来る、その度胸と覇気に気圧けおされたとも言う。


「あんたひとりで、俺たちを止められるとでも?」

「兵隊集めてお前らとドンパチやるのは簡単よ、でもそれじゃお嬢さんは喜ばねぇんだよな。俺のタマひとつで済むなら、あの世で自慢できるってもんさ」


 お腹がちょっと出てはいるが、老いた任侠の瞳には一点の迷いも曇りもない。それがこの男の本懐だと気付き、誰もが俯いてしまう。みやびの配下であることを誇りにしている、桐島組長が羨ましく思えたからだ。


「お前たち、盃が欲しくてこんなことしてるんだよな」

「そうだとも、俺たちゃ真っ当なヤ○ザになりてぇんだ」

「だったらお嬢さんに直接会えばいいじゃねえか、末席に加えて下さいってよ」

「会える……のか?」


 その頃、ここはエピフォン号の祭壇。

 嫁と嫁候補たちが和服を見たいと言い出し、黒地に鳳凰をあしらった留袖を披露する任侠大精霊さま。鳳凰の色彩は鮮やかだが、黒を基調としているため派手にはならず、その優美さに思わず見とれてしまう女子たち。

 妙子さんがマクシミリアに着付けをしてあげており、みんなわくわく顔で順番を待っている。ただし祖母と母から受け継いだ和服ゆえ、極道の妻っぽいのが多い。尾を広げた孔雀とか、竹林に虎とか、珠を掴んだ昇龍とか。伝統的な松竹梅や亀甲紋、流水紋に青海波、蝶や鶴に桜などもあり、よりどりみどり。


「はいはーい、何か困りごとかしら、桐島組長」

『こんな夜分に恐れ入ります、お嬢さん』

「こっちは昼の時間だから気にしないで、組長の大好きな豆大福があるわよ」

『わはは、敵いませんね。実は盃を欲しがってる連中が、三十名ほどおりまして』

「ふむ、今どこにいるの?」

『赤坂二丁目です』

「オッケー、それじゃ迎賓館で合流ってことで」


 みやびが指定した迎賓館とは、元赤坂にある迎賓館赤坂離宮のこと。もっぱら国王や首脳など外国からの賓客が訪れた際に、会談やおもてなしをする場として使われる国宝建築物だ。一般人も参観できるのだが、都内に中世ヨーロッパ風の宮殿がある事を知る日本国民は少ない。


「すげえシャンデリアだな、桐島さん」

「ひとつ一トン以上の重さだそうだ、ところでお前さんの名前は?」

「奥州斉会組、宇崎竜二って言います」

「東北に拠点を置く組か、羽振りは良いのか?」


 良かったらこんな事しちゃいませんと、宇崎は渋面になり案内された花鳥の間を見渡す。壁面に四季折々の花や鳥を描いた七宝焼が並んでおり、こんな場所に連れてこられ同志たちも困惑していた。

 一般開放されてるとは言え、深夜に門を通してもらえるはずもない。しかも有名な部屋を借り切っちゃうわけで、スケールのでかさにただ驚くばかり。まあそこは世界の蓮沼みやび、早苗さんが所轄官庁である内閣府に手を回してくれてるのだが。


「やっほー、お待たせ」


 瞬間転移で現れた留袖姿の任侠大精霊さまが、椅子とテーブルにみやび亭屋台をぽぽんと出していく。同行を希望した和服のミウラ港チームがたすき掛けで、アリスと一緒に屋台を稼働させ始めた。

 突然現れ花鳥の間を酒宴の席へと変えたみやびに、自称みやび連合の面々はフリーズしてしまう。それが正しい反応だよなと、桐島はへにゃりと笑う。


「さあみんな、自己紹介してくれるかしら」

「は、はい総長」

「めっ!」


 だからお嬢さんと呼べとあれほど、そうぼやいて桐島は宇崎を小突く。

 みんな地方の小規模な暴力団構成員で、山口の甲田一家で堂島京介ですと名乗った男が感動に打ち震えていた。極道の門を叩く理由なんて人それぞれ、みやび連合を名乗った者たちは、武闘派だけでなく国家資格を持った経済ヤ○ザもいて堂島はそのひとり。


「左側はもう自然崩壊するんだから、違う活動をして欲しいな、宇崎さん」

「総長……いえお嬢さん、俺らは何をすればいいんで?」

「愚連隊化してる若いの多いでしょ、それを取りまとめて欲しいの。資金は心配しなくていいわ、私が養ってあげる」


 にっこり微笑み、さらりと言い切るみやび。

 もちろん養う代わりに仕事を与えられるわけだが、愚連隊とその予備軍である暴走族も含めたら一万人は下らない。総長にはどれだけの資金力があるんだろうかと、堂島は金勘定が追い付かず遠い目をする。だがみやびの経済基盤は惑星規模、宇宙には仕事が山ほどありますよっと。


「みやび連合の呼称を、正式に許可します。桐島組長、盃を交わしてあげて」

「へい、お嬢さん」


 本来ならば各自が所属する組へ盃を返すのが筋、だがみやびはそれを要求しなかった。意図する所はみやびを信奉する一万人規模の、沈黙する任侠連合を組織する狙いがあると桐島は読んでいた。

 彼女が号令を発すれば、息を潜めていた任侠の徒が一斉に蜂起するだろう。日本列島の津々浦々に、暴力団も極左暴力組織も壊滅に追い込む一大勢力の出来上がりだ。


 宇崎たちと盃を交わしながら、それにしてもと桐島は内心苦笑する。迎賓館赤坂離宮でヤ○ザが固めの杯を行うなど前代未聞。忘れられない一生の思い出になるはずで、だからこそお嬢さんはここを指定したんだなと。  


「お前ら、今この時をもって俺が親、お嬢さんが大親だ。親が黒いものを白と言ったら、お前らも白と言え」


 そんな理不尽なこと言わないわよと、ころころ笑う任侠大精霊さま。

 けれどそれは重要なこと、婚礼儀式で三三九度を交わすように、盃を交わすとは縁を結び家族になるってことだ。無理難題を押しつけてる訳ではなく、親を信じ付き従う自覚を持てという意味である。


「串揚げの盛り合わせになります、こちらの天然塩か特製ソースで召し上がれ」

「牛たんの炙りになります、味は付いてますからこのままでどうぞ」

「戻りガツオのたたきです、ワサビとショウガはお好みで」


 お料理を並べるミウラ港チームに、みやび連合の面々はつい見とれてしまう。近衛隊の卒業生だから宮廷作法が身に付いており、和服なことも相まって所作が美しいのだ、実体は竜だけど。

 ミニみやびでふよふよ浮いてるアリスが、ほれほれとぽん酒を注いでくれる。どう突っ込めばいいのやらと、酌を受けながら困惑するみやび連合の面々。

 それも正しい反応だよなと笑い、桐島はカツオのたたきをショウガで頬張った。そんな彼をみやびは、ちょいちょいと手招きして壁際に呼んだ。そしてやおらネクタイを掴み、ぐいっと引っ張る。


「桐島組長、危ない橋を渡ったでしょう」


 あれバレちゃいましたかと、頭に手をやる桐島。由里子さん泣かせちゃだめよと、眉間に皺を寄せるみやびに桐島はだからと胸の内でつぶやく。だから、だから、あなたがそんな人だから、この命を捧げても良いと思えるんですと。


 ――そして夜のみやび亭、アマテラス号支店。


「お姉ちゃん、桐島夫妻をスオンにしてはどうでしょう」

「死ぬとき一緒にしちゃうよ、アリス」

「当人たちはそれで本望だと思うのです。主立った幹部も蓮沼家の皆さまと、縁を結ばせた方がよろしいかと」


 そこでアリスは面白い事を言い出したのだ。

 竜族は竜化してパートナーとの寿命調整が可能だけれど、人間であるリッタースオンはそれが出来ない。例えば源三郎とマーガレット、年齢の開きはだいぶある。だが宇宙で高速移動すれば戻るとき、時間軸の調整をしないなら浦島効果で寿命調整が実現できるのではと。


「理論上は可能ね、みやび。正三さまや源三郎さまに、休日は黄金船に来てもらったらどうかしら」

「帰すときに本人の時間軸を調整しない術式が必要よね、フレイ」

「大精霊さまなら、そこは何とかしちゃうんでしょ」


 大好きな出汁巻き卵を頬張る愛妻の古代竜に、簡単に言ってくれちゃってと唇を尖らせるみやび。でも無意識に時間軸を調整したジャンプができてるのだから、無調整も可能なはずよねと、ファフニールが好物のきんぴらごぼうを頬張る。本人が年を取らなきゃいいだけだから、みんなで考えましょうと。


「ならば船内に、蓮沼家の母屋を模した部屋を作りたいのう、みやび」

「それって庭や池も再現するの? カルディナ」

「もちろんじゃ、あの空間は和むし落ち着く。みなもそう思うであろう?」


 すると和服を来たままの嫁や嫁候補たちが、それ面白そうと食い付いて来ちゃったよ。アマテラス号の船内に、蓮沼家の疑似母屋が設置されることとなるわけだ。

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