第641話 アメロン星で墓荒らし(1)

 今は売れてる小説家となったオルファと、ビュカレストの大聖堂で儀式を行ったメライヤ。現在は竜族による血の眠りに就いており、アウト・ロウのシェアハウスでクースカピー。


 メアドもシェアハウスに留まるかと思いきや、みやび達と一緒に黄金船へ戻っていた。主人が目覚めたとき自分がいたら、お邪魔虫かもって自覚があるのだろう。意外と繊細なのねと、ホムラからもポリタニアからもいじられている。


「そんな二人はどうなのだー! 嫁に行いかないまま歳を重ねるのかー!」


 相変わらずなスフィンクスの物言いに、こやつめと半眼になる黄緑色の子とマーメイド。だが片や花が咲いて実を付けて、片や座布団にウロコを落とした辺り、二人とも結婚願望はおありのようで。


 そこへアリスが生ビールとお通しを運んできたついでに、乙女の果実と乙女のウロコをお盆にささっと回収していった。祭壇へ宝石と一緒にお供えすれば、魔力が宝石に移ることが判明。みんなで食べるのはその後ってことで、ホムラもポリタニアもどうぞどうぞと了承していた。


 ――そんなわけでここは夜のみやび亭、アマテラス号支店。


 マクシミリア陛下とサッチェス首相を交え、カウンター越しに歓談するみやび達。 

 アメロン星の民、しかも領事の職にあるメライヤである。そんな彼女を嫁にもらう形となった訳で、みやびは筋を通し儀式に二人をお招きした次第。タコバジル星へお送りする前に、みやび亭でお食事をと誘い現在に至る。


「メライヤはこのまま領事を継続する形でよろしいでしょうか、みやびさま」

「そうしてもらえると嬉しいわ、サッチェスさま」

「メライヤは様々な言語を覚えましたゆえ、代わりになる者がいなくて。彼女をよろしく頼みます、ファフニール殿」

「お任せくださいマクシミリア陛下、もう私たちの家族も同然ですから」


 マクシミリア陛下とファフニールの会話に、みやびはあれ? と思った。アメロンにもキリン族と呼ばれる竜族がいる。竜族は言語に精通しているし、契りを結んだリッタースオンもマルチリンガルのはずではと。


 そんな心の泡立ちにみやびの疑問を読み取ったようで、フレイアがテレパシー思念を送って寄こした。これは光属性と闇属性の合わせ技で、一方通行なら誰にでも送ることができる。だが双方向となると、今のところ使えるのはみやびとアリスにフレイアのみ。


『どこの星も大気圏内では、竜族もリッタースオンも防衛の要よ、みやび。キラー提督がジェシカを他の惑星へ嫁がせるなんて、よっぽどの事だわ』

『私もそう思います、お姉ちゃん。今アメロンはタコバジル星の開拓にインフラ整備と防衛構築で、竜族とリッタースオンを割く余裕はない状況かと』


 惑星イオナを統一に導いた原動力は、言うまでもなくロマニア侯国である。ワイバーンやグリフォンよりも速く高く空に舞い上がり、制空権を奪えるリンド族の存在は大きかった。大気圏内では無双できる竜族とリッタースオンを、惑星の指導者がおいそれと手放せない事情も理解できるってもの。


『そっかぁ、言われてみれば確かにそうだよね。猫の手も借りたいなら、言ってくれればいいのにな』

『そこがみやびの良いところね。でも向こうは人が住める惑星を提供してもらった上に、食糧の無償供与も受けてる。そこまでしてくれてる大恩人に、これ以上のお願い事は心情として難しいでしょう。そんな時は……』

『そんな時は? フレイ』

『お節介を焼いてあげればいいのよ、得意でしょ』


 ああ成る程と、ポンと手を叩く任侠大精霊さま。

 土偶ちゃんの錬成はカルディナ陛下の直系が、連綿と受け継ぎ辛うじて今に残した技だ。アメロン船団でもガリアン星でもラカン星でも、次々解放した惑星でも、その錬成技術は失われていた。


 ならば火属性は焼き畑に、水属性は水源確保に、風属性は荒れ地の開墾に、地属性は大地の耕作に、土偶ちゃんを作ってあげればいい。そしてレールガンを装備させれば防衛戦力としても優秀だわと、ピコンと思い付く任侠大精霊さま。

 今のタコバジル星には最も相応しいお節介と言えるだろう。問題となるのは、素材を集めるハードルが高いという点に尽きる。


「どうかしたの? みや坊」

「職人が生み出した工芸美術品みたいなのが、いっぱい手に入らないかなって。しょうもないこと考えてたのよ、ファニー」


 ファフニールも心の泡立ちで、みやびが何かやらかしそうだと感じ取っていた。職人が生み出したものと来れば、土偶ちゃんか虹色指輪に違いない。何をするつもりなのか、後で聞かせてもらおうと目を細めるファフニールである。が……。


「今のお話し、私に思い当たる場所があります」


 ミックスフライ定食のエビフライをあむあむ頬張っていたマクシミリア陛下が、手にしたフォークをクルクル回す。そんな都合の良い場所なんてあるのかしらと、顔を見合わせる麻子と香澄。


「我が母星であるアメロン星には、歴代皇帝の陵墓りょうぼがあります。おびただしい数の調度品や装飾品が一緒に埋葬されていますから、お使いになりたいなら提供いたしますよ」

「ちょっ、陛下! ご先祖さまの墓荒らしをなさると仰るのですか」

「よく聞くのですサッチェス。太陽が寿命を迎えれば我々の故郷は、超新星爆発に巻き込まれ消滅するのですよ。その時期が近いならば、墓荒らしなど些細なこと。先祖へのお詫びは私が天寿を全うした時、冥府でいくらでも致しましょう」


 ファフニールが君主になったのは、母ラウラが亡くなった九歳の時。いま目の前にいるマクシミリア陛下も、多分その位の年齢であろう。

 新天地を求め宇宙に飛び出した時期を考えれば、アメロン船団の御輿に担ぎ上げられた時の年齢はもっと若かったはず。だがやはりそこは皇族、聡明さを持ち合わせているようだ。


「良かった、遠慮なく使わせてもらうわ、マクシミリア陛下。実はタコバジル星の発展を加速するのに、どうしても欲しかったのよね」

「私たちに、いま以上の支援をして下さると仰るのですか? みやび殿」


 尋ねるマクシミリアにみやびがあれよと、真上に人差し指を向けた。それはシールドの外で警戒の任に当たっている、麻子組と香澄組の土偶ちゃん。レールガンを装備したその姿は、ずんぐりむっくりだが強そう。


 いや実際に強いのだが、ほええと見上げるマクシミリアとサッチェスの頬が緩んでいる。土偶ちゃんを最初に錬成したのは精霊なんだろうけど、万人受けする容姿にしたのは間違いない。見た者を思わずほっこりさせてしまう、そんな工夫をしたのねとみやびは思いを馳せる。


 デースト空域へジャンプするのは明日だが、そこは時間軸を飛び越えられるゲートである。航路データはあるからアメロン星にお邪魔して、この時間に同じ座標へ戻って来れば無問題。


 ――そんなこんなで、ここはアメロン星のヒュスト城。


 マクシミリアの父である上皇が住まう居城なんだけど、赤道直下にも関わらず外気温は三度。本格的な氷河期を迎えるとこうなるのねと、麻子と香澄が城の庭園に目をやる。庭園とは言ったものの花なんかひとつも咲いておらず、この気温では育てられる野菜も限られてくるだろうと。


 謁見の間に通されたみやびは、運動会テントとみやび亭屋台をポンと出していた。上皇と上皇后に挨拶を交わした後、話しに聞くお料理文化を披露して欲しいと頼まれたからだ。

 そこでチョイスしたお料理は嫌いな人がまずいない、三種の本格インドカレーと相成った。だが室内にスパイスの良い香りが漂い始めるも、城の文官や武官たちは上皇とマクシミリアのやり取りにそれどころじゃないっぽい。


「何を考えておる! マクシミリアよ」

「あら父上、何を考えているかはいま申し上げました通りです。耳が遠くなられました? ならばリピート致しましょうか」

「ふ、ふぬぬぬ、耳は聞こえておるわ!!」


 新天地タコバジル星を発展させるべく先祖の陵墓を開封しますと、マクシミリアはど直球で父に投げたのだ。壁際で文官と並ぶサッチェス首相が、上皇の剣幕にオロオロしている。

 和やかに挨拶を交わし晩餐の席を整えたみやび達だが、雲行きが怪しくてメイドの手が止まってしまった。ちなみに訪問メンバーは栄養科三人組と嫁達、アルネ組とカエラ組に加えてメイドが五名。


「マクシミリア、口が過ぎますよ」

「も、申し訳ありません、母上。しかしこれは……」

「何やら良い匂いではありませんか、あなた。惑星イオナの食文化とやら、試してみましょうよ、この件は食後にゆっくりと」

「そなた、娘に甘くないか?」

「移住先となる惑星を見つけるという、大任を果たしたのですよ。そんな娘のお願いに、耳を傾けてあげられない父親もどうかと思いますが」


 玉座で隣に座る上皇へ、胡乱な目を向ける上皇后陛下。

 相方からそこまで言われると返す言葉もないのか、上皇陛下は玉座から渋々と立ち上がり、ファフニールに案内されテーブル席に着く。それを見てサッチェス首相が、ほっと胸を撫で下ろしていた。


「これはどうやって食べるのだ? マクシミリア」

「このナンを千切って、カレーに浸して食べるのですよ、父上」

「三種類ありますが、どれから行きましょう」

「私としてはチキンカレーから行くことをお勧めします、母上」


 チキンカレー・キーマカレー・野菜カレーの三種類、ご飯は炊かずナンのみでお代わり自由としたみやび達。屋台はアルネ組とカエラ組、給仕はメイドに任せ、みやび達も席に着いた。

 武官と文官用のテーブルも用意されており、お代わり遠慮しないで下さいねと、メイド達が声がけしている。人は美味しいものに出会うと静かになるもの、たまに上がるのはナンお代わりの声だ。 


「ところでタコバジル星の発展と墓荒らし、何の関係だあるのだ? マクシミリア」

「あなた、それは食事の後でと申したではありませんか」

「耳を傾けろと言ったのはそなたであろう、気になるのだ」


 そんな上皇陛下にあれですよと、フレイアがみやび亭屋台の脇、壁際に人差し指を向けた。それは麻子組と香澄組の土偶ちゃん四体、いくら友好国でも何が起きるか分からないゆえの護衛役。


 麻子組と香澄組がむふんと笑い合い、土偶ちゃんにレッツダンスと指示を出した。すると土偶ちゃん、歌いながらきつねダンスを始めたではないか。

 いつの間に教え込んだのよと、目が点になるみやびとファフニール。だが場の緊張感を吹っ飛ばしたのは確かで、謁見の間が楽しい雰囲気に包まれて行った。

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