第577話 精霊の御業

 調査の結果、人類にとって有害な毒素や病原菌は検出されなかった。みやびはタコバジル星の移動計画を実行すべく、衛星軌道上に停泊するアマテラス号にメンバーを集結させていた。

 精霊化したみやび、麻子、香澄、妙子、正三、ヨハン君。そして新たに精霊化を果たしたアンガス、佐伯、黒田、工藤、源三郎、アグネス、マシュー、スミレ、菊池、ザルバ、クレメンスだ。


 他にも伝染病騒ぎとかでスオンとなったカップルはいるけれど、栄養科三人組としては気心の知れた仲間がいい。心をひとつにしないと、この偉業は達成できないと確信めいたものがあったから。

 まだ伴侶が成人していない仮のスオンは、みやび亭支店から見学と相成った。アルネ組とカエラ組にカイル組、パウラ組とナディア組に瑞穂組だが、精霊の御業をこの目で確かめようと真剣そのもの。


 甲板にはエビデンス城の宝物庫から持ってきた、宝石が山と積まれている。みやびが今までこつこつ祈りを捧げ、魔力は充分蓄えられていた。この手があったのねと、みやびの中でファフニールがクスクス笑う。


「それじゃ始めるわね、みんな私と手を繋いで」


 精霊化すると千手観音みたいに、腕をいっぱい出せるみやび。みんなと手を繋ぐ事が出来る辺りは、さすが大精霊候補と言える。

 みやびの瞳が虹色アースアイから黄金へと変化し、その頭上に黄金魔方陣が展開された。魔方陣から金色に輝く光の粒が花吹雪のように舞い、甲板を神聖な場所へと変えていく。それはどことなく温かさが感じられ、力強くもあった。


「宇宙の意思よ、私達に惑星を動かす業をお与え下さい」


 みやびも、みんなも、一心に祈る。タコバジル星よ動け、太陽に近付けと。


 世界の均衡は崩れ、大地は荒廃し、民心が乱れたる時。

大精霊の使者は来たる。

 大精霊の巫女として大精霊の業を成し、大精霊の意を代弁す。

使者は世界の統治者を選び、権威と力を与えたもう。

 その使者、無属性なり。

 八花弁の紋章を戴く、明けの明星、宵の明星なり。


 明けの明星、宵の明星とは、地球では金星のことを指す。夜明け前と日没後、星も見えない空で一際輝き、旅人に進むべき方角を指し示す道標。

 リンド族の伝承は新たな千年王国の導き手となる、救世主の到来を預言したもの。無属性とは全属性を意味し、その救世主が、道標が、今ひとつの惑星を動かそうとしていた。


 その頃祭壇ではメライヤとメアドが、パネルに表示された惑星の軌道を注視していた。もし成功すれば安住の地が、千年王国が約束されたも同然なのだから。胸の前で手を組みお願い成功してと、祈らずにはいられないメライヤ。


「動いてる、動いてるわメアド」

「ほんとだほんとだー、太陽に近付いてるねメライヤ」


 正に奇跡だわと、メライヤは組んだ手を更に握り締めてしまう。タコバジル星に訪れる、次の氷河期は八千年後と判明している。千年王国ならぬ八千年王国だ。これでブルーレイ帝国は救われると、思わず涙がこぼれ落ちていた。


「泣いているの? メライヤ」

「うれし涙よ、メアド」


 艦内放送で予定の座標に到達しましたとメライヤが告げるや、黄金魔方陣は消えみんなその場にへたり込んでしまった。


「思ったよりきつかったな、源三郎」

「そうですね会長、ここまでとは思いませんでした」

「大丈夫かい、スミレ」

「なんとか、ヨハン兄さん。マシュー兄さんは?」

「正直に言うよ、ちょっと堪えたな、スミレ」


 必要とされたのは、魔力だけではなく精神力。目に見えない圧力が体にのしかかって、押しつぶされまいと必死だったのだ。だが事は成就した、みんな晴れ晴れとした顔でお互いを称え合う。


 これはスタミナ料理ねと、アルネ組とカエラ組、パウラとナディアがキッチンに入った。アダマスナディアの旦那ケヴィンパウラの旦那が山と積まれた宝石を手に取り、魔力探知を行ってみる。蓄積されていた魔力が空っぽ、そりゃそうだよなと頷き合っていた。


「みんなよく頑張ったわね」

「ちゃんと見てたよ、見事に星を動かしたね」

「イン・アンナ、ぬっしー、いつの間に!」


 気が付けば船首に、二人の大精霊が立っていたのだ。肌にヒリヒリと強大な魔力を感じるが、アケローン川では飲み仲間、一緒にどうですかと正三が誘っちゃう。


 キッチンに入ったアルネとカエラ、パウラとナディアが手がけたスタミナ料理。レバニラ炒めを筆頭に、ニラ豚キムチ、ネバネバ山かけオクラ納豆、ニンニクのホイル焼き、ゴーヤと豚こまの炒めもの、鶏レバーの南蛮漬け、酢牡蠣、〆に冷やし豚しゃぶうどんもありまっせ。


 いくら何でもやり過ぎと、はにゃんと笑う栄養科三人組。まあ良かれと思って作ったのだろうし、みんなワシワシ頬張ってるからよしとする。


「みやび、やって欲しい事があるのだけど」

「なにかしら、イン・アンナ」

「宇宙魚群をひとまとめ、タコバジル星に転送、海に放流してくれないかしら。あと日本から山をひとつ、陸地に転送して欲しいの。針葉樹と広葉樹、竹なんかも混じってるといいかもね」

「それだけでいいの?」

「後は私とぬっしーに任せて、あの惑星を千年後の環境にしてあげる。今のイオナやアマラ地球みたいに、農業も林業も漁業もできる状態にね」


 さすがは現役の大精霊、やることのスケールがでかい。けれどそれはみやび達に感化され、精霊天秤が創造へ大きく傾いているからだ。怒らせたら破壊に傾き、惑星なんていとも簡単に破壊するのだろう。


「ところで君達は気付いているのかな? 地球が氷河期を迎えたら、同じ方法が使えることを」


 ぬっしーの何気ないひと言に、あいやそうだったと頭に手をやる栄養科三人組。氷河期が終わり次の氷河期が来るまで、およそ四万年から十万年のサイクルだと分かっている。

 氷河期を解消するため地球を太陽に近付けたとしても、元の位置へ戻すタイミングは数万年先だ。そん時はそん時、子孫たちよ自力で何とかしてって、そういう話しになるわけで。

 その方策は年代記作家を兼ねるチェシャが、ちゃんと書き残してくれるだろう。無属性として生を受け、大精霊の巫女となる存在が救世主なのだと。


「アメロン星も、残った住人の賛同が得られれば可能なのですね? ぬっしーさま」

「そうだよメライヤ。でもあの領域は太陽の残り寿命を考えると、タコバジル星にみんな引っ越した方が無難かもね、子孫の事を考えるなら」


 いくら大精霊とて恒星太陽の寿命延長は出来ないと、ぬっしーは山かけオクラ納豆をかき込んだ。気に入ったのかお代わりと、空になった小鉢をキッチンに向ける。


「ぬっしーさま、これ卵黄のっけバージョンもあるのですが、試してみます?」

「ほんとかいアルネ、もちろんもらうよ。霊体としてずっと宇宙に漂ってると、食事の有り難さが身に染みるんだよね」


 にっこり微笑んだアルネ特性の、卵黄のせ山かけオクラ納豆が出て来た。さらに刻み海苔をちょんと乗せるのがアルネ流で、それ美味そうだなとあちこちから注文が相次ぐ。


 そこへパウラとナディアが栄養科三人組に、ニンニクのホイル焼きをほれほれと置いて行った。ニンニクと塩にエキストラバージンオリーブオイルだけを使った、至ってシンプルだけど美味しい一品。

 明日も大学の講義があるんだけどなと、はにゃんと眉を八の字にするみやびと麻子に香澄。自分の体臭が翌日どうなるか、重々承知しているのだ。地下鉄移動は止めて京子さんに、ハイエースで送迎してもらおうと箸を伸ばす三人である。


「みやび、ちょっと耳を貸して」


 カウンター席で隣に座るイン・アンナが、みやびの耳に手を当ててきた。何だろうと聞き耳を立てるみやびにもたらされた情報は、予想外のものであった。


「メアドが?」

「あんなに知能が高い生き物、そうそういないでしょ、みやび。特殊変異で間違いないわ、チェシャのように自然発生する、聖獣となる可能性があるわよ」


 メライヤがご飯に豚キムチ乗っけてとリクエストし、そうだーそうだーとメアドが便乗している。ほいほいと豚キムチ丼を出すカエラと、溶き卵スープを出すティーナの図。息はぴったんこでひとつの豚キムチ丼を、もりもり頬張り始める主従は見ていて微笑ましい。


「宇宙を見守っているとこんな面白い……楽しい事があるのよね」


 言い直しましたねと口には出さず、みやびは破顔して大精霊イン・アンナに徳利を向けた。彼女も分かっているのか、何も言わずみやびの酌を受ける。


 ところでメライヤのオーダーが起爆剤となり、ちょっとお店の中が混沌となり始めていた。ニラレバ炒め丼、山かけオクラ納豆丼、鶏レバーの南蛮漬け丼と、注文が相次いでしまう。まあご飯に乗っけたら美味しいに決まってる、ラインナップとなっておりますゆえ。


 お釜のご飯は足りてるかしらとアグネスが、お燗をつける手も足りなそうねと妙子が、席を立ちキッチンへ入っていく。もはや職業病? 麻子と香澄もこうしちゃいられないと、嬉々として参戦。

 もちろんみやびもエプロンを手にキッチンへ。まだ夜ではないがみやび亭アマテラス号支店の暖簾を、アリスがふよふよと掲げるのであった。

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