第562話 イン・アンナがやってきた
――ここはロマニア食品AGIの社長室、つまり雅会の組事務所。
「早苗さんが五名以上の保守議員を引き連れて来たら、みやび組に政党助成金が付くわよね、麻子」
「お金には困ってないのだけどね、香澄。受け取らないって党方針でもいいし」
「いやいやいや、もらったらどうですか」
ほんと欲がねえなと、桐島組長が呆れかえっている。お茶を煎れる由里子が、そこが良い所でもあるんだけどねと苦笑した。
宇宙で集めた資産は自由に使って良いと、今上陛下から既にお言葉を頂いている。宝石はもちろんレアメタルを常に抱えているのだから、みやび達は冗談なしでお金に困っちゃいないのだ。
日本はかつてレアメタルを全量輸入に頼っていた。だが今ではレアメタルを必要とする産業は、全てロマニア侯国から調達している、という事になっている。その取引きを一手に請け負っているのが、何を隠そう雅会なのだ。
政治資金規正法は
難癖を付けられたら系外惑星法に、ちょこっと手を加えればいい。大した問題じゃないですと、平然と言ってのける桐島組長さん。ロマニア侯国からの政治献金を認めると、一文付け加えれば済むわけで。
確かに惑星イオナの全権大使であるファフニールが、全幅の信頼を寄せているみやび組に資金を供与するのは筋が通る。
リンドからすれば、信教を認めない政党はそもそも論外。民主主義を軽んじ公金をチューチューする政治家と官僚は、流刑か火刑に処すべき存在なのだから。
半導体に限らず電機製造業が、いま復活の兆しを見せ始めている。これは輸入するよりも低価格で、安定供給されるロマニア印のレアメタルに依存する所が大きい。
そうなると関連する企業は、嫌でも政治結社みやび組の方を向く。ロマニア侯国からの供給が継続して安定を保つよう、政治的に働きかけて欲しいと。
実際に供給しているのはみやび達なんだが、これで電気産業界の票田を鷲づかみしたことになる。票田とは特定政党や候補者に、まとまった票が見込める地域や職域を指す。企業がスマホを作るにしてもパソコンを作るにしても、家電製品を生み出すにはレアメタルが欠かせない素材ですゆえ。
「ところでパンドラの箱はいつ開けます? お嬢さん」
「まだ時期尚早よ、桐島組長。少なくとも私たちが政権与党に食い込んでからね」
パンドラの箱――。
それは反重力ドライブと電力を取り出す装置、形は神棚を模している。従業員が押すタイムカードの隣に神棚を設置、出勤時に二礼二拍手一礼、これでオッケー魔力充填。クリスチャンの方には、正門にマリア像タイプもあるよ。
蓮沼興産もロマニア食品も、港重工に常陸造船も、主要工場はもう東京電力に電気代を支払っていない。四菱マテリアルからも催促されており、今取りかかっているところだ。製造業にとって電気料金は大きな負担、みやびはその負担をぺいっと取り除いたのである。
電気代が値上がりしている昨今、早く民間に広げたいのは山山ではある。しかしそうなると、戦わなきゃいけない相手が多い。もちろん利権に群がろうとする、政治家と官僚に電力各社だ。
今の弱小政党みやび組では、戦うにはまだ力不足。世に広めるのは天下を取ってから、それでパンドラの箱と呼んでいるのだ。いま開けるのは災いの元となるのが、目に見えているので。
魔力による電力供給、これが実現すればみやびは、全国の原子力発電所をブラックホールにポイするつもりでいる。跡地には牛でも放牧しようかしら、なんて考えてたりして。
「それで桐島組長、人数はどのくらいなの?」
「それがね、お嬢さん。日増しに増えて来て把握できないんですよ」
雑談はここまでにして、みやびがやっと本題に入った。栄養科三人組が組長のところへ訪れた理由、それは雅会の門を叩く者が増えた件であった。
ぶっちゃけると明るい未来が見えてこない暴力団に、見切りを付けた若い構成員とも言う。雅会に行けばこんな自分たちでも輝ける、そんな風聞が業界に流れてるんだそうな。
「来る者は拒まず、任侠ホワイト企業へようこそだね、麻子」
「仕事はいっぱいあるから、どこに回そうかしら、香澄」
するとみやびは人差し指を顎に当て、天井を見上げた。頭を右に、そして左に振ってにこりと笑う。
「群馬県でロマニア食品の農場を開設するから、そこに充てようかしら」
「農業ですか? 果たして務まりますかね、お嬢さん」
「農業は会社員と違って時間の流れがゆっくりなのよ、組長。自分を見つめ直すのにはもってこいだわ、耐えられない人はそれまでの人ってことで」
芽が出て膨らんで、育って実るまで。四季を通じ植物の育成を見守り手助けする行為は、精霊が惑星を形成するのに通じるものがある。
生命の営みを頭ではなく肌で感じ取りスイッチが入った人ならば、正社員雇用でとみやびは目を細めた。場合によっては宇宙船のクルーとして、宇宙自衛隊の任官もあり得るわよと。
ヤ○ザの門を叩く理由は人それぞれ、どうしようもない事情があるからこそ悩んで苦しんで、道を外れるのだ。秀一がそうだし、今では区議会議員になった浜田と藤原だってそう。
総裁であるみやびは世間から爪弾きにされた、一粒種が可愛くてしょうがない。純粋であるが故に社会の歪を嫌い、道を探し求める任侠の徒が。
――そして夜のエビデンス城、みやび亭本店。
やっぱり私たちの本拠地はここよねと、栄養科三人組が嬉々として腕を振るう。
この場合は蓮沼家の面々が全員こっちに来るわけで、早苗も桑名も、山下と京子さんも、みやび亭本店のお客さんとなるわけだ。
今夜のお勧めは良いヒラメが入ったので、推しはヒラメのお刺身エンガワ付き。エレオノーラとシモンヌが、奥で豪快に捌いている。
アユ漁が解禁となったので、サルサとアヌーンがアユを塩焼きにしていた。初物好きにはたまらない一品で、注文が途絶えない。
店内のお品書きをほぼマスターした、
「みやび殿、ホッケ焼きをくれんか」
「はいはーい、赤もじゃにホッケ一丁」
「私の可愛いみやび、ちらし寿司を三人前」
「はいは……はい?」
店内が騒然となった!
イン・アンナと
正式なリッタースオンと卵化したリンドなら、アケローン川で面識がある。けれどそれ以外の人にとっては未知の存在で、肌にヒリヒリと感じる強大な魔力にお地蔵さんと化してしまった。
「どうしてここに? ちらし寿司だけが目的じゃないわよね」
「話しが早くて助かるわ、みやび。それはまあ、食事をしながらおいおいと」
聖職者たちが胸の前で二重十字を切り、本物の精霊だと誰もが恐れおののく。あらやあね落ち着いてと、片手をひらひらさせるイン・アンナ。いやいや落ち着けって言われても、それ無理だから。
「カロンお爺ちゃん、渡し守の仕事はいいの?」
「少しくらい魂を待たせても構わんだろう、今ごろ河原で小石を積んでるはずだ」
さいですかと、お通しの里芋煮っ転がしを置くみやび。わざわざ肉体をまとい地上世界に現れたくらいだ、ただ事ではないと栄養科三人組は身構える。
「地球の近くにね、キラー艦隊がタッチダウンしたの」
「キラー艦隊って? イン・アンナ」
メライヤが所属するアメロン船団と同様、母星が氷河期に入り宇宙を放浪する民だとぬっしーが付け加えた。その艦隊にちょっと問題があると、カロンお爺ちゃんが更に補足する。
「氷河期が近い惑星の食料を武力で奪う、宇宙の山賊と言うか盗賊と言うか。でも精霊信仰は正しいから厄介なのよ、みやび」
「それが地球のそばにいるってことね、イン・アンナ」
そう言えば惑星イオナの歴史に氷河期は無いなと、改めて思い起こす任侠大精霊さま。みやびの思考を感じ取ったのか、ぬっしーがそれはねと、箸を縦に振った。
「イオナは星全体が精霊信仰で統一されてるだろ、それで風の大精霊エンリルと海の大精霊リバイアサンの加護があるんだ。だから信仰の中心であるロマニア侯国は、万年常春なのさ」
そうか成る程と、今まで不思議に思っていたことが、雪解け水が如く解けていく店内の面々。今の地球は氷河期を免れない、キラー艦隊から狙われる状態なんだって事も分かった。
「宇宙戦争かしら、麻子」
「避けられないっぽいね、香澄」
日本は利権だ天下り先だと言ってる場合じゃない、地球の危機である。
ちらし寿司を頬張りながら、さてどうするのだろうかと、三人の大精霊は成り行きを見守る。地球は
それでもみやび亭に来たのは、みやびとその眷属たちがどう動くのか、その行く末を最後まで見届けたいと思ったからだ。
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