第558話 最善を尽くし天命を待つ

 温泉を含む浴場に於いて、わたし体は男だけど心は女よと自称する人物が、女湯に入って来たらどうなるだろうか。股間に竿をプラプラぶら下げた人物が、女湯に入って来るのだ。その絵面を心ある日本国民は、特に女性は思い浮かべて欲しい。


 更に深刻なのは暴力団が、自分は女性だから女湯に入れろと言ってきたらどうなるか。もし断ればLGBT法違反だ損害賠償しろ、そんな話しになってしまう。

 いかようにも悪用が可能な時点で、法案としては未完成と言わざるを得ない。日本の温泉宿を廃業に追い込みたいのだろうか? そしてこの問題を左側マスコミは、けっして報道しない。


「トイレだって同じよね、香澄。女子トイレが無くなったら、怖くて夜間の公衆トイレなんか入れないわ」

「オールジェンダートイレかあ、誰が得するのって感じよね、麻子」


 オールジェンダートイレを増やそうとする自治体が、全国で散見されるようになった。心身共に女性の立場からすればプライバシーの侵害や、性犯罪の懸念が指摘されているのにだ。

 そういった線引きの緻密な議論を重ね、国民の理解を得られたならば分からないでもない。だが実際問題としてそうじゃない、肝心な世論が置いてきぼりなのだ。


「反対と慎重の意見が通算で五十八、賛成と推進の意見が通算で三十一。どうしてこれが否決されず一任になっちゃうの? みや坊」

「私が知りたいくらいよファニー、少なくともこれは民主主義と言えないわね」


 ――ここは近衛隊の寮、一階にあるダイニングルーム。


 大学政治研究連合会の有志が、ノートパソコン持参で応援に来てくれた。室内にはキーボードを打つ音が、全国のメール党員に檄を飛ばす心の叫びが、静かだが熱くリズムを刻んでいる。


 キッチンで夜食を用意する近衛隊メンバーが、私たちもパソコンを使えるようになりたいお手伝いしたい、そんな顔をしていた。いやいや胸を張れ近衛隊の乙女たち、夜食も大事な応援なのだから。


 LGBT法案は国民の理解どころか、当事者であるBLや百合の方々が迷惑だと反対しているにも関わらず、押し通そうとする悪法である。

 なぜ押し通したいのか、それは資本主義を混乱させたい左側の偏ったイデオロギーと、利権にあやかりたい連中の策略に他ならない。法案の中身を、見る人が見れば簡単に見破る。


 “性的指向又は性自認を理由とする差別の解消等の推進に関して必要な施策を策定し、及びこれを実施しなければならない”


 はいご苦労さま、税金チューチューする組織と法人を作るってことですね。女風呂やトイレの問題、なんも考えてませんね。


 性同一障害でご本人が望むなら、性転換手術の費用を支援するとか、戸籍の性別変更を簡略化するとか、そういった文言が法案には見当たらない。

 そこまで考えてないのが丸わかり、どこを向いて作った法案なのか問い詰めたい気分にもなると言うもの。


 そもLGBTはどこから来たのかと言えば、発祥元は国連である。イスラム圏に於いて同性愛は重罪だ。女の子同士がキスをする子供向けディイズニー映画でさえ、公開禁止になるほど。特にBLは、当事者に死罪を適用する国だってある。


 その性的マイノリティーを難民として受け入れようじゃないか、それが国連の求める趣旨なのだ。宗教差別をせず、BLや百合も差別せず、殺人事件にまで発展しないのが日本であろう。

 ならば難民認定法に一文加えれば済む話し。人道的立場でU国の戦争難民を、既に受け入れているのだから出来るはず。


 今週前半には政務調査会と党総務会が開かれるだろう、残された時間はあまりにも少ない。それでも指を咥えて見過ごすことなど出来ない、これは戦争だ。武器を手にした物理の戦いではなく、ネットを使いこころざしある人を動かす電子戦なのだ。

 目を覚ませ、立ち上がれ、これでいいのか、日本民族としての誇りを持とう、諦めたらそれで終わり、共に声を上げよう。そんな思いがキーボードを打つ指にこもる。


「結局は偏ったイデオロギーと金の亡者が権力を握ると、日本はおかしな方向へ行くのよね」

「何か言った? 彩花あやか

「ううん、何でもないわ、ゆたか


 何かを振り払うように、彩花は送信のエンターキーを押す。そして彼女は手の動きを止めず、ゴスペルソングを口ずさみ始めた。曲名はWhen you believeあなたが信じる時 、映画プリンス・オブ・エジプトのテーマにもなった曲だ。


 どんなに祈りを捧げても、願いが叶わない事は多々ある。それでも我々は知らずのうちに、立ちはだかる難題という山々を動かしてきた。信じること、その時あなたは奇跡を見るでしょう。そんな歌だ。

 信仰の力と勇気を与えてくれる、彩花のゴスペルソングがダイニングルームに流れていく。これは私たちにとっての聖戦なのよと、彼女は伝えたいのだろう。


『みんな頑張ってるね、イン・アンナ』

『本当ね、ぬっしー大国主命

『君まで僕の事をぬっしーと呼ぶのかよ』

『あらごめんなさい、でも悪い気はしないのでしょ』

『まあね、香澄のネーミングセンスは良いと思う。それで、アマラ地球ハルマゲドン世界の終末はどうしようか』

『日本という国が鍵ね。悪しきカルト宗教は別として、信教に差別意識を持たない国。この国が信仰心を失った時が終末かしら』

『君はみやびに甘くないかい? サタン敵対する者カルキ破壊する者も、出番を待ってるよ』

『甘いと言うか、イオナをまとめ上げたみやびがアマラをどうするのか、見届けたいのよ』


 精霊は霊的存在として宇宙に遍満へんまんしている。ゆえに大きさや重さという、物理法則を当てはめることは出来ない。そして精霊たちは意識することで、見たい所にフォーカス当てる事が可能な存在。言い換えれば宇宙の意思は、全てをご覧になっているという事だ。


「お夜食です、ラングリーフィン」

「うわ、ちらし寿司じゃない、ありがとう」


 近衛隊がみんなに夜食を振る舞い始めた。美味しそうねとイン・アンナが、そうだねとぬっしーが、意見の一致を見るのである。こりゃみやび達、近々アケローン川に呼ばれそうだ。


 ――そして翌朝。


「京子さん、みやび達は?」

「寮のダイニングルームで、コンニャクと言うかトコロテンと言うか、そんな常態です会長」


 そうかと、正三は納豆をかき混ぜる。

 港重工と常陸造船、そして四菱マテリアルにも協力を要請し、任侠としてやれる事は全てやった。後は天命を待つのみ、結果は火曜日か水曜日に出るだろう。


「寛容な国民性だからこそ、性善説を基本に置く国民性だからこそ、反社が付け入って来る。腹立たしいがそれが今の日本だ」


 眉間に皺を寄せる正三に、男性は『腹も立つ』のですねと、辰江が混ぜっ返した。なんで朝から下ネタをと、佐伯も黒田も工藤も、そして源三郎に桑名も笑い出す。アンガスとリンド達には、もちろん意味不明。

 辰江はおそらく、朝食を明るい雰囲気にしたかったのだろう。何事も無かったように目を細め、ふふんとタクアンに箸を伸ばす。


 無人販売が成立するのは、世界広しといえども日本くらいなものだろう。その無人販売も、最近は怪しくなってきた。人を信じることが難しい世の中なんて、日本も世知辛くなったものだ。


 そしてこちらは寮のダイニングルーム。

 キッチンで近衛隊が、みんなの朝食を準備していた。彼女たちは初期から栄養科三人組に師事してきた、料理人の集団とも言える。歌って踊れる料理人の近衛隊、その腕前は確かだ。


 みやびがロマニア侯国の首都ビュカレストで、最初に広めようとしたのは捨てられていた内臓肉を使ったもつ煮丼。これが近衛隊にとっての原点であり、料理人としてのスイッチが入った思い出深い料理。


 鶏のもつ煮丼に、温泉卵と焼き海苔、小鉢にはポテトサラダが盛られ、カボチャと根野菜ゴロゴロのお味噌汁にお新香。

 漂う良い匂いに、テーブルへ突っ伏していた戦士たちの頭が持ち上がっていく。気が付けば近衛隊がかけてくれた、毛布の暖かさに心が和む。


「むはあ、鶏もつと米が五臓六腑に染み渡るよ、麻子」

「ほっぺに米粒が付いてるよ、香澄」

「はいファニー、七味唐辛子」

「ありがとうみや坊、お味噌汁にもかけちゃおうかな」


 戦い終って戦士たちの朝餉あさげ、結果は今週中に出る。祈りを捧げても願いが叶わない事は多々あるけれど、やれることは全てやった。

 この後みんなで九段下に行こうかと、任侠大精霊さまは提案する。九段下、それは靖国神社が鎮座する聖地に他ならない。

 いいですね、英霊に報告へ行きましょうとみんなが頷く。するとダイニングルームに、虹色の光の粒が舞い落りた。それは任侠大精霊さまによる、戦士たちへの祝福であった。宇宙の意思が、その意思を実行する精霊たちが、遙か遠い宇宙から見守っている。

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