第535話 源三郎の提案

 ――ここは蓮沼家の母屋。


 新作の天津麻婆丼をこりゃ美味しいと、頬を緩ませる源三郎と京子。年代が離れている二人でも美味しいと言うのだから、辛さと痺れを調整すれば、やはり万人受けする一品なのだろう。

 みつる君も翼をパタパタさせながら、はふはふ頬張っている。新しいレシピの冊子を早う早うと、台所チームがアルネとカエラに催促してたりして。


「早苗さんの敵と言ったら、だいたい予想は付くよな、京子さん」

「源三郎さん、それ言っちゃう?」


 薄々感づいてはいても、口にする人は少ないわねと苦笑する京子さん。

 ふむふむそれでと身を乗り出す栄養科三人組と、山椒効果で艶っぽいそれぞれのパートナー達。愛妻が守ろうとする人ならば、その敵は自分の敵も同然と妖しい顔になっている。


「慈民党幹事長である茂出木の仕事は選挙全般の指揮を執り、政治資金を党内議員に分配すること。奈良の知事選を知らぬ存ぜぬは通らないだろうな、京子さん」

「ああ言っちゃった。選挙対策委員長の守本が今回の奈良知事選挙は失敗だったなんて、いけしゃあしゃあと記者の質問に応じていたわよ」


 報道と国民向けの三文芝居だと、源三郎は烏龍茶に手を伸ばす。責任を取って選挙対策委員長の座を降りるべきなのだが、お咎め無しとはこれいかにと。


「前幹事長の二海もC国寄り、三人の宗主国はC国なんだろうな」


 そう言って源三郎は烏龍茶を口に含む。あまり良い表現ではないが、宗主国がC国で日本は属国と言う意味になる。C国の意向で政治を動かすならば、外患誘致主義の売国奴であろう。


 現時点での慈民党派閥は――。

 1)暗殺された前総理の案部派。

 2)現総理の紀氏田派。

 3)前幹事長の二海派。

 4)現幹事長の茂出木派。

 5)選挙対策委員長の守本派。

 6)総理総裁経験者の朝生派。

 7)どこにも属さない無派閥、ないしグループ。


 ちなみに隆市早苗は7)の無派閥である。お仕えしているのは天皇陛下と国民であって、派閥に仕える気はないからだ。そして少なくとも3)4)5)は、彼女の敵ってことになる。


 中には早苗を応援したいと思う、若手議員だっているだろう。だが派閥の方針に従わなければ干され、自分自身の選挙が危うくなる。

 現総理の紀氏田がオフレコでもらした、正しい事を正しいと面と向かって言えないとはそういう事だ。金と権力で同調圧力を生む、それが慈民党の現状であり正体とも言える。


「紀氏田総理が酔った勢いで、慈民党を一度解体したいって話してたわ。二大政党か三大政党が良いって」

「お嬢さん、それここ以外で言っちゃだめですよ」


 苦笑する源三郎に、てへぺろのみやび。だがそれは分かると、源三郎も京子もデザートの杏仁豆腐にスプーンを伸ばす。


「慈民党をC国やK国にべったりな派閥と、中道路線の派閥に分党する。そこに右寄りというか急進派である威信の会で三大政党、国民にとっちゃ分かりやすいよな、京子さん」

「そうですね、源三郎さん。早苗さんが中道路線の議員を引き連れ、新党を立ち上げたらもしかするともしかして」

「確かにそうなんだが、あの人は党首や総理総裁に興味は無さそうだぞ」


 今までの言動で分かると、源三郎はスプーンを置いてみやびに目を眇めた。物理的に眩しいのではなく、神々しく映ったからだろう。


「お嬢さん、将来は国政に打って出たらどうでしょう」

「へ?」

「麻子ちゃんも香澄ちゃんも、お嬢さんと一緒に新党を結成したらいい。参議院と衆議院、そして東京都に、新党の牙城を築くんです」


 いやいや私たちは歌って踊れる料理人と、両手をブンブン振る栄養科三人組。

 そうは言ってもロマニア侯国では、重職にある高貴な貴族。国家運営と領地運営の才覚を既に発揮してるでしょうと、真顔で言っちゃう源三郎さん。


「衆議院議員は満二十五歳以上、参議院議員は満三十歳以上、都道府県知事も満三十歳以上が出馬条件です。その年齢になるまで考えといて下さいお嬢さん、麻子ちゃんも香澄ちゃんも」


 その頃には早苗も結構な年齢に達していると、京子も相槌を打つ。以前早苗が選挙応援に入った小野田紀美子は、おそらく八咫烏で早苗の後継者でしょうと。彼女はそう言いながら満君を撫でた、もうお腹いっぱいなのか、うつらうつらとしている。


 やばいかなと全員が、各自サングラスの位置を確認。


「二海に茂出木と守本は戦犯で間違いありません、お嬢さん。奈良には選挙応援に行かず、隣の県には応援に行ってるんですから。

 そして早苗さんは小東文書に対する答弁書を、自分で書かなきゃいけなかった。八年前の話しだから、今の総務省に書かせること出来ないんです。それで地元の奈良へ応援に行けなかった、これは完全に仕組まれてますよ」

「うわ、なんかむかつく!」

「お嬢さん、何かやろうとしてるなら早苗さんに相談しましょう。あの人にも考えがあるはず、早まっちゃいけませんぜ」


 みやびから立ち昇る、おっかないオーラが見えたのだろう。そんな彼女に源三郎は釘を刺したのだ、俺たちは任侠で弱者の味方、日本国民が納得する形で決着を付けなければと。


「そう言えば早苗さんさ、女性天皇には反対してたよね香澄、何でだろう? 歴史上は何人かいるのに」

「でもその後を継いだ天皇は直系男子よ、麻子。女性天皇だと男子が持つY1遺伝子が受け継がれないの。女性天皇にしたらその子孫は直系じゃないから、後世になって左側と共産主義国が皇室を叩く格好のネタになってしまうわ」


 だから女性天皇を賛成してる勢力はどこか、存続のため宮家の復活を主張する勢力はどこか。それを見れば日本を潰そうとしている議員が、誰なのか分かると香澄は言う。代々光属性を生むファフニールと辰江の直系と同じで、それこそが日本民族の本家である天皇なんだからと。


 その直系である満君の口から、青白い球がふよんと出て来た。全員がサングラスをかけ、直視を避け顔を背ける。成長するにつれ照明弾の発光時間が徐々に長くなってきており、茶の間がしばしホワイトアウト。


「そういう意味では、靖国神社を参拝しない慈民党議員もいるよね、香澄」

「逆に立件民主党でも参拝する議員はいるのよ、麻子」


 そんな二人にいいとこ突いてますねと、源三郎が目尻に皺を寄せた。与党も野党も玉石混交だから、政界再編は必要なんですとサングラスを外す。少なくとも靖国参拝を騒ぎ立てるC国に、べったりな議員とはたもとを分かつ必要があると烏龍茶に手を伸ばした。


「G7は本来、NATO北大西洋条約機構加盟国の集まりじゃないですか。そこに日本が加わっている意味合いは大きいですよ、お嬢さん。日本も加盟すれば侵略された時、NATO軍が援軍になりますから。フィンランドの加盟はドンパチ始めたR国にとって、大きな痛手でしょう」


 これで申請中のスウェーデンも加盟すれば、北欧三国が軍事的に結束することになる。R国はますます追い詰められることになるだろうと、源三郎は空になった烏龍茶のコップを置く。すかさず愛妻のマーガレットが注ぎ、その姿は夫婦仲の良さが見て取れる。


「どうして日本は直ぐにでも加盟しないの? 源三郎さん」

「NATOが軍事費として、GDP国内総生産の二パーセントを目標として定めてるからですよ、お嬢さん。だから紀氏田総理は軍事費の増額に、積極的なわけです」


 日本の軍事費はGDPの一パーセントにも満たない。それで増税か、いやいや余計な歳出を見直すべきでしょうと、紀氏田と早苗は喧嘩しているわけだ。もちろん目指す場所は同じだから、本気で喧嘩している訳ではない。


「そう言えば男女共同参画予算って、十兆円もありますよね、源三郎さん。何に使われてるのかよく分からないのが」

「大きな所は介護給付費国庫負担金、子どものための教育・保育給付、児童手当制度、良質な障害福祉サービスの確保と、まともだよ京子さん。だけど……」


 だけどと口籠もる源三郎に、みんなの視線が集まる。

 彼は俺の所見だからと前置きして、愛妻が注いでくれた烏龍茶を口に含む。官僚が天下り先の法人とかをこしらえるのに、都合の良い予算だよなと。


「ご飯食べにおいでよは会計報告もちゃんとしてるし、税金を不正に着服するNPO法人じゃないわ!」

「香澄の言う通りよ、私も麻子も不正なんて一切してないわ。資金や食材はロマニア侯国から流用してたりするけど」


 それでいいんですよと、源三郎さんは笑う。

 ただし政治家となって改革を行なおうとすれば、官公庁ともドンパチが必要だと口角を上げた。それこそが腐った官僚をとっちめる、世直しになるんじゃないでしょうかと。


「全部の官僚がそうとは言いませんが、政策は自分たちが決め、国民はそれに従えばいい。そういう思想の官僚は多いですよ、お嬢さん。

 これ共産主義や社会主義と通じるものがあります。早苗さんが奈良県知事に擁立した平口氏は、そうじゃないまともな総務省官僚だったから推したんでしょう」


 日本を世直しするには省庁に巣くう官僚も敵になりますと、源三郎は拳を握り絞めた。それを実現できるのは金や権力を屁とも思わない、今の若いお嬢さんたちなんですと。

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