第425話 クスカー城でのひとこま

 ロマニア侯国にあるお城は全て、温泉が湧く場所に築城されている。リンド族が何故そうしたのかは、古文書も断片化しており伺い知ることは出来ない。単純明快に温泉が好きだったんでしょうにゃあ、とはチェシャの談。


 かつてモスマン帝国と対峙する砦であったマーベラス城は、残念ながら温泉施設を持たない城である。後から編入された西シルバニアのエラン城と、南シルバニアのソーサラス城にもない。

 掘ったら湧くんじゃないかしらとみやびが言い出したもんだから、蓮沼興産任侠チームが温泉掘削おんせんくっさくを計画しているところ。


 そしてここは方伯領、東シルバニアのクスカー城。

 領主みやびの本拠地であり、今はカエラとティーナが知事代理を務めている。温泉の泉質は乳白色の弱酸性で、手や足を入れてみれば炭酸を多く含み肌触りが良い。


「ふう、このお湯に浸かると帰って来た気がするよ」


 頭にフェイスタオルを乗せたルイーダが、肩まで浸かり心地良さそうに息を漏らした。彼女が率いる傭兵チームは飛んで運べる料理人でもあるが、傭兵としての契約はそのまま継続している。つまりあちこち飛び回っていても、彼女らのホームはクスカー城なのだ。


「お城によって泉質が違うみたいだね、カエラ。せっかく商売で城下町を渡り歩いてるんだから、ついでに温泉巡りもしてみたいな」

「その気持ちよく分かるわルイーダ、ラングリーフィンに聞いてみよっか。竜騎士団の紋章が入る指輪を持つ者なら、各地の城にある温泉を利用できる、みたいな」


 それは画期的ですねと、同じく入浴していたメイド達も傭兵達も顔を綻ばせた。城の貴人に仕える者はみな、その証として指輪を身に付けている。どこの城でも浴場にフリーパスで入れるとなれば、空輸運送組合に加入したがる者も増えるに違いない。


「エビデンス城はどんな泉質なんだい? カエラ」

「無色透明で、弱アルカリ性の温泉よルイーダ。しかもなんと、美肌効果があるんですって」


 それは聞き捨てなりません入ってみたいと、湯船に浸かる者も、洗い場で体を洗っている者も異口同音。

 みやびに頼まれ各地のお城に、シャワーと鏡を取り付けた蓮沼興産任侠チーム。実は調子に乗って、源泉の効能を書いた立て看板を設置していたりして。これはお城巡りを兼ねた温泉巡り、ロマニア侯国で流行るかも知れない。


「ところでさ、カエラ」


 ルイーダがちらちらと、カエラの隣にしゃがみ湯船に浸かるティーナを訝しげに見る。さっきからようすが変で、どうかしたのかって尋ねてるアイコンタクト。

 そのティーナだがメイドや傭兵の胸に、穴が空くかと言わんばかりの熱視線を向けていた。私にもよく分かりませんと、眉を八の字にしてカエラが首を横に振る。


 リンド族の女子は属性ごとに、成長する方向性がある。

 風属性ならしなやかなスレンダーボディへ。

 地属性ならぼんきゅっぽんのグラマラスボディへ。

 水属性と火属性はその中間となる。

 けれど水と火には個人差があって、ファフニールとレベッカはワガママボディの方へ傾いたようだ。


 そして火属性のティーナだけれど、細身の割りに胸は大きい。リンドの竜としてはまだ成人しておらず、今後どうなるかは分からない。近衛隊のスリーサイズを把握している妙子によれば、現状はDカップらしいが。


「ティーナ、どうしちゃったの?」

「聞いてカエラ。私の胸は乳首が陥没してる、どうしよう」


 ルイーダの頭からフェイスタオルが落ち、体を洗っていたメイドや傭兵の手がピタリと止まる。それで悩んでたのかいなと。


「ティーナさま、珍しくはないのですよ」

「そうですとも、私の母も陥没してましたから」


 メイド達がフォローするも、本当なのかしらと懐疑的なティーナ。自身の体に抱いたコンプレックスは、ちょいと重傷なもよう。

 湯船に落ちたフェイスタオルを拾って絞りながら、ルイーダ姉さんがよく聞きなさいと、大人の女性モードに入りましたよっと。


「そのままだと赤ちゃんが出来た時にさ」

「うん」

「授乳に影響が出るかもしれないじゃない」

「うんうん」

「陥没にも段階があって、酷いようなら治療が必要だし」

「うんうんうん」

「それを確認しないと」

「どうやって?」


 ティーナ、マジ顔でずずいとルイーダに迫る。だがちょっと待てと、手のひらを前に出すルイーダ姉さん。それはカエラの仕事だよとにっこり笑う。


「私の仕事って? ルイーダ」

「刺激を与えてピコンと出て来るか」

「ふむ」

「その状態が続くかどうか」

「ふむふむ」

「続くなら軽度で何の心配もないんだ」

「ふむふむふむ、ピコンと出てそのまんま続けばいいのね? どんな風に刺激を与えれば良いのかしら」

「そりゃ大好きな人にやってもらうのが一番さ、揉んでもいいし吸ってもいいし。だからパートナーであるカエラの仕事ってわけ」


 “ボン”


 そんな音がカエラとティーナから聞こえたような聞こえなかったような。二人の顔が真っ赤になったのは、きっと温泉のせいではないはず。

 いつも裸で抱き合って眠るけれど、お互い何かを意識して刺激を与えるなんて行為は未経験なのだ。だが治療が必要なレベルかどうか、確認せねばなるまい。


「お願いカエラ、やっちゃって」

「わ、分かったわティーナ」


 みんなが見守る中、カエラの人差し指が、ドキドキ顔をしているティーナの右乳首をチョンチョンと突く。するとどうだろう、コンニチワと出てきたではないか。ルイーダに左もと促され、そちらも突けば見事にコンニチワ。


「あはは、やっぱり好きな人に触れてもらうのが一番だね。ってかティーナ大丈夫かい?」


 ルイーダに問われても、ティーナは心ここに在らずといった感じでほわんとしていた。乳首は状態を維持しており問題ないのだが、どこか遠い世界を旅してるような目になっている。


「ど、どうしようルイーダ」

「心配ないってカエラ。陥没してると汚れが溜まって不衛生だからさ、ピコンと出てる今のうちに洗ってあげな」


 ほうほう成る程それもそうだよねと、カエラはぱやんぱやんなティーナの手を引き洗い場へ。石鹸を手に取り泡立てて、左右のコンニチワをキュッと摘まんでもみもみと。


 “ぷしゅう”


 そんな音がティーナから聞こえたような聞こえなかったような。彼女は風呂イスに座ったまま、魂が抜けたような状態に。

 

「あれれ、ティーナしっかりして、ティーナ?」

「でも幸せそうな顔してるよな、カエラ」

「いやいやそういう問題じゃないでしょ、ルイーダ」


 近衛隊の歩くスピーカーなんて異名を持つティーナ・ヴィゼグラーフィン女性子爵・フォン・リンド。さすがにこの件に関してだけは、口外しなかったとメイド達も傭兵達も後に証言している。


 ――そしてこちらはエビデンス城、火天の間。


「リンド族の女子は、ほんと成長が著しいわね」

「そんなに変わりました? 妙子さま」


 メジャーを手にする妙子に、ファフニールがまくったキトンを下ろしながらきょとんとした顔で首を捻る。

 キトンなら構造上フリーサイズだから問題ないのだが、あっちの世界で洋服を着るとなるとそうもいかない。妙子は旅行メンバーのリンド女子を集め、採寸を行なっているのだ。


「トップバストとアンダーバストの差が十九センチ越えたわ。ブラをDカップからEカップに変えましょうね、ファフニール。レベッカもよ」


 ほうほうと頷く侯国の君主とビュカレストの守備隊長さん。

 ちなみに地属性で近衛隊長のレアムールは、Fカップの裁定が下されたもよう。トップとアンダーの差が二十二センチ越えたのである。


「妙子さま、わたし十七歳で成人してから、あまり変化はなかったはずなのですが」

「スオンになるとまた成長するのよ、レアムール。満ち足りていると膨らむの、エアリスもCカップにしないとね」


 大正時代からリンドの女子を見ている妙子さん、そこはやっぱり生き字引である。パートナーから愛されると体にどんな変化が現われるのか、彼女は熟知していた。


「ティーナとローレルも、そろそろ採寸しないといけないわ」


 妙子は通信用のダイヤモンドを取り出し、回線を開いてとみやびに話しかける。調理場で自分の背丈よりもでかいマグロと格闘しながら、みやびがはいはーいと応じていた。

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