第416話 魔力と超能力

 エーデルワイスが台所を飛び出し、説明の難しいスオン発言をやらかしてしまったお茶の間。料理の手を止めどうしようかと途方に暮れたみやびだが、そこは辰江が理路整然と見事にまとめてくれていた。


 両方の世界を熟知しているからこそ出来る、混乱を最小限に抑えた解説はお見事。ただしリンドの本質は竜であること、それだけはショックが大き過ぎるだろうと意図的に伏せたもよう。


 性別を無視して婚姻を結べるリンドに、桑名の旦那がエーデルワイスを婿か嫁かと扱いに困っているごようす。

 桑名の妻、つまり瑞穂の母親は、カルト集団が起こした無差別テロに巻き込まれ他界している。本人が口にしたことはないけれど、娘が公安警察を目指したきっかけであること位は気付いていた。だからこそ父親として反対できなかったとも言える。


 普通にOLを経て、普通に結婚してもらえたら。そんな風に願ってしまうのは親の傲慢だろうかと、彼はテーブルを挟んで向かいに座る二人に目を向ける。

 桑名もベテランの域に達した元刑事、二人の雰囲気を見れば分かってしまう。瑞穂とエーデルワイスは、誰にも侵すことの出来ない糸で結ばれていると。 

 墓前で妻に何て報告すればと項垂うなだれるも、娘が選んだ相手であるならばと彼は覚悟を決める。例えそれが地球外生命体であろうとも。 


「瑞穂の父、幸介こうすけだ」

「ふつつか者ですがよろしくお願いいたします、お義父さま」

「お、おう……よろしくな」


 お義父さまという響きが、桑名の胸をズキュンと貫いた。

 どこの馬の骨とも分からない男であったなら、一発殴らせろと言っていたかも知れない。だが目の前にいるのは、八重歯がちょっと長い可憐な少女。娘が一人増えたと思えばいいかと、つい頬が緩んでしまう。


 スイカを収穫している源三郎と、蔦や葉を片付ける工藤がによによしている。何だよ文句あんのかよと、ギロリと睨む桑名の旦那。けれど今の二人には全く効果がないようで、によによがぷくくに変わっただけであった。


「はいお待たせー、みんなお昼にしよう」


 みやびがテーブルに、お料理が盛られた皿や小鉢を並べて行く。

 だが彼女は早苗を見るや眉を曇らせた。みやびには分かるのだ、彼女の発するオーラが薄くなっていると。


「早苗さん、もしかして疲れてる?」

「みやびちゃん、それもあなたの能力なの? 敵わないわね。若い頃は気合いと栄養ドリンクで何とかなったもんだけど、寄る年波には勝てないわ」


 魔力を触媒とせず、自らの精神力で車をスクラップにした早苗。そりゃ消耗するだろうなと納得するも、そこでみやびはおや? と思考を巡らせる。


 かつて上皇さまとカルディナ陛下が一子相伝の儀式へ挑んだ際、二人は宝石を所持していなかった。小説一冊分に及ぶ各種スペルの文字列を一週間で、しかも口伝くでんで身に付けるなど人間業とは思えない。

 そう言えば千家信基が、魔力を使わない陰陽師おんみょうじと呼ばれる神祇官じんぎかんもいますよと話していた。

 もしかしてアマツ族とは精神力を用いた超能力と、魔力を触媒とした属性技を、併用する民族だったのではあるまいか。


 お食事会で妙子の守護精霊であるサラマンダー姉さんが、『あなた達はアマツ族の末裔、だから魔力との親和性が良かった』と言っていた。含みのある言い方だなと思ったけれど、成る程そういうことねとみやびは合点する。 


「お布団敷いといてあげる、ご飯食べたら横になっていくといいわ」

「悪いわね、みやびちゃん。そうさせてもらうわ」


 早苗のフカヒレスープに、元気になーれと念を込めるみやび。襖を挟んだ隣の座敷でふよふよ浮きながら、アリスが押し入れから布団を出していた。


「信仰によって得られる魔力が宝石に蓄えられる、だから最上位の通貨となり金よりも価値があるわけね? みやびちゃん」

「そうよ早苗さん。でもね、一度試したんだけど、こっちの人工ダイヤモンドは使えなかったわ。惑星が生み出した自然のものでないとダメみたい」


 それは興味深いわねと、フカヒレスープを美味しそうに口へ運ぶ防衛大臣。

 フカヒレの繊維はコラーゲンやコンドロイチンが豊富に含まれる軟骨だけれど、それ自体に決め手となる味はない。スープにしても姿煮にしても、肝心なのは味付けなのだ。


 麻子だったら鶏ガラスープをベースにするけれど、基本を和食に置くみやびは方向性がちょっと違う。マダイやハナダイの中骨に塩を振って焼き、それを茹でてスープにするのがみやび流。

 もう味付けは焼く時に振った塩だけで充分、余計な調味料は一切要らない、澄んだ美味しいスープが出来上がる。


 フカヒレ、えのきたけ、千切り竹の子、それを溶き卵がまとめ上げた、優しい味の和風フカヒレスープ。

 もちろんこれだけのはずはなく。

 鶏むね肉をミンチにしたチーズつくねは、甘辛の和風ソースに絡めた一品。

 ナスとカボチャの天ぷらは、もちろんみやび特製の酸味と甘みを利かせた天つゆ。

 ほうれん草と海苔のごま油和えに、山菜おこわと白菜の浅漬け。


 山菜おこわと白菜の浅漬けを除けば、何やかんやいって一汁三菜。そこは曲げない任侠聖女さま、彼女の精霊天秤はいま創造の方へ大きく傾いている。


「お嬢さんの料理を三食口にしてると、その辺の飯屋に入れなくなるよな工藤」

「洗練された和食プラスお袋の味なんですよね、源三郎さん」


 お褒めの言葉と受け取っておくわと破顔し、お代わりの山菜おこわをよそい二人に手渡すみやび。

 毎日こんな美味い飯を食いやがってと文句を付ける桑名に、そう言う旦那こそ最近入り浸ってますよねと反論する工藤と源三郎。

 それ本当なのと目を丸くする瑞穂に、役得を満喫しているようねと半眼を向ける防衛大臣さま。そしてなんちゃらかんちゃらと賑わう蓮沼家の茶の間、まあ賑やかなことは良いことだ。 


 ――その夜。


「防衛大臣にお越し頂くとは、光栄の極みですな」

「社交辞令は抜きにしましょうよ、蓮沼の会長さん」


 みやびの治癒食事とお昼寝で、すっかり元気になった早苗が正三に徳利を向ける。彼女に何かしら思惑があるのは明白で、徹もちょっと緊張気味。

 事前にみやびからLINEで知らされてはいたものの、防衛大臣が何を言い出すのかと戦々恐々の正三と徹。工藤と交代した黒田も、源三郎の隣に陣取り動向を注視しながらイカそうめんに箸を伸ばす。


 お昼寝とは言っても専用の通信機が、何度もブルブルして起こされた早苗。彼女はその都度応答し、指示を飛ばしていた。


「政治家はね、場合によっては嘘もつくわ」

「いやいや隆市たかいちさん、今更では?」

「確かに今更だわね、蓮沼の会長さん。でも国民を向いてつく方便の嘘と、国民を向いていない騙しの嘘は似て非なるものよ」


 それにしてもこのイカそうめん美味しいわねと、早苗は箸を伸ばす。シーパング産のスルメイカに本ワサビ、どうやらお気に召したようで。


「まだ報道管制を敷いているけれど、首相が何者かに狙撃され救急搬送されたわ。全くSPの連中は何をやってるんだか」

「おいおい、容態は? まさかもう仏さんってことはないよな?」

「死線をさ迷ってるのよ。いま犯人も目的も不明なまま報道すれば、国民は混乱してSNSが流言飛語りゅうげんひごに溢れるでしょうね」


 流言飛語とは根拠の無い噂やデマが、世間に広がるという意味。玉石混淆ぎょくせきこんこうの情報を精査し、誤った情報に惑わされない国民は残念ながらまだ少ない。


「政調会長と報道管制を敷くように決めたわ、まだ知らせるべきじゃないって。これは国民を混乱させないための短期的な嘘、つまり嘘も方便。私と政調会長は将来、国民から嘘つきと断罪されるかしら」


 しんと静まりかえる茶の間で、昼食に使わなかったハナダイの刺身を運んで来たみやび。彼女は皿を置きながら、ちょっといいかしらと口を開いた。


「先生の授業を、クラスの生徒が全員理解するわけじゃないわ。だから先生は例え話とか駆使して、授業に付いていけない子でも導こうと腐心するのよ。それだって嘘も方便じゃないかしら、早苗さんは間違ってないと思う」


 よく脱線授業になる古典のおじいちゃん先生がそうなのよと、みやびは楽しげに話し出す。それは全てを導こうとする、三車火宅さんしゃかたくたとえであった。


 ある老人の家が火事になり、中で何人かの子供が遊んでいた。老人が危ないから早く逃げなさいと言っても、子供たちは遊びに夢中で耳を貸そうとしない。

 そのため老人は、外に出ればお前たちが欲しがっていた羊の車、鹿の車、牛の車があるよと言って、外へ連れ出したという説話。


 もちろんそんな物はなく、老人は子ども達に嘘をついたことになる。だがこの老人を果たして、嘘つきと責めることが出来るだろうか。

 みやびの瞳が虹色のアースアイに輝いていた。早苗さんは嘘つきなんかじゃない、国民の方を向いている政治家だわと。

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