第406話 精霊候補
「ああ、良かった。皆さん急に倒れてしまい、心配しておりました」
御神座の前にお供えを並べ、わいきゃいはしゃいでいたみやび達。それが床に突っ伏し動かなくなったものだから、
宇宙に出向いてぬっしーと話し、帰って来るまでの時間は十分かそこらだろうか。それがこの惑星では百分も経過していたようだ。これが浦島効果と呼ばれるもので、GPSに使われる人工衛星でさえ地球と時間差が生じるため補正がかけられている。
速く移動するほど止まっているものより時間の進み方が遅くなる、特殊相対性理論が魂だけのみやび達にも適用されたもよう。
「私たち、宇宙で大国主大神と会って来たのです」
「それはまた……にわかには信じがたい話しですな、みやび殿」
確かに眉唾ものだろうし、信じられないのも無理はない。ならばこれを見てと、御神座に手のひらを向けるみやび。
信基が目をやればなんと、お供えしたものが全部消えているではないか。リンド山脈雲海の一升瓶も空になっており、ぬっしーも割りと飲兵衛っぽいねと、麻子と香澄にヨハン君が破顔している。
「私は口伝で子孫に、何と伝えればよろしいのやら」
「ありのままで良いと思うけど、ねえ麻子」
「香澄に賛成、口伝の通り現われた者達は宇宙で大国主大神に会った。それでよくない?」
「そうですね、僕もそれで良いと思います」
あっけらかんと話すリッタースオンの面々。してどんな話しをされたのかと、大宮司さまは身を乗り出した。
自分たちの転生には触れず、宇宙の意思として精霊が人類に望んでいること、生死の
「肉体は魂を磨くための、仮の姿ですか。しかもその修行の場が現世であり、我々が住まう惑星とは……」
「子孫へ伝えるには、けっこう壮大なスケールの話しになっちゃうわね」
にっこり微笑むみやびに、信基はごくりと生唾を飲み込んでいた。神話伝承とは、こうして紡がれ語り継がれるものかもしれない。
そのみやびであるが、おもむろに両手をアリスに伸ばしていた。親指と人差し指でほっぺたを摘まみ、にゅみんと横に引っ張る。
「何が起きるか知ってて、黙っていたわね? アリス」
「だいへいれいはらひょくへふひいたほうがひょいとおほったのれふ(大精霊から直接聞いた方が良いと思ったのです)」
「ふぅん、他に何か隠してることはない?」
アリスが初めて見せる焦った顔。あああるんだと、麻子も香澄もヨハン君も半眼となってアリスに詰め寄る。
今にして思えばアリスは、最初に姿を現わした時みやびをマザーと呼んでいた。あの時点に於いてみやびは、次の転生が精霊であると確定していたのではあるまいか。
「ほ、ほゆるひふらはい(お、お許し下さい)」
「イン・アンナとの盟約があるのね、ならいいわ。みんなも責めないであげて」
そう言ってみやびは、アリスの頬から手を離していた。
大精霊の御使いである以上は何かしら特命を帯びている、そのくらいは容易に想像できる。ならば次のお食事会で精霊に直接尋ねてみよう、そうみんなで頷き合った。
何が起きるか分からず本殿へ入る前に、テーブルとぶどう酒におつまみを出して行ったみやび。ゆえに待機していたみんなにとって一時間四十分は、長い待ち時間じゃなかったらしい。全くもう、この飲兵衛どもめ。
その彼らだが戻って来たみやび達を見て、何故か眩しげにしていた。外見は何も変わっていないが、雰囲気というか、内面の変化によって発するオーラが後光のように見えたのだろう。
詳しい話しは歩きながらねと、みやびはテーブルセットを亜空間倉庫へしまう。日がすっかり傾いており、そろそろ御所に戻らねばと玄奘が気を揉んでいたのだ。
参道を歩きながらみやび達が話す体験談を、リンドのメンバーは割りとすんなり受け入れていた。他のみんなは半信半疑、まあそれが普通と言うか、正しい反応なのだろう。だが大精霊ぬっしーがシーパングの統治を任せたのが、陽美湖の一族という点に於いては合点がいったもよう。
「ところで香澄、なんでぬっしーだったの?」
「う……聞かないでみや坊」
「いやいや、私もみや坊に同感。あの時ホント焦ったんだから」
みやびと麻子に迫られた香澄曰く。
古事記と日本書紀の神話部分はとにかく神様がいっぱい出て来る。頭の中がこんがらがるので、自分なりに体系化した結果なんだとか。
「それじゃスサノオは?」
「すっさー」
「コノハナサクヤヒメは?」
「さくちゃん」
「アメノウズメは?」
「うずちゃん」
「コトシロヌシは?」
「ぬっしー二世」
呆れを通り越し、込み上げてくる笑いを堪えることが出来ないみやびと麻子。なにようと頬を膨らませる香澄だが、発想としては悪くないかも。もっとも周囲は何の話しかサッパリ分からないのだが。
「ところでみやび殿、ひとつ尋ねてもよいか」
「なぁに? 赤もじゃ」
「パルマ戦に於けるスケルトンはみやび殿の盾をすり抜けた。じゃが今回の武者骸骨は見事に物理反射しておった。両者に違いはあるのか?」
「アンデットであることに両者の違いはないわ。何か変わったとしたら、私の盾の性能かしら」
相変わらずのデタラメな性能と進化に舌を巻くパラッツォ。だが虹色魔法盾を同時に二つ出し、よくよく考えてみればゲートを複数開ける任侠聖女さま。深く考えても無意味と、団長殿の単眼は遠い目をしていた。
――そして御所の
「帝よ、市場で騒ぎがあったといいますのに、こんな時間まで何をなさっておったのでございますか! 玄奘よ、そなたが付いていながらなにゆえお
しびれを切らしていた武者小路が扇子で床をペシペシ叩く。誠に申し訳ございませんと平謝りの玄奘だけれど、お諫めして何とかなる相手なら誰も苦労はしない。声に出しては言わないが。
「まあそう
「いえそんな、とんでもございません」
顔は笑っているが額に脂汗を流し、目が笑っていない藤堂がいと哀れ。
藤堂と菊池、左和女にとっては針のむしろであったに違いない。だが考えようによっては、そのために陽美湖は三人を残したと言えなくもない。察した月夜見が気の毒そうな顔をしていた。
「さて、これから重大な話しをせねばならん」
「千家信基がこの場におるのも、関係があるのでございますな? 帝よ」
「察しが良くて助かる、武者小路よ。だがいくら内裏とは言え、ここで話すのははばかられる。さていかが致したものか」
八咫烏で守りを固めた内裏でも警戒するほどの内容なのかと、顔を見合わせる月夜見と武者小路。
敵にアンデット・サモナーがいるという情報は、まだ彼らに届いていなかったらしい。やはり朝堂がおかしな事になっていると、みやび達は視線を交わし合う。
「絶対安全で、これからお話しする事を信じてもらえる場所へご案内しましょう」
「亜空間倉庫かしら? みやび殿」
「いいえ陽美湖さま、もっと素敵な場所よ」
そう言ってみやびはゲートを開いた。満月でも新月でもないのにどうしてゲートが開けるのかと、武者小路の手から扇子が落ちていた。月夜見もそんなばかなと、ポカンと口を開けている。
ロマニア侯国チームはみんな分かっている。みやびは衛星軌道上にある、ジェネシス号の甲板にゲートを開いたのだと。
惑星イオナと無限に広がる大宇宙。その壮大なパノラマを、任侠聖女さまはみんなに公開するつもりなのだ。
「さあみんな、私たちが住まう愛しい世界を見に行こう。きっと好きになるはずよ」
ゲートの前に立ち手招きをする任侠聖女さまは、まるで羽衣をまとう天女のようでもあり、武装した女神のようでもあった。
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