第70話 みやびのダイアモンドに天ぷらセット
「ねえファニー、お城に民間人を雇ったらどうかしら。所帯を持つ牙の奥さんとか娘さんとか」
ファフニールの執務室で書類仕事を手伝いながら、突然みやびがそんなことを言い出した。
麻子と香澄にもお付きのメイドが当てがわれた。国賓待遇ではないので一人ずつだが、専属のメイドが増えるとお城の維持管理が厳しくなる。
お掃除はもちろん庭園のお手入れも大変だから、庭師も雇ったらどうかしらとみやびは言う。イメージとしては庭師の源三郎と。
「ああ、どこでもドアの源三郎さんね」
「その情報は忘れていいから!」
確かにサイモンからエルザに料理を教えて欲しいと打診が来ているし、ギルド長と副ギルド長からも娘を使ってくれないかと乞われている。
市場組合の二人は、内臓肉のどの部位がどんな料理に使われるか知りたいようだ。でないと値段の付けようがなく困っているらしい。
「前向きに検討しましょう、お料理を広めるのが当初の目的だしね。ところでみや坊、その左手で転がしているのは何?」
「クーリエにもらったダイアモンドよ、何だか手に馴染むのよね」
ちょっと貸してとファフニールはダイアモンドを手にすると、魔力探知を始めた。その目が見る見る見開かれていく。
「みや坊、魔力弾を三十発は撃てそうな魔力が蓄積されているわよ」
「……はい?」
こちらの人間はリンドやリッタースオンと違い魔力を持たず、代わりに宝石を用いるのだと言う。精霊に祈りを捧げることで、宝石に少しずつ魔力が蓄えられるとファフニールは教えてくれた。
宝石は種類と純度の高さが命で、ダイアモンドが持つ備蓄量は最高らしい。ただし魔力充填は一人につき一日一回が上限であり、信仰心の高さで充填量が変わる。これこそが教会の持つ影響力であり、各国の宝石商が王族から優遇される理由なのだと。
ただし酷い国では王の代官が村や町を巡り、脅して一粒の宝石に祈りを捧げさせるという
「それじゃ屋台で術者が魔力弾を連発できたのは、宝石を持ってたってことか。一人でどれくらい溜まるものなの?」
「そうね、魔力弾一発分だと法王なら一日。信仰心の薄い人だと三ヶ月はかかるわ」
「ふうん……、クーリエはすごいもの拾ってきたのね」
なに言ってるのよと、ファフニールが目を剥いた。魔力探知で気付けば、クーリエは宝物庫にポイせず報告してくると。
つまりダイアモンドに魔力弾三十発分の魔力を短期間で仕込んだのは、魔人みやびと言うことになる。
「私、食前のお祈りしかしてないんだけどなぁ」
一応それも精霊に感謝を示すお祈りなのだが、あっけらかんとした顔で頭に手をやるみやび。そんな彼女にファフニールが、魔人の頭に『超』を付けてあげましょうかと笑う。
超魔人みやび……、なんだかアニメや戦隊ものの悪役みたいな響き。止めて何それ恥ずかしいと、みやびが肘でファフニールを小突いた。今日も二人は仲がよろしいことで。
――その日の夕食。
メニューは天ぷらと根野菜ごろごろのお味噌汁に、ポテトサラダとニラだれ湯豆腐。これに茶碗蒸しが付く。今日のトレーも器でいっぱいだ。
天ぷらはキス天とエビ天にタコ天、野菜はカボチャとナスにサツマイモ。天つゆを手がけたのはみやびで、ちょっと手が込んでいる。
だし汁、醤油、みりん、比率は五対一対一でこれが基本。みやびはそこに、砂糖を加えお酢とごま油を少々を足して一煮立ちさせる。
揚げ物をさっぱり食べさせるみやび流のテクニックで、甘酸っぱい天つゆにご飯が止まらなくなる。
ポテトサラダは一悶着があった。
戦後の日本で食生活が大きく変化していく中、戦争で製造を中断していたキューピーが昭和二十三年にマヨネーズの製造を再開した。
昭和三十二年にはテレビのお料理番組も始まり作り方が全国に広がる訳だが、各家庭のアレンジや地方ごとの特色があったりする。
つまりみやびはオーソドックスなタマネギ・キュウリ・ニンジン・ハムを主張。
香澄はタマネギ・リンゴ・みかん、桃・ハムのフルーツを主張。
麻子はキャベツ・天かす・紅ショウガのお好み焼き風、又はイカの塩辛を主張。
先入観を無くせばどれも美味しいのだが、話しがまとまらなかったのだ。結果として塩辛を除く三種類を作ることになった三人である。
これはポテトサラダ、お代り自由となりそうな予感。紅ショウガに関しては、妙子から梅酢をわけてもらっているみやびが、以前から作っているのでスタンバイOK。
湯豆腐のタレは小口切りのニラとダイコン下ろし。これにお醤油と砂糖にお酢を少々。リンド用にはラー油を加えるが、牙には好みで選択してもらうことにした。
茶碗蒸しはみやびの提案で、鶏出汁ではなく魚出汁になった。具は白身魚の切り身と小エビにシイタケとミツバ。
卵を溶きながら、担当した麻子が『出汁と卵の比率は三対一!』とかけ声を上げた。いつものパターンと違うので、包丁で魚の切り身を切っていたメイドが吹き出し、手元が狂うと苦笑している。
今日も大盛況と、みやびは目を細めながらダイニングルームを見渡す。ファフニールはまだ執務仕事があるので、最後の第四陣で妙子と一緒に食べることにしていた。
――こちらはブラドとパラッツォのテーブル。
「この天ぷらは美味いのう、ブラド。ご飯がもりもり進んでしまう」
「そのまま食べても美味いが、この天つゆが良い仕事をしている。ご飯が進むのはこれのせいだ」
「この湯豆腐もご飯が進む味じゃ」
「ああ、みやびが来てから我々の食生活は一変したな」
そう言ってブラドは、三杯目のご飯お代りに席を立った。片やパラッツォはいま四杯目、これはたまらんと、天ぷら盛り合わせに舌鼓を打つ。
――こちらは皇帝領三人組とエミリーのテーブル。
「卵とジャガイモをこんな風に変えるなんて、驚きですわ」
茶碗蒸しとポテトサラダの味わいに、クララの顔がにやけている。調理に参加しているカルディナ姫とミスチア、そしてエミリーも同意を示す。
「作り方は、みんな覚えたの?」
そんなクララの問いに、ミスチアが実はと困った顔をした。カルディナ姫とエミリーも頷いている。
「料理は身に付いているのですが、ここにしかない調味料があるのです。特に味噌と醤油が問題でして」
「あらそんな……」
思いっきり残念そうな顔をするクララに、エミリーが小耳に挟んだのですがと声を潜めて顔を寄せる。
「ラングリーフィンの配下である子供達が、味噌と醤油の量産を目指していると」
「ならば販売権はラングリーフィンが持つことになりますわね」
そう言ったクララの目がキラリンと光った。ラングリーフィンを口説きましょうという相談が、四人の間で行われる。
これはみやび、金貨は減るどころか増えそうだぞ。
「ところで姫君、またお代りはしないで調理場へ行くのですか?」
「当然じゃミスチアよ、色んな種類をちょっとずついっぱいがよいのじゃ」
ああ分かると、三人は手を打った。ちょっとずついっぱいを多くの女子が好むのは、こちらの世界も同じらしい。
第四陣とともに姿を見せた妙子とファフニール。みやびと一緒にトレーを手にした時、牙の数人が突然ひざまずいた。ダイニングルームの入り口が騒然となる。
「お願いです! 私達の娘をお城で使って下さい。掃除を手伝わせますから、料理を教えて頂きたく。なにとぞ! なにとぞ!」
おやまあと、みやびとファフニールが顔を見合わせた。前向きに検討する前に、向こうからやって来たと。
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