第50話 いよいよ明日

 中庭でブラドとパラッツォが、激しい剣の打ち合いをしていた。モルドバ卿とビュカレスト卿による訓練の一環なので、もちろん長剣を抜いても城内規則の違反には当たらない。


 屋台販売が明日に迫り、二人はどうにも落ち着かない様子。そんな彼らをみやびは、山芋をすり鉢ですりながら眺めていた。

 そのまま醤油をかけても美味しいのだが、出し汁を少しずつ加えながら伸ばしたとろろは、ご飯に最高。


 唇が荒れたりしないかメイド達に試してもらったところ、みんな大丈夫だと言った。まあハバネロを好むくらいだから、リンド族にその手の心配は不要のようだ。


「二人が使ってるの、どう見ても両手剣よね。どうして片手で扱うのかしら」


 剣の打ち合いを眺めてみやびがこぼす呟きに、作り方を教わっていたファフニールがそれはねと言って左手を広げ前に突き出した。


「剣に魔力を乗せることも出来るわ、先日の襲撃で妙子さまがやったみたいにね。でもリンドが人の姿で行う本来の戦闘は、物理攻撃と魔力行使を同時にこなすのよ」


 そう言ったファフニールの左手に、水の魔方陣が浮かび上がった。


「これが私の出せる水の盾。火の魔力で攻撃されると、相殺そうさいされて消えてしまうけれど。他にも魔力弾を放つ時に使うのよ」


 ファフニールによると地水火風の四属性は、苦手とする属性があるという。水は火、火は風、風は地、地は水を苦手にすると言う。まるでジャンケンのよう。


 だがそういうことかと、みやびは剣で打ち合うブラドとパラッツォに再び視線を向けた。

 初めてブラドと握手した時に感じた、ごつごつとした職人のような手。それは片手で両手剣を使いこなす為に鍛え上げられたものであると、みやびは理解したのだ。


 みやびの後ろでは、麻子がレアムールにレバニラ炒めを教えていた。内臓肉が捨てられている現状に、麻子も香澄も信じらんないと言って協力してくれる。

 腰まである長いストレートの髪に三角巾を付け、エプロン姿の麻子が豚レバーを捌いていく。


「レバーの筋を取って切り分けたら、氷水に浸けて臭みを抜くの。みや坊、お願いしていいかしら」


 麻子は水差しから水をボウルに注ぎ、みやびにリクエストした。任せてとみやびは頷くと、空気中の水分を氷結させてボウルにポンポン放り込む。

 こんな能力までみやびは開花させていた。麻子と香澄も最初は驚いたが、今ではもう慣れたもの。

 みや坊はエアコンと除湿機と製氷機の代わりになりそうねと、あまり嬉しくないことを言ってくれやがるが。


「冷水で冷やす時間は十分くらいね、その間に下味の調味料と合わせ調味料を作るわよ。下味はお酒に醤油と塩胡椒、それを臭み抜きしたレバーに混ぜて揉み込むの」


 麻子は下準備を済ませると、さあ行きますかとみやびに合図を送る。五徳の上に乗った中華鍋を、みやびは自分の作業をしながら片手間で加熱した。

 切り分けたニラとネギにスライスしたニンニク、もやしと合わせ調味料を手元に並べ、麻子は下味を付けたレバーを中華鍋に入れた。

 レバーに焼き色が付き、心地よい音が弾ける。


「ここで投入するのが命の豆板醤とうばんじゃん!」


 麻子は相変わらずだなと、みやびと香澄が破顔した。

 山椒の使用は事前に重職達へおうかがいを立てることになってしまった為、その鬱憤うっぷんが豪快に中華鍋を振るう手に現れている。


 そして香澄はと言えば、タマネギとニンジンをたっぷり使った溶きタマ中華スープをエアリスに教えていた。

 くるくるふわふわの巻き毛に三角巾を付け、自らパッチワークを施したエプロンを身に付けた香澄が深鍋をかき混ぜる。


 鶏ガラや豚骨、豚の背脂を捨ててるなんてもったいないと、麻子と香澄がと畜場へ直談判に行った話しは市場で有名になっていた。

 護衛を兼ねて通訳に付いたフランツィスカとエアリスも、骨や脂を何に使うのですかと驚いたらしい。彼女らにすれば、それは使い道のない単なる骨と脂なのだ。


 深鍋にその鶏ガラを入れ、ショウガとネギを加えて煮込んだ素のスープ。それを小鉢にとり塩と醤油で味を調整した香澄は、エアリスに味見してと差し出した。


「骨からこんな味が出るなんて……、美味しい」

「糧を得るために命を奪うなら、残さず余さず食べてあげなきゃ。貴方達が食前に行うお祈りに、通じるんじゃないかしら」


 そう言って素のスープを鍋に移し、タマネギとニンジンを煮込んでいく香澄。その言葉にエアリスはメモを取るのも忘れ、手際よく動く香澄をじっと見つめていた。






「ブラド、赤いもじゃ……モルドバ卿、もうお昼よ」


 とろろご飯にレバニラ炒め、それに中華スープをお盆に乗せたみやびが中庭に出てきた。天気が良いのでメイド達も、作ったお料理を手に石台へ集まってきている。

 各城門への仕出し弁当も、スープ付きで配布済み。


「これはすまんな、みやび殿」

「みやび、良い匂いだな」


 ブラドとパラッツォが、汗を拭いながら剣を収めた。

 みやびがパラッツォを赤いもじゃもじゃと形容していることは、当のパラッツォも薄々気付いている。

 だが帝国に於いて立場を同じくする選帝侯。みやびにその自覚は無いのだが、パラッツォは孫娘のようなみやびに目を細めた。明日は自分も、警備に加わるぞと。

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