第38話 冷ややかな目と女のサガ
「えっと……つまり、数馬を何かで釣るって事でしょうか?」
「そういうことになるわね」
「はぁ……そうですか……」
ミリアの言っている“誘惑”の意が分かると、一香は途端に声のトーンを落とす。
それと同時に、冷ややかな目を先輩であるミリアに向け始めた。
それでもミリアは何も動じる事なく、ジッと一香が次の言葉を発するのを待った。
「なら、尾行の件、考えさせてもらいます。少なくともミリア先輩に数馬を任せたくなくなりました」
という、一香の言葉を。
凛々しく美しい少女の声にいち早く反応したのは、ミリアではなく
「───えっ?」
普段は猫を被ってばかりの千尋なのであった。
そんな拍子抜けな出来事に一香から今もなお、冷たい視線を浴びているミリアは小さく笑いを吹き出す。
「どうして小悪魔ちゃんが驚くのよ、おかしな子」
「いや、だってまさか一香先輩が急に尾行の計画をやめるって言い出したので、藤宮先輩の件はどうなるのかなと……」
数馬の事が気になり咄嗟に反応してしまったと言う千尋。
もはや数馬に気があるのを隠す気配がなくなっている後輩に、ミリアが興を湧かさないわけもなく
「何よ、そんなにチビ助くんが恋しいの〜?」
そう言って、千尋にニヤニヤと緩んだ口元を近づける。
すると、ミリアに言われて千尋は自分の反応を見つめ返したのだろう。
「いや、そういうわけじゃなく───」
慌てて訂正しようと試みるも、時すでに遅く
「じゃあ、私たちのどちらかとチビ助くんがくっついてもいいんだ〜?」
「それは……ものすごく、嫌ですが……」
ミリアに誘導尋問されてしまうのだった。
再び項垂れる千尋。「あぁ言わされた……また部長にいいようにされてしまった……」とブツブツ呟く始末。
しかしミリアの千尋へのちょっかいはそれだけに留まらなかった。
「なかなか素直になれない小悪魔ちゃん、私は好きよ」
「ちょ……やめてください! 急に抱きつかないで下さい!!」
ガバッと勢いよく抱きつくや否や、キツく締め付けずにある程度千尋にも動ける余地を残しつつも、やはり主導はミリアであると思い知らせるような抱擁。
しかし、表情は嫌がらせをしてる時のような愉悦の表情ではなく、言葉の通りに『好き』が溢れる蕩けた表情。
ミリアからの抱擁や言葉が、『冗談』ではない事を千尋は自らの経験で知っている。
だからこそ、必死にもがいていたが、見事に剥がれないのだから困惑である。
その結果、
「……んっんん!! 続き、いいかしら?」
「あら、失礼」
「部長は相変わらずブレないですね……。あ、一香先輩、ごめんなさい。続き、どうぞ」
依然として冷ややかな目の一香が視界に入っておらず、咳払いをされてようやく落ち着くのだった。
が、一香が冷ややかな目を向けてるのはあくまでミリアであり
「千尋ちゃんは謝らなくていいのに。悪いのは自由人なミリア先輩なんだから」
千尋には優しい目を浮かべる。
それでもミリアはめげずに
「ちょっとちょっと、どうして私が悪いってことになってるの?」
と言って緩い口調で一香に抗議した。
しかし、それがよくなかった。
一香がミリアに向けていた冷ややかな視線の理由が大きく肥大するのだから。
「数馬を物なんかで釣れるって考えてるんでしょうが、ミリア先輩は数馬を小さく見過ぎです。数馬はミリア先輩が思っているより、ずっと大きくて強いんですから!!」
おそらく、一香の脳裏にはミリアが千尋をスイーツパラダイスのチケットで釣ったのが鮮明に残っていたのだろう。だからこそ、ミリアの言葉に怒りを覚えたのだろう。
一香にとって数馬は掛け替えのない幼馴染なのだから、過剰に心配になっても仕方のないことだ。
が、しかし、ミリアとて数馬の事を軽んじてるはずがないのだ。
「そんな事、よく分かっているわよ。伊達に、一緒に部活動をやってないし、小悪魔ちゃんだって分かってるわよ」
───どんな接し方であれ、恋心を抱いている異性なのだから。
「……まぁ、小悪魔ちゃんは恥ずかしがり屋さんだから、アベコベの事をしちゃってるけどね〜」
「私の事は放っておいて下さい。というか、そろそろ離して下さい」
「スンスン……ん、、今日はクレープフルーツの香水かしら?」
「嗅がないで下さい!!」
ミリアに顔を寄せられ髪の毛の匂いを嗅がれた羞恥心で、無理やり体を引き剥がす千尋。
「うー……油断も隙もないです……」
───赤く綺麗な髪の毛を整えるこの少女も、接し方は間違えていれど、数馬に恋心を抱いているのは疑いようのない事実である。
こんな事実を持っても、一香からしてみれば目に見えるものしか知り得ないのだから、少なからず不信感があってもおかしくない。
「えっと……本当に分かってますか……? 私が何に怒っているか」
「うん、もちろん。そして、剣道ちゃんが大きな勘違いをしてることもね」
「勘違い……?」
「ええ。とっても、大きな、勘違い」
表情を一切崩さずに自分の話を聞く一香にミリアは、勿体振りながらも答え明かしをしていく。
「まぁ、私の言い方にも問題はあったかもしれないけどね〜」
のんびりとした口調のミリアは、自信に溢れていた。
むしろ、自信しか無いのだ。
何が、どうであろうと恋愛対象が異性で、しかも同じ異性を好きになってしまったのだから、思いつく選択肢はやはり“コレ”なのだ。
「だって、私が言いたかったのは。私たちの女としての魅力でチビ助くんを釣るって事だもの」
───誰が、数馬に選ばれるか、である。
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