第2話 プロローグ②
そうして初めて飛行機に乗り、初めて日本を出て、初めて異国の地を踏む…全てが「初体験」で、始まったのが、このオーストラリアである。
1年間に及ぶこの国での旅の記憶はまた別の機会に譲るが、結果的に言えば、この国を出国するときの私は、並々ならぬ自信に満ち溢れていた。
入国したばかりの時は小動物のように怯え、知ってる英単語は「YES,NO」ぐらい。
ひきつった愛想笑いも愛想なく、現金を引き出すことも出来ずに路頭に迷い、本当に1年間過ごしていけるのか、いや、生きていけるのか?と疑問だった当初。
しかし、もともとが「からっぽ」過ぎたせいなのか、俗にいうスポンジのような吸収力で私の中には様々のものがどんどん際限なく目いっぱい蓄積されていった。
見るものすべてに足を止め、例えば英語で書かれた車のナンバーを見ただけでも感動し、海外に来ている事の現実を純粋に味わいながら、様々な人々との出会いを楽しみ、現地で職を得て、そして旅。
それが1年後「経験」として自信になり、この国に入国した時と比べ者にならないほど成長した自分に酔いしれていた。
天狗という言葉が似合うと気づいていたのは私以外、すべての人ではないか。
こうして本人の気づく余地はないほど、すさまじい自信はいつしかうぬぼれに変わり、オーストラリアを出国後、インドネシアのバリに向かうことになるのである。
このバリ島なる島々は、オーストラリアからの旅行者が非常に多く、それは地理的なものや物価の安さに加え、この国独特の雰囲気、リゾート感が旅人を魅了してやまないことが理由の一つだろう。
天狗になりきっていた当時の私は、日本に帰る前に、この国にも寄っていこうと思いつく。
残金はもう僅かばかりしかないが、なに、なんせ1年間オーストラリアで過ごすことのできた私だ、なんとかできるだろう。そのように非常に安易に。
旅の土産話を一つ増やして帰るかぐらいの気楽さで入国する。
そんな伸びきっていた天狗の鼻をみごとにこのインドネシアの国民、バリ島の人々はへし折ってくれた。
空港から外に出たとたん、見たこともないぐらいの客引きと呼ばれる人々。
少しでも多く、すべてを吸い尽くそうと全力で獲物を吟味している無数の目。
我先にと、半ば強引に旅人を奪い合う。
私のような人間があっという間に格好の餌食になったのは言うまでもない。
身ぐるみはがれるまではいかないまでも、だましにだまされ一日で全財産が無くなった。
お金の面だけではない。
肥満気味だった私の心の無駄な部分までもが貪りつくされ、もはや骨の髄までしゃぶりつくされたような、それほどまでに徹底的に、圧倒的に心が打ちのめされた。
貧困、体の不自由などを理由に施しを求める子供、親。
そしてそれが故意的だと知った時の衝撃、やるせなさ。
売春。
ドラッグ。
宗教や文化。
人々の優しさ。
何も見てなかった。
何も知らなかった。
何もできていなかったじゃないか。
所詮先進国のオーストラリアで過ごした1年間など、ほんの少しばかりの経験でしかない。
まだ見ていないものがまだまだある。
知らないことがたくさんある。
できるだけ色んなことがしたい。
この目で、自分の目で、できるかぎり多くの国を旅したい。
そうして決意した私が帰国して5年後。
その時の思いを胸に準備を進め、この世界一周の旅が始まる。
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