第19話 不思議な後輩とクリスマス②





『よかったら宮前と食べたらどうだ?僕は別にそれでも構わないけど。』


「本当はずっと先輩と二人っきりでいたいの分かってないのかな…。」


私はムッとしてしまう。




『お、怒ったのか?怒ったなら謝る…ごめん。』


「でも弱気になった先輩…かわいかったな…。」


私は少しだけニヤけてしまう。




『でも知り合いも友達も多いに越したことはないだろ?』


「そんな人が増えたら先輩の魅力に気づいちゃう人が多くなっちゃうよ…。」


私は慌ててしまう。




『仕方ないな。半分よこせよ。』


「あ、あれって…間接キスだよね……はわわわっ」


私は顔を赤くしてしまう。




二々月前ならこんな風に表情豊かではいられなかった。今の私がこんなにコロコロと表情を変えることができているのはひとえに羽賀先輩のおかげだろう。


羽賀先輩のことを考えるだけで私の心のなかはカラフルに染まっていく。


きっとこれからだって私は…。



「——がやさん!春日谷さん!」


「!」


「春日谷さん聞いていましたか?」


「あぅ……。」


顔をあげると先生が黒板を指しながら私を睨んでいた。


(ど、どうしよう。全然聞いてなかった。)


こういうときなんて言っていいのか私にはわからない。何も言わずにいれば先生も諦めてくれるだろうか?いや、諦めてくれることは実証済みである。


だが、それではダメなのだ。私は変わらなければならないのだから。私は胸を張って言う。


「聞いてませんでした。」






「あなた百面相してどうしたのよ。」


「げ」


「『げ』とは何よ!この私が話しかけてあげてるのよ?」


授業に注意していなかったにも関わらず反省の色が見えないと言われコッテリと絞られてしまった六限目の授業のあと。私の席に近づいてくる女が一人。


栗毛色の髪をこれでもかと巻いた女生徒、宮前沙織だ。


「で、何を百面相していたのよ。」


「あなたには関係ないでしょ。」


「はんっ!どうせ好きな人のことでも考えてたんでしょ。」


「!」


「顔を赤くしちゃって…バレバレよ。」


席に座る私を見下ろしたまま宮前沙織はケラケラと笑った。言い返したい気分だが何も言えない私はただ黙って彼女を睨み続けるしかない。



彼女、宮前沙織との関係は一言では説明できそうにないほど複雑なものになりつつある。


元いじめっ子だった彼女が元いじめられっ子だった私とこうして対等に言葉を交わしているのだから驚きだろう。


「まあ確かに好きな人と四六時中一緒にいるなんて夢見たいだものね。まあ私にはあんな男のどこがいいのかわからないけど。」


「…先輩に言いつけるよ?」


「ゔ……それは勘弁して!お願いだから!」


「はぁ……大体、愛しの細田君はどうしたの?」


「げ、やめてよ。あんな奴だと思ってたなかったのよ付き合う前は。」



宮前沙織はこの一ヶ月の間に細田君と交際し、そして別れた過去を持つ。私にフラれて傷心中の細田君に付け込み彼氏にすることができたのだが…。


「穏やかで人当たりがよくてイケメンで…文句なしの上玉だと思っていたけど、いざ付き合ってみると一緒にいてもつまらないだけなのよね彼。都合がいいだけの人間っていうか…いい意味でも悪い意味でも人畜無害なの。」


「…………」


「あなたが言ってた通りの男だったってわけね。」


細田君が私に告白しようと呼び出した時、宮前沙織は私たちのことをつけてきていたらしい。

つまりは私が細田君に言い放ったはしたない八つ当たりじみた言葉も全て聞いていたわけで…。


「あの時は『あんたみたいな根暗には彼の良さはわからない』とか思ってたけど、あんたの方が上手だったわね。」


「別に、人間観察が得意なだけ。」


「はん!相変わらず根暗ね。でもあのときの細田君への返しには痺れたわ。あんたに興味がもてた。」


私は思わず顔を顰めた。あの一件以来宮前沙織が私に付き纏う原因がこれだ。この女は私に興味を持ったと豪語して聞かないのだ。


「だからこれからも仲良くしましょ。」


「私はいい迷惑なんだけど。ていうかこれから"も"って何?今まで仲良くしてたつもりないんだけど。」


「はぁ?うるさいわね!いじめてもらえて光栄だったでしょうが!」


「嬉しくないですぅ!それじゃ私は先輩のところに行くから。羽賀和季先輩のところにね!」


「ひぃっ!や、やめなさい!今でも夢に出てくるのよあの人……」


「ふん!」


涙目になりながらさするように肩を抱き締める宮前沙織を置いて私は教室を出て行く。


先輩は今週は掃除当番だったはずだ。物陰でこっそりと待つことにしよう。

そんなことを考えていると、宮前の何か呟く声が耳に入ってきた。


「え、何か言った?」


少しだけ浮かれていたのかもしれない。背後で呟く宮前沙織の声が私にはあまり聞きとれなかったのだ。


「いや、何も。」


「……そう?」


少し不審に思ったが、早く先輩の元へ行きたいので先を急ぐことにした。



「春日谷は知っているのかしら?春澤澄歌のこと。」



再度呟かれた宮前の言葉を聞き取らずに。







「先輩、さっきの女誰ですか…?」


「僕のクラスの学級委員長だ。」


「随分楽しそうでしたね。」


「そうか?僕の対人スキルも捨てたもんじゃないな。」


「そういうことじゃないです!」


先ほどから僕の前をトコトコと歩く春日谷の機嫌が悪い。彼女の肩には僕の鞄が担がれているし、その手には僕の手が握られている。


クラスの皆と少しずつ会話を交えながら教室を掃除していると、彼女がひどく慌てた様子で入ってきて僕の手と鞄を掴んで走り出したのだ。

おかげで僕は掃除をほったらかすことになってしまった。


彼女の手に導かれるまま、僕たちは駅へと向かう。



「春日谷、僕は友達を作ることも許されていないのか。」


「男女での友情は成立しません。」


「偏見だろ、そんなの。」


「…………」


ムスッとした顔で春日谷が黙り込む。彼女は頑固者だ、放っておいたらどんどん不機嫌になっていくだろう。


「わかったよ。何が気に食わないのかわからないけど、なにか気に障ることを僕がしたんだな。」


「そ、そうです!」


僕はため息をついてしまう。


「はぁ……願いごと。」


「え?」


「願いごとひとつだけ叶えてやるよ。もうすぐクリスマスだし。」


「ほ、本当ですか!?」


「!」


あんなに無愛想な顔をしていた春日谷が顔をパァッと光輝かせこちらを振り向いた。


しかもいきなり大きな声を出したものだから周りにいた買い物客も何事かとこちらを見てくる。


「おい、いきなり大きな声を…」


「デート!」


「は?」


「クリスマスデートがしたいです!!!」



顔を赤くした春日谷舞がうるうるとした目で僕を見上げてくる。それに加えて周囲の買い物客も何かを期待するような目で僕を見ている。


「……だ、ダメですかぁ?」


こんな空気のなかで断ることができるほど、僕は強くはないだろう。


「い、いいよ。」


男女間の友情が存在しないのなら僕たちの関係はなんと表現すればいいのだろうとそんなことを考えていた。

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