第215話 事の顛末
夜。
私たちは帰ったと見せかけて、ムチホッソー家に宿泊させてもらった。
バタールを名乗った男がこの家に押し入ろうとしているらしいけど、いつ来るかは分からない。
私はそうマクロストに告げたのだけれど、彼と来たら。
「今夜来るでしょうね」
「それはどうして?」
「私が捜査に加わった程度では、あちらも焦らなかったでしょう。私はあくまで、世間的には無名な一貴族に過ぎませんから」
「またまた。謙遜じゃない? それにそれって、もしかして私が出てきたから展開が早くなったみたいなそういう話に聞こえますけれど」
「その通りです、ワトサップ辺境伯名代! ジャネット様の名は、我が妹とともに周囲に知れ渡っています。それも、あらゆる謎を快刀乱麻に断ち切って、世の不正を明らかにする女傑! そんな人物が、自分の計画の中に突然現れたらどうすると思います?」
「嘘かもしれないし、なんなら武力で制圧する用意をする……?」
「いや、それはあなただけです」
マクロスト、この時はなんか真顔だった。
つまり結局、ムチホッソー姉妹が私に依頼をして来たことで、バタールは私に遭遇。
私が噂のジャネットだと、ナイツを通じて確信してしまったことで焦るだろうとマクロストは想定したわけだ。
そして、シャーロットが事件に入ってくる前に方を付けてしまおうと考えているらしく……。
「まあ、早く片付くならそれに越したことは無いんじゃない? じゃあ、待ち伏せといきましょう」
「へいへい。だけどお嬢は寝てていいですよ」
「そうはいかないわよ。部下に働かせて、自分はさぼってる貴族なんかどうしようもないわよ」
「いやいや、貴族ってのはそうやってふんぞり返ってるのが仕事みたいなもんでしょう」
「私は違うの。あなただってよく知ってるでしょ」
「ああ、そうでした。……と、来ましたぜ」
私には分からなかったが、ナイツは気付いたらしい。
少しすると、誰かが屋内に降り立つ音がした。
窓を壊して入り込んだみたい。
そうか、扉を破ったりしたら、すぐに気づかれてしまうかもしれないものね。
双子とその子どもたちには、我が家に避難してもらっている。
だからここ、一階にいるのは、私とナイツだけ。
「じゃあ、行きますよお嬢。そこで動かないでいて下さいよ……って言っても絶対言うこと聞かないんだろうなあ」
「よく分かってるじゃない」
そこからの展開は早かった。
ナイツは闇の中でも平気で動き回る。
相手の音や気配で居場所が分かるし、障害物だって足音なんかの反響で察知できるそうなのだ。
無論、普通の人間がそんな異常な知覚を持っているわけがない。
「な、なんだお前ウグワーッ!!」
「ちょっと待ってウグワーッ!!」
あっという間に二人倒された。
今日のナイツは無手だったはずだけど。
私は腕組みしながら、当主の部屋で待っていた。
窓から月明かりが差し込んできて、灯りが無くても結構明るい。
すると、外からバタバタと走ってくる足音がした。
私は扉の前までゆっくりと歩いていき、家から持ってきた自前のそれを振りかぶった。
そう、馬用の鞭。
「こっ、この部屋に入ってしまえば!!」
扉を思い切り開けたのは、バタールだった。
ちょうどいいところに顔があったので……。
スパーンっと彼の頭を、鞭が打ち抜いた。
「ウグワーッ!?」
バタールは自分の勢いで転倒。
背中から落ちてのたうち回っている。
私は悠然と外に出て、呼びかけた。
「賊の親玉がいるわよ!」
「ご協力感謝します……というか、立場ある貴族が自ら手をくださなくても」
渋い顔をしながら、上の階からデストレードが飛び降りてきた。
そう、これは憲兵隊との共同作業だったのだけれど……。
二階から、バタバタと憲兵たちが駆け下りてくる音がする。
入り口を塞いでしまうため、奇襲を目論んだ憲兵隊は二階に潜んでいたわけ。
「楽しかったわよ」
「ジャネット様のお好きそうなシチュエーションですからね。ああ、もう。シャーロット嬢がいないとこうだ。あなた方はお互いがお互いのストッパーなんですね」
そうかな……?
そうかも。
こうして、先代宰相の宝石盗難事件は終わり。
宝石の在り処だけは不明だったが、そこへタイミングよくシャーロットが帰ってきたのだった。
彼女の推理が冴え渡り、すぐに宝石も発見。
博物館は盗難品を取り戻し、めでたしめでたしだ。
「……という感じで、ラムズ侯爵様が大活躍だったわけ」
「あら、兄はちょっと推理をして、それからジャネット様を煽っただけみたいに聞こえるのですけれど」
「えっ、そうかな……!? そうかも」
言われてみれば。
実働は私とナイツと憲兵隊だった。
ここはシャーロットの家。
いつもの紅茶を楽しみながら、この間の事件について、シャーロットから話をせがまれていたところだ。
彼女はとても楽しそうに話を聞いた後、うーん、と唸った。
「どうしたの?」
「ちょっとずるいなって思いましたの」
「ずるい?」
「わたくしが留守にしている間に、ジャネット様だけで事件に挑んでしまうなんて。おちおち王都を留守にしていられませんわね」
「好きで事件に関わってるんじゃないんだけどなあ……」
「次はまたご一緒しましょうね」
「そんな、遊びに行くみたいに……。いや、まあ、そんなに違わないかも」
「ふふふ、他の方には聞かせられませんけれどね」
そうして、私たちは笑い合うのだった。
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