四大精霊王の紋章事件
第204話 退屈な世界に颯爽と登場する依頼人
「スパイの件は面白かったですけれど、厳密には事件とは違いましたわよねえー」
窓際で頬杖をしながら、シャーロットがため息を吐く。
先日の、オグロムニ連邦のスパイ、サンドルを巡る騒動。
これは新聞で面白おかしく書かれて、巷の人々を大いに楽しませた。
なんだか私とシャーロットがまた有名になってしまったみたいだけれど、それは別の話。
これで彼女の仕事が増えるというわけではない。
「どうでもいい仕事は増えましたのよ? 失せ物探しとか、猫探しとか。そんなものあっという間に終わりますし、大体は似たような展開になりますの。だから、事件の醍醐味は人間同士の愛憎が絡んだ状況を、丁寧に証拠と推理で解きほぐしていくところですわね……。あれは本当に楽しいんですわ」
「シャーロットの趣味だもんね」
「趣味であり、生きがいでもありますわ! ああー、事件が起こらないものかしら!!」
傍から聞くととんでもない事を口走りながら、シャーロットが窓際でくたーっと伸びた。
大変に猫っぽい。
彼女ったら最近、あまりに退屈なので、通行人に窓から推理問答を投げかけたり、突然我が家にやって来てお泊りして一晩中おしゃべりすることになったりしたのだ。
翌日アカデミーがあるというのになんという元気だろう。
まあ、私もそれくらいじゃへこたれない体力があるけど。
ここは一つ、大きな事件でも起きないと、シャーロットの中に溜まっている推理欲みたいなものは晴れないのだろうなと思うのだ。
友人の精神的健康のためにも、仕事の依頼が飛び込んできたりはしないかな……?
と思った矢先。
シャーロット邸の扉がノックされる音がした。
インビジブルストーカーが相手を確認し、屋敷へと招き入れる。
シャーロット邸はお屋敷とは言っても、下町にあるちょっと大きい家という感じだ。
街路のすぐ目の前に扉があるし、奥行きだってそこまでない。
横に広くて、一階の半分は馬車や馬を置ける場所になっている。
二階は階段を上がってすぐに、この大きなティールーム。
もう、この家の中で最大の規模があるだろう部屋だ。
そしてこじんまりとしたシャーロットの寝室や書斎。
生活で使うような浴室やトイレなどは一階にぎゅっと詰まっていた。
「来ましたわよ来ましたわよ」
シャーロットが鼻息も荒く、腰掛けた椅子ごとくるりとこちらを向いた。
ティールームから一階までは、扉の一枚も無い。
階段から直でシャーロットの声が聞こえるだろうから、あまりはしゃがない方がいいのでは……?
案の定、明らかに不安そうな顔した男性が階段から顔を出した。
「あのう」
「はい! お仕事ですわね!」
「そ、そうなんですが。思っていたよりもテンションが高いのでびっくりして」
「ほらシャーロット、依頼人が怯えているじゃない! ステイ! 大丈夫よ。噛んだりしないから安心してやって来てちょうだい」
「は、はい。新聞で読んだ通りのお二人なんですね……。誇張だろうと思ってたのに、ほぼそのままか、むしろ新聞の方が穏やかな表現だ」
「ターナめ、何を書いているんだ」
最近忙しくて、デイリーエルフェンバインを確認できていない私。
連載されている、推理令嬢シャーロットの事件簿という記事の表現がエスカレートしているらしき事を知る。
「おほん。では紅茶でも飲んで落ち着いて下さいまし。お伺いいたしましょう。どういった事件を持ち込んで来られたのですか?」
依頼人に手ずから紅茶を淹れるシャーロット。
これは、彼女の中で、今回の依頼人が持ってきた事件が猫探しとか失せ物探しとは比べ物にならない大イベントになるのだという確信があるに違いない。
依頼人の様子から、彼女はそれを推理したのだ。
テーブルの上に見える彼女は落ち着いていたが、テーブルの下の足は今にもステップを踏みそうだった。
「は、はい。僕はイーサー・モーダインと言います。ご存知かどうかは分かりませんが、父は騎士爵であったモーダイン将軍です」
一代貴族の息子というわけだ。
つまり、彼はあくまで平民。
モーダイン将軍の名は私も知っている。
勇猛果敢な騎士で、王家によく仕えたとか。
大きな戦があればきっと武功を挙げ、男爵位を手に入れただろうと言われている。
だけど、今は平和な時代。
モーダイン将軍は任期を勤め上げ、退職したと聞いた。
「父は新しい仕事があったため、アウシュニヤ王国で過ごしていたのです。僕はエルフェンバインで教師をしていたのですが、僕のもとには父からアウシュニヤの宝石が毎年贈られて来ていたのです。そして最後の宝石とともに、父が亡くなったという知らせが入っていたのです」
「モーダイン将軍が亡くなられたのですか」
ふーむ、と唸るシャーロット。
「はい。そして、宝石を届けていたのは僕の生活費のためであったと。代理人の手紙が入っていたのですが、僕と会い、今後のことを話したいと書かれていたのです。……ですが、そこにはこうも書かれていました。“お父上の残した秘密がある。君はこの秘密を継承する権利がある。だがその秘密についてここで語ることはできない。我々は直接会って話し合う必要があるのだ”と」
秘密……?
振り返ると、シャーロットの目がキラキラと輝いていた。
テーブルの下で、カタカタと彼女の靴底がステップを踏む音がする。
「引き受けましょう。イーサーさん。あなたについていって、相談役となればよろしいのですわね?」
「は、はい! いいんですか?」
「もちろん」
「依頼料の話をまだしていませんが……」
「仕事をしながら詰めればいいですわ、そんなもの」
シャーロットのハートが燃え上がってしまった。
これは止まらない。
かくして、新たな事件に遭遇した私とシャーロット。
これがちょっとした冒険になるであろうことは、推理の名手ではない私にも想像ができるのだった。
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