第202話 対決、ジャクリーン対スパイのお仲間?
「陛下に聞いてくる」
難しい顔をしたオーシレイがそんな事を言い、城に戻っていった。
スパイの監視を行った後、我が家に帰還した後だ。
「明らかに……あんなものがスパイであるはずがない。スパイなのならば捕らえてしまうべきだし、自由に泳がせているわけが分からない……! オグロムニ連邦も何を考えているんだ……?」
去り際にぶつぶつ言っていた。
悩んでるなあ。
私はあのスパイの人、嫌いになれないな。
危機意識が無いし、地元の人に顔も名前も好みの酒も何もかも知られてて、それで当人はろくな情報を集められていないスパイ。
いや、どこかの特売だとか、誰が新しい商売を始めるとか、そういう情報はいつの間にか掴んでいるみたいで、それの売り買いで生計を立てられているわけだから無能ではないみたいだけれど。
そしてどういうことか、私とオーシレイがスパイのサンドルを気にしている事が、下町で話題になってしまっていた。
変装したはずの私が下町にやって来たら、注目されること注目されること。
「どうしてバレるのかしら」
「そりゃあお嬢、服装と帽子を変えたくらいで、そのプラチナブロンドと青い目はそのままじゃないですか」
「顔を隠したら怪しいでしょ?」
「顔を隠さなきゃバレバレなんですよ。お嬢はとにかく目立つんですから」
隣には、完璧に変装したナイツ。
なんと今日は庭師の格好をしている。
私はシンプルなドレスのメイドを装っているので、一見してメイドと庭師が一緒に歩いているようにしか見えないはずなのに……!
「ジャネット様だ」
「ジャネット様、今日の装いも素敵ね!」
解せぬ。
そして今日も今日とてガストルの酒場に。
店主はすっかり私を覚えていて、自ら注文を聞きにやって来る。
「ジャネット様がお越しになると思って、いい紅茶を仕入れたんですよ」
「本当!? じゃあそれをミルクたっぷりで淹れてちょうだい!」
「かしこまりました!」
店主が奥に引っ込んでいく。
「お嬢、変装する気ないでしょう」
「失礼ね!」
そんな私たちの少し先では、サンドルが安酒を飲みながら、ご機嫌で鼻歌など歌っている。
彼は夕方には街中をぶらつき、情報を集めて回っているらしい。
そこで吟遊詩人なんかと出会うと、彼らの歌を聞いたりして鼻歌のレパートリーを増やしているのだ。
……なんていうどうでもいいサンドル知識を蓄えてしまった。
それくらい、ここ数日はこのスパイの人を調べている。
もう、なんというか気になる。
なんでこの人、エルフェンバインにいて、何の役割を果たしてるの……!
唸っていたら紅茶が出てきて、これがまあ、淹れ方はあまり良くないんだけど香りが素晴らしかった。
本当に高い茶葉を仕入れたらしい。
私が途端に機嫌を直して、本来はお酒のアテであろうナッツ類を食べながらお茶していたら……。
「やはりいたわね。ワトサップ辺境伯令嬢が執着するほどのスパイ! きっと只者ではないと思っていたわ!」
見覚えのあるストロベリーブロンドの女が現れたので、私は危うく紅茶を吹き出すところだった。
「ジャクリーン!」
「ご機嫌よう。だけどあたしが用があるのはあんたじゃないの。ねえサンドル。あたしの元に来なさいな。あんたが何者なのかじーっくり調べてあげるわ」
「ウヒェー」
サンドルがジャクリーンに迫られて情けない悲鳴を上げている。
戦闘力すらゼロか!
「ナイツ!」
「よしきた!」
「フェン! ナイツの相手は任せたわよ!」
「待っていたぞ! この日のために翡翠帝国まで帰って旅費を貯めてから戻ってきたのだ!」
何か見たことのある、東洋風の武人が現れた。
槍を構えたので、ナイツも剣を構える。
街中で、達人二人による演武みたいなのが始まってしまった。
野次馬が集まる集まる。
店主はたくましくて、野次馬たちに酒を営業して回っている。
あ、結構注文が入ってるみたい。
その間に、ジャクリーンは手下に命じ、サンドルを連れて行こうとした。
私はそこに、シュッとトライエッジを投げる。
「ギャッ! 危ないわね!?」
ジャクリーンの目と鼻の先を通過したトライエッジ。
仰け反りながらギリギリ避けた彼女は、冷や汗をかきながら怒鳴る。
「あわよくば仕留めようかと」
「なんて危険な令嬢なの!」
だけどここでジャクリーンの足が止まった。
さて、どうやってサンドル誘拐を止めよう。
そんな事を考えていたら、向こうから大柄な女性がのしのし歩いてきたのだ。
背丈はシャーロットくらいだけど、横に広い。
「サンドル!! オグロムニ連邦からの命令です! スパイ交代よー!」
その大きな女性が、見た目に見合わぬ甲高い声で宣言した。
突然新しい登場人物が現れたので、野次馬もジャクリーンも手下もナイツもフェンもギョッとする。
サンドルだけが、がっかりしたようにため息をついた。
「あーあ、エルフェンバインに潜り込んで十年……。ついに来ちまったかあ……」
心底残念そうに呟いたのだった。
十年……?
その間、サンドルはもしや、何か重要な任務をこなしていたというのだろうか……?
この大混乱の中、それどころではないのだろうけれど、私の好奇心はうずくのだった。
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