第197話 毒煙発生!?

「商業地区にある商人の家から煙が上がりましてね。その後に、死体が二つあったんです」


「死体が二つ!」


 シャーロットの目が光った。

 やる気のスイッチが入ったな。


「死体が二つ!? いきなり物騒な話になったんだけど」


 アドリアーナが私の腕を掴んで揺さぶってくる。


「そりゃあ事件だからね。こういうこともあるわ」


「恐ろしい世界で暮らしてるのね……」


「辺境だとこの十倍とか百倍とか死んだりするから」


「恐ろしい世界から来たのね……!!」


 枢機卿の娘という立場だと、世俗の切った張ったを見ることってないだろうからなあ。

 だからこそ、お忍びの旅なんていう怖いもの知らずな事ができたのかも知れない。


 そして口では怖いと言うものの、好奇心には勝てないアドリアーナ。

 事件現場へ向かう私たちに同行することになった。


「そちらのご令嬢は? え? イリアノスの枢機卿の娘? 国際問題になりません?」


 デストレードは一応聞いてみた、という風に言ったあと、すぐにこの話題には触れなくなった。

 慣れてるからね。


 ということで現場到着。

 窓は全開になっており、建物に入らなくても中が覗ける。

 死体はもう回収されてしまっているようだ。


「三人兄妹が父の遺産を巡って争っていましてね。後見人が彼らの中から、遺産を受け継ぐものを選ぶという話になっていたようなんですよ」


「なるほど。恐らくそれは、殺し合いになるところまで関係が悪化していたのではなくて?」


「ええ、なっていました。死んだのは長男のギーセイ。そして彼の妻ソエナです。今は次男のヨウギーと長女のギーシャを確保しています」


 憲兵隊は基本的に優秀。

 ポイントを抑えた活躍をしているということね。


「この家の使用人が、ギーセイ夫婦が姿を現さないことに気付き、部屋までやって来たそうです。そうしたら、近づくだけで吐き気とめまいがすると。扉の隙間から紫色の煙が漏れていて、これは危ないと無理を押して扉を開け……。使用人はそのまま倒れてしまいました」


「うわー。紫の煙は毒だったのね。それが充満している部屋の扉を開けたと。その人は無事だったの?」


 私の質問に、デストレードは頷いた。


「ええ。すぐに倒れてしまい、煙を多く吸い込まなかったのが良かったようです。その後屋敷の使用人たちで窓を開け、毒煙を逃したところ、ギーセイとソエナは椅子に腰掛ける体勢のまま事切れていたということです」


 二人の椅子は安楽椅子で、この部屋には大きな窓がある。

 日光浴を楽しんでいたのかも知れない。


 そして椅子の間には、小さなテーブル。

 その上に置かれていたのは、陶器の入れ物だった。


 細長い形をしていて、てっぺんが蓋になっている。

 私はこの蓋を開けてみた。


「あっ、ジャネット嬢危ないですよ!」


 おお、紫の煙がちょっと上がってきた。

 私は素早く煙を避ける。


「毒ねー」


「平気なんですか?」


「蛮族から毒を吹きかけられたりしたことがあるから、ちょっと耐性はあるの。これは相手を痺れさせる毒ね。なんかピリッと来た」


「ジャネット様の思わぬ特技が明らかになりましたわね!」


「ねえ、それって貴族令嬢が持っていていい特技じゃないよね!?」


 アドリアーナは何を言っているのだろう。

 毒に強いに越したことはないのに。


 長男と長男夫人の死因は、痺れ毒によって呼吸ができなくなっての窒息死。

 死因となった煙は陶器の入れ物から生まれていて、中には灰だけが残っていた。


 うーん……。

 このにおい、知ってる気がするんだけど……。


「ジャネット様が知ってそうな顔をしてますわね。ということは、恐らくこれ、エルフェンバインの産物ではありませんわね」


 シャーロットが断言した。


「なぜです!?」


 デストレードが目を見開く。

 これは、存分に推理してその推論を口にしたまえ、くらいの意味だ。

 付き合いが長いからよく分かる。


「簡単なことですわよ。ジャネット様は、辺境で戦場に立たれていましたわ。そしてこの毒を受けたことがあるようですわね。だからこの煙自体に耐性があったし、においも覚えていたのでしょう。戦場で将に向かって毒を使うような者は、恨みを持っている者だけ。ですけれど、辺境伯においてジャネット様のカリスマは絶対。そんな不心得者はおりませんわよね」


「いないわね。みんな気のいい連中よ」


「なに、この強者感」


 アドリアーナがツッコミを呟く。


「ということは、ですわ。毒を使ってくるのは敵対していた蛮族。彼らがどこから来たのかは明らかになっていますわよね。そう、南方の暗黒大陸ですわ。デストレード、他にこういう死因になった事件はありますの?」


「ありませんね。もっとストレートなものか、毒自体が蛇から抽出したようなものばかりです。あるいはこいうのは神経毒というのですが、液体にして摂取させるパターンが多いかと」


 お香として毒を撒き散らすのは無い、ということだ。


「つまりこれって、蛮族が使っていた毒なのね? ここじゃないところから持ち込まれた毒で、二人は殺された」


「そうなりますわね。さて、これで犯人は絞られてくるのではありませんこと? なぜ、そんな毒がこの家の中にあったのか。そんな毒を、ご夫婦は何だと思って使用したのか。他の使用人の方々もご存知なかったのでしょう? そして、ご夫婦ならばこの毒を知らずに使い、死ぬと分かっていた者がいる」


「ええ。これで、犯人は今回の遺産問題に関わる人間のみに絞られましたね。今日も変わらぬ推理の冴え。いや、助かりますよシャーロット嬢」


 ニヤリとデストレードが笑った。


「なんか演劇を見てるみたい! 燃えるんだけど」


 アドリアーナは何をワクワクしているんだか。

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