第190話 訪ねてきた相手
私は知らなかったのだけれど、どうやら下町に新しい住人が引っ越してきていて、それが医者だという話だった。
「ガートルというその男が、曰く付きでして。犯罪に関わって、殺された人間の死因を病死だと判定することが度々あったようです」
我が家に顔出しをしていたデストレードから、そんな情報をもらう。
悪名高い医者で、今の所証拠はないものの、様々な犯罪への関与が疑われるために憲兵隊から目をつけられているらしい。
それで、地元にいられなくなって王都までやって来たと。
なんで王都に?
「ねえ、王都ってそういう犯罪者を寄せ付けるような何かがあるのかな」
「そうですねえ……。人も多いし、金の流れも大きいです。犯罪者が活動しやすい場所ではあるでしょうが、何より……」
私とデストレードが顔を見合わせた。
「ジャクリーンがいる」
私たちの声が合わさった。
やっぱりデストレードもそう思ってたか。
これ、ジャクリーンが犯罪者を呼び込んで、また組織を拡大しようとしているんじゃないかと私は思ったのだ。
だとすると、シャーロットの『仮病』は、ジャクリーンと完全に合流する前に、ガートルを捕まえようというものじゃないだろうか。
「まだまだ予想だけど、でもいい線いってると思う! デストレード、シャーロットの護衛は回してる?」
「ええ、もちろん。この間の若手の憲兵を二人張り込みさせています」
どうやら、憲兵二名がシャーロット邸の一階で寝起きしているらしい。
家の中で張り込みしているのかー。
ほぼ住み込みの護衛じゃない。
「行ってみよう」
「おや、ジャネット嬢が自ら」
「私はいつでも最前線にいたでしょ」
「辺境伯名代がそれはどうかと思いますが」
こんなやり取りをしながら、私たちはシャーロット邸へと向かうのだった。
もちろん、護衛としてナイツを連れて行く。
私たちが下町の外に立って見張りをするのは目立つし、馬車の中にいたほうがいいからだ。
我が家の馬車も目立つ。
だから、紋章だけは布を被せて隠しておいた。
紋章を隠すというのは、貴族の家からすると不名誉なことで、やるべきではないとされている。
だけどこれは父に言わせれば「前線を知らない生っ白い貴族の戯言」なのだそうだ。
わざわざ戦場で、主はここでございとばかりに目立つことをしてどうすると。
目立つなら目立つで、それが戦略的な意味を持っているべきである、と言うのが父の持論なのだ。
私も同感かな。
私はナイツを従えていたから、わざと目立つ飾りの鎧を纏って戦車を駆り、戦場に立った。
それを目印に集まってくる蛮族を、辺境伯軍とナイツで撃退したものだ。
……おや?
これはつまり、シャーロットにも言えることでは?
新聞で病気だと大々的に告げたので、シャーロットの家の前はわざわざ立ち止まって祈りを捧げる人が多かった。
これは精霊女王に、シャーロットの快癒を祈っているのだ。
彼女はすっかり有名人だからね。
路地に馬車を停めて、近くの家の住人に許可をもらう。
「ちょっと停めさせてもらうわね。だから私がいるってことは内緒にして」
「あっ、ジャネット様!! どうぞどうぞ……」
「ジャネット嬢、目立ってる目立ってる」
デストレードはいちいちうるさいわね。
ともかく、こうして馬車の中から監視してしばらく。
日が傾いてきた頃合いに、シャーロット邸を訪れる者があった。
コートを纏い、大きな手提げかばんを持っている。
「ガートルだわ。多分」
「ええ、ガートルで間違いないでしょう。突撃ですか?」
「突撃しかないでしょ」
ということで、突撃だ。
だけど、シャーロット邸に入り込んだガートルには気付かれないよう、ゆっくり突撃。
「お嬢も難しい命令をするなあ」
ナイツが苦笑しながら、馬をぱかぽこ走らせる。
このゆったりとした歩みを見て、突撃だと思う人はおるまい。
シャーロット邸まで一直線。
馬車から駆け下りると、二人でシャーロット邸に飛び込んだ。
扉を開ける必要もなく、前もってインビジブルストーカーが中へ招いてくれた。
階段の下から、若い憲兵の二人がニュッと顔を出す。
デストレードが頷いた。
彼らとともに、静かに階段を上る私である。
二階からはシャーロットと医者のガートルがやりとりする声が聞こえてくる。
「新聞を見てまさかと思ったが、やはり弱っているようだな! 今ここで君が死ねば、さぞや僕のクライアントは喜んでくれるに違いない!」
物騒な事を言っている。
「あなたは医者ですの? わたくしがここで死ぬなんて、物騒なことを仰らないで。まるで何人も看取ってきたみたいなお話ではありませんか」
シャーロットが弱々しい声を出している。
これは相手から話を引き出そうとしてるな。
「そうさ! マルコス村での村長の変死も、ドクダミス町でのウルフスベイ商会会長の飲酒からの転落死も、全てこの僕が関わった。僕は死を自由に人に与えられる技術者なのだ! だが、憲兵どもはそんな僕を捕まえようとする。だから、王都で彼女の庇護の元に入ろうとしたのさ!」
「なんてことを……。まだまだ余罪がありそうですわ」
「あるとも! 君はあの新聞記事で、腕のある医者を呼ぼうとしたのだろうが残念だったな! 最初に駆けつけたのは僕で、こうして君は彼女への手土産に殺されるのだ! さあ、この毒薬をあおり……」
「バリツ!」
「ウグワーッ!?」
シャーロットの気合一閃。
ガートルがこっちに向かって吹っ飛んできた。
「おら!」
これを、飛び出してきたナイツが蹴って地面に転がす。
「きゅう」
殺人医者のガートルは、のびてしまった。
その向こうには、顔色を悪く見せるお化粧をした、とても元気そうなシャーロットの姿。
彼女は私を見て、アチャーという顔になった。
「あっ、バレてしまいましたわね!」
「最初から知ってたから!」
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