第173話 死んでいた使者

 下町遊撃隊は有能だ。

 町のあちこちに入り込んでいて、いろいろな人に伝手を持っている。

 だから、情報の集まりが早い。


 一つ一つはうわさ話でも、それを総合していくと一つの事実にたどり着く……なんてことは珍しくないのだ。

 今回のパターンもそう。


「こっち、こっちです!」


 御者台に乗り込んだ下町遊撃隊の子が、ナイツに道を教える。


「ほうほう。下町に入らないくらいのところじゃねえか。お前らこんなところにも情報網持ってんのか」


「そうです! シャーロットさんがこういう噂を集めるやり方を教えてくれて。それでなんか、この辺の人たちと仲良くなって道の掃除とか薪割りとか手伝うようになったら、色々教えてくれるようになったんです!」


「いいことだ。そいつは今だけじゃねえ。お前がもうちょっとして、下町遊撃隊を辞めてからも間違いなく役立つぜ」


 ナイツがちょっとご機嫌なのが分かる。

 シャーロット、そんなことを下町遊撃隊の子たちに話してたのか。


「ストリートチルドレンは自らの力で生きていかねばなりませんもの。彼らは易き方向に流れがちですの。つまり悪ぶって、周囲を敵に回す道ですわ。だけどそれは、長い目で見れば幸福を遠ざけてしまうことになりますわ。人とつながり、今から色々な仕事を覚えていくのが大事ですのよ」


「凄く真面目な話をしてる……! ただのパトロンじゃなかったのねえ」


「僕はシャーロット嬢を凄く見直しましたよ」


「今までわたくし、どういう目で見られていたのかしら……」


 到着したのは、何の変哲もないアパート。

 私たち貴族から見ると手狭だけれど、生活するには十分なスペースじゃないだろうか。


「どうしてアルマース帝国の使者がこんなところに?」


 ベルギウスが疑問を口にする。

 全くだ。

 彼はアルマース帝国に家があるんじゃないんだろうか?


「それが、彼はとんでもないことになっていましたのよ。なんと、エルフェンバインで所帯を持っていましたの」


「ええーっ!?」


 それは意外!

 アルマース帝国人であるはずの彼は、どういう抜け道を使ったのか、エルフェンバインの街中で家を借り、結婚までしていたそうなのだ。


 王都で暮らすには、それなりに厳しい条件があったと思うけど。

 少なくとも、アルマース帝国の一般的な教えであるザクサーン教徒は王都内に住んではいけないはずだ。


「実は使者殿は、精霊教徒ですわよ。アルマースには、巨大なガトリング湖があるでしょう? あそこはかつて火山で、火の精霊王が五百年前に降臨したと言われていますのよ。それ以来、あの国は火の精霊教徒も多いんですの」


「そうだったんだ……。なら、エルフェンバインにも住みやすいよねえ」


 精霊教は、土、水、風、火の四つが一般的で、エルフェンバインは土。

 別の精霊王を信じている同士でも、同じ精霊教徒であるという連帯感を持っている。


 教義の中に、棲み分けがちゃんと明記されているわけね。


 さーて、それでは使者のお宅訪問。

 私たちはどやどやと、アパートの中を歩いた。


 途中で出会った住人が、目を見開いてこっちを見ている。

 貴族が三人に、護衛のナイツが一人、下町遊撃隊の子が一人。

 そんな面子がアパートの中を行くのだから、それは目立つだろう。


 到着した使者の住んでいるという部屋。

 ノックをしようと思ったら……。


「鍵が開いていますわね」


「お嬢、シャーロット嬢、下がっててください」


 ナイツが前に出て、ドアノブを握った。

 扉を開くと、漂ってくるのは嗅ぎ慣れた臭い。


「血だわ」


 私が呟くと、ナイツは物も言わずに部屋の中に飛び込んでいった。

 そしてすぐに、「あ~」という声が聞こえてきた。


「死んでた?」


「死んでますな。いや、殺されてますな。残念ながら犯人はいませんぜ。安全です」


 私たちが乗り込むと、確かに使者は殺されていた。

 シャーロットがしゃがみ込み、死体をじーっと見る。


「前のめりに倒れていて、頭部がえぐれていますわね。後ろから尖った部位のある鈍器で一撃ですわね。当たりどころが本当に悪くて、即死したようですわねえ。そして先程お会いした住人さん、わたくしたちの登場に驚いていましたけれど、慌てている様子はなかったでしょう? アパート内に響き渡るようなもみ合いや怒声などは無かったと考えるのが自然ですわ」


 シャーロットの推理が始まった!


「つまり相手は知人。それも、背中を見せても何ら警戒することのない、ごく親しい間柄ですわね。そして御覧なさい。部屋の中は荒らされていませんわ。だけど……恐らく探しても、私文書は出てこないと思いますわね。相手は、使者が持ち込んできたものが私文書であることを知っていて、しかも在り処も分かっていた。ならば、犯人となるのは一人しかいませんわね」


「使者の奥さんだった人ってわけね」


「ええ。そういうことになりますわ。そしてこの辺りで見かけられたジャクリーンの姿。無関係だとは思えませんわねえ……」


「絶対裏で関わってるよねえ」


「ええ、それはもちろん」


 こうして死体の第一発見者となった私たち。

 憲兵を呼び、ナイツと下町遊撃隊の子を証言のために残し、ここからは徒歩で移動を開始するのである。


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