第152話 壊された二つ目のフィギュア

 翌日のこと。

 シャーロットが捜査のために動き出したので、私も同行することにした。

 いつものこと、いつものこと。


 いつもと違うのは、ハンスがいることだろう。

 彼は事件の被害者だし、どうも事態の中心にいそうだということで、シャーロットが同行させたのだ。


 まずはムックリ氏のお宅に向かう。

 彼の家は、いわゆる工房だ。

 普段は石像や細工物を作っていて、これらが家の玄関や壁を飾ったりしているわけだ。


 訪れると、既にデストレードがいた。


「ああ、お二人とも。どうやら明け方に、二つ目のフィギュアが破壊されたようです」


 彼女はそう告げたのだった。


「これは何らかの意図を持って、精霊女王のフィギュアを狙っていると考えて良さそうですね。それを調べに来ているのです」


「なるほど、やはり連続しましたわね。ではムックリさんに、誰にフィギュアを売られたかは聞きました?」


「普通の人間の顔に興味が無いそうで、売っていないとか」


 なんと、絵に描いたような偏屈な返答だ。

 ムックリ氏というのは、結構な変わり者らしい。

 これは、彼から情報を聞き出せるかどうかが怪しい……。


 と思ったら。


「やあやあムックリさん! お久しぶりです」


「ハンスか。フィギュアを壊されたそうだな。怪我の具合はいいのか?」


 ハンスが工房に呼びかけると、のっそりと色白な男性が姿を現した。

 無精髭を生やし、目は据わっている。

 なるほど、話しかけづらいタイプの容姿だ。


 だが、ハンスはまるで旧友と会話するかのような気安さだ。


「いやあ、まだ痛いんですけど、気にならないくらいですね。だけど俺の心が痛い! レイアのフィギュアは世界に四つしかないのに! ああ、のこり二つになってしまった! ウェンディをモデルにした素晴らしい作品なのに!」


「別にモデルにしていない。ハンス、そこの憲兵はお前が呼んだのか? 人の顔など見分けられんというのに、話を聞かん」


「あー、ムックリさんは人の顔の見分けが苦手ですもんねえ。よっぽど特徴的な人じゃないと……ないと……」


 ハンスがスーッと私とシャーロットを見た。

 ムックリ氏も釣られて私たちを見る。


 そして、カッと目を見開いた。


「そ、そこの二人! モデルになってはくれんか!!」


「うわーっ、なんだなんだ」


 そういうことになってしまった。


「事情を聞き出すためです。どうやらムックリ氏は人の顔貌はよほど特徴的で無い限り興味を示しませんが、体格や身につけたものを見分ける力には優れているようではありませんか。さあ、存分にモデルになってムックリ氏の口を軽くして下さい」


「デストレードは自分がモデルにならないからって、気軽に言い過ぎですわ」


「それは暗に私の容姿が十人並みと仰る?」


 おっ、シャーロットとデストレードの間に微妙な空気が流れた。

 そして二人とも愛想笑いをしてその場を流した。

 大人だ。


 ムックリ氏はシャーロットをひとしきりスケッチした後、うんうんと頷いた。


「新作の戦乙女に使えそうだ」


 次に私に向き直ると、目を見開いてぶるぶる震える。

 なんだなんだ。


「ハンス、この人は同じ人間かね」


「あー、慣れてるから忘れてましたけど、ジャネット様はヤバいですよね。慣れないと持ってかれますね」


「人聞きが悪い」


 私は思わず突っ込んだ。

 結局、ムックリ氏は一時間半くらい私をスケッチして、やっと解放してくれた。

 そして色々思い出したらしい。


「バザーで買っていったのは二人だった。一人はゼニシュタイン商会の人間だ。あそこの人間が身につける上着を羽織っていたからな。もう一人は水麻窟でマーメイドの代理人をやっている男だ」


 ディテールが思ったよりも細かい。

 これはすぐに、対象が絞れるかも知れない。


「そもそも……フィギュアを破壊する意味が分かりませんわよね」


 シャーロットが腕組みをする。

 どうやら推理を始めたらしい。


「ムックリさん、少々よろしいかしら。この工房では他に働いている方がいますでしょう?」


「ああ。俺が経営している工房だ。近所の連中を手伝いに雇ったりもする」


 この地区は下町に近いところにある。

 つまり、さほどお上品ではない人々が暮らしているということだ。


 雇い人については、妹のウェンディが管理しているとのこと。

 少しして、買い物から戻ってきた彼女に尋ねてみることにした。


 ウェンディは、栗色の髪を結い上げた活発な印象の女性だった。

 工房の経理を担当しているという。


「兄さんはこんなですから、数字に関してはてんでダメなんです。だから私がちゃんと兄さんをマネタイズしてあげないと」


 凄くしっかりしてる!

 彼女が交渉したお陰で、最近はゼニシュタイン商会からの発注が安定して入ってくるそうだ。

 ムックリ氏の工房の経営は、とても安定しているのだった。


「そうですねえ。人を雇わなくても、兄さんなら一人で全部仕上げられるんですよ。だけどほら、こういうのは持ちつ持たれつですから。近所の人を雇ってお仕事をあげて、富を分かち合うみたいな。お陰でみなさん、うちを助けてくれるんですよ」


「上手くやってるわねえ」


 私は感心した。


「ウェンディさん、どなたか、ご近所の方の紹介で雇われた人物はいませんでした? 例えば、一日か二日だけの短期のお仕事で、バザーの日の前辺りに雇われて、ちょこちょことした小間使いの仕事をしていなくなったとか」


「そんな人……。あ、いました! そのままズバリな人が!」


 ウェンディがポンと手を打つ。


「うちの妹は物覚えがいいからな。優秀だ」


 ムックリ氏が自慢気に言う。


「その辺、兄さんが頼りにならないからよ! ええとですね……。帳簿にあります。この人。ドロナーワさん。エルフェンバインに来たけど、路銀が足りなくなったからってここで仕事をしていったんだけど……」


 ドロナーワの容姿をウェンディが説明すると、ムックリ氏がふん、と鼻を鳴らした。


「来る時は胸ポケットに大事そうに何か入れてた癖に、帰る時には何かを無くして帰っていったあいつか」


「それですわ!! なるほど、ムックリさん、顔以外に関する洞察力は確かですわね! そのドロナーワさんは何かをこの工房に持ち込み、そして工房に隠して立ち去った。そこにヒントがありますわね!」


 シャーロットはどうやら、真相に一歩近づいたらしい。


 

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