第149話 恐れを知ったマイルボン
「いきなり死にそうな声がしたんだけど!」
私がバタバタと駆けつけたら、そこはまさしく修羅場だった。
クロスボウらしきものを構えて迫る女性に、這いずり回って逃げるマイルボン。
相手の女性はドレス姿に帽子を被って、まるでこれから繁華街へお出かけでもするみたい。
「ええと……どういう状況?」
「邪魔をしないで! あなたもこの男に弱みを握られるところだったのよ!!」
クロスボウの女性は目を吊り上げて叫ぶ。
そしてクロスボウを発射。
狙いは私から見ても、ブレッブレ。
マイルボンから離れた柱に突き刺さった。
「ウグワー!」
しかし、自分に刺さったかのように絶叫するマイルボン。
とてもうるさい。
私はとりあえず、手近な壁に掛かった絵を取り外し、強度を確認。
よし、絵の裏に張られている板が分厚い。
「落ち着いて、落ち着いて。あなたは復讐に来ているつもりかも知れないけれど、このままだと捕まるのはあなたよ」
「何よあんた! こいつの肩を持つつもり!? だったらあんたも死ね!!」
彼女は叫びながら、私にクロスボウを向けた。
ほーら。
だけど、明らかにご令嬢な彼女が手にするクロスボウ。
小さくて、そのぶん威力も低いのだ。
矢は私が抱えた絵に突き刺さり、鏃がちょっと抜けただけ。
完全には貫けない。
「落ち着いてー」
私は声を掛けながら近づいていく。
彼女は血走った目をしながら、必死にクロスボウを装填していた。
その隙にマイルボン男爵は立ち上がり、どたばたと逃げ去っていく。
ああ、もうあの距離ではクロスボウを当てられまい。
というか彼女、当てる練習をしてきたのかしら。
体ごと振り向いてぶっ放してきた矢は、私に向かって放たれはしたけど。
「ああ、もう!! ここであいつを殺してやるつもりだったのに! あんたが邪魔したから台無しよ!!」
「気持ちはちょっと分かるけど、ここでマイルボンを殺したら、今だけあなたがスッキリしてその後は捕まってどんよりすることになるわよ。それに他に被害に遭った人たちが救われないでしょ」
既に、彼我の距離差はない。
私は近接戦闘が苦手だと言っているけれど、それは相手がプロの兵士だった場合。
私は絵をクロスボウに押し付けると、大きく手を振りかぶった。
「え?」
彼女がきょとんとしたところへ、フルスイングの平手打ち。
「ウグワー!?」
彼女はスパーンッと音を立てて、地面にぶっ倒れた。
衝撃で身動きできない彼女から、クロスボウを奪う。
その場で留め具を外して、機能できないようにした。
「ふう」
私が一息ついたところで、「お嬢!」と駆け込んでくるナイツ。
どうやら彼女の取り巻きを相手にして、殴り合っていたらしい。
ナイツは至って無傷であるが。
「いやあ、面目ねえ。俺が雑魚に手間取ったせいで、お嬢に大立ち回りさせちまうとは」
「たまには運動しないとね。それより彼女、多分、この間婚約を解消されたご令嬢でしょ? 男爵を殺しにやって来たわ」
「令嬢自らとはねえ。恨みは買うもんじゃありませんなあ。わっはっは」
「うっふっふ」
私とナイツで笑い合う。
蛮族たちから、どれだけの恨みを買っていることか。
恨みを買うことをするなら、反撃されても粉々にできるだけの力を身に着けておくことだ。
「でも、マイルボンは今まで、よく殺されずにいられたわねえ」
「たまたまでしょう。この国で法を犯したら、バレたらおしまいだ。貴族たちに良識があり、恥みたいなもんがあったから恥知らずの男爵は生きてこられたに過ぎませんな」
ナイツが辛辣に告げる。
私も同感。
そして、私たちはマイルボンを追うことにした。
恐喝で得たお金で拡張したのか、マイルボン邸は広大……というか、あちこち増築されてて複雑怪奇。
壁の途中がいきなり削り取られて廊下に繋がっているし、扉を開けたら廊下の中ほどだったりするし、ちょっと傾いてるなと思うところを歩いていたらいつの間にか地下だったり。
「なんてひどい作りの家だろう」
「ここに逃げ込まれたら、追いかけるのはちょっと骨が折れますな」
先に潜入しているシャーロットは、迷わずにマイルボンの部屋に辿り着けているだろうか?
「ここはお嬢、基本的な考えに戻ったほうがいいかも知れませんぜ」
「というと?」
「男爵は恐らく、自分の命が狙われることを考えてもいないアホでしょう」
「同感。アホっていうことは……厳重に守られた、奥まった場所には自室を作らない……?」
「でしょうな。むしろ見晴らしがよくてたいへん目立つ場所に……」
「二階だ!」
私とナイツは廊下を取って返した。
入り口の正面に、実に立派な大階段があり、そこを登りきった突き当りに大変立派な扉があったからだ。
分かりやすく、あそこがマイルボン男爵の部屋だろう。
男爵はご令嬢から逃げるために、廊下の奥へと走っていったようだが……。
最後はきっと、安心できる自室に戻ってくると私は考えた。
ということで、入り口に到着。
倒れていたはずのご令嬢の姿がない。
これは……男爵を追って動き出したか。
下手なモンスターより怖い。
「ま、いっか。私たちは男爵の部屋に行くわよ!」
「了解です!」
かくして、大階段を上がる私とナイツなのだった。
ちなみに、正面にある扉がちょっと開いている気がするんだけど……。
「ウグワー!?」
男爵がまた襲われてるー!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます