第142話 げに恐ろしきは……

 査察隊がやって来た。

 銃で武装した男女混合の六人組。


 学長は真っ青になって彼らを出迎えた。


「ななな、何も怪しいことは」


「予告状を隠してましたわ」


「ウグワーッ」


 学長が今にも絞め殺されそうな悲鳴をあげた。

 本当に隠してたんだから仕方ない。

 査察隊はじろりと学長を睨むと、そのまま学長室に連れて行ってしまった。


 どうやら学長室には、直接教主マリアとやり取りできる設備があるらしく、そこで簡易的な審問が行われるそうだ。

 大変だなあ。


 残ったのは、査察隊の若い女性。

 真面目そうな顔をしている。


「学長が呼んだという異国のお客様ですね。私はエルド教査察隊のローラと申します」


 しゃきっと敬礼してくる。

 軍隊だ。


「よろしくね。私はエルフェンバイン、ワトサップ辺境伯名代ジャネット。こちらがラムズ侯爵家のシャーロットよ。色々な事件解決をして暮らしてる人。あとこっちがナイツ」


 ローラが次々に、ペコリペコリと会釈した。


「それで、事件は解決しそうなのでしょうか」


 ローラの言葉に、シャーロットが微笑んだ。


「ほぼ解決しましたわよ。謎は全て解けましたし、犯人の居場所も知れましたの」


「えっ!?」


 私は驚き、彼女を見る。


「いつの間に?」


「査察隊の皆様方が到着するまで、時間があったでしょう? わたくし、あちこちを見て回りましたの。犯人たちはまだ神学校の中にいますわよ。ここは丘の上にあるでしょう? 降りようとすれば、周囲から目撃されてしまいますわね。そもそも出口は、正門が一つきり。いかに女性に弱い殿方と言えど、官僚の子息が連れ出されるのを黙って見ているわけはないでしょう」


 そう言えば、門番の人たちは平然とした感じだった。

 彼らが隠し事をしてはいなかったということかな?


「こちらにいますわよ」


 シャーロットが堂々と歩き出す。


「本当に犯人が……!? も、もしかしてこの方はとても優秀な方なのではないですか」


 慌てるローラに向けて、私は頷いた。


「社会的にはどうかと思うこともあるけど、優秀な人よ」


「なるほどー。教主様に直接電話で連絡をしたというのもあの方ですよね。恐るべき胆力です。不興を買えば命がないのに」


 そこまでのことだったのか。

 だけど、シャーロットはその辺りはきちんと読んでいたみたいだ。


 到着したのは、なんと入り口。

 もしかして、門番の詰め所にいるということ?

 門番もグルだった……!?


「こちらですわよ」


 シャーロットは道を外れると、茂みをざくざくと掻き分けていった。

 すると、突然彼女が横に身を躱し……。


「バリツ!」


 と発した。


「ウグワー!?」


 人影がふっ飛ばされて、こちらの足元に転がってくる。

 あっ!

 黒ずくめの女の人!


 手にはナイフを持っている。

 どうやら入り口近くの茂みに身を隠していたらしい。


 どうしてこんなところに……?


 その奥では、ぐるぐるに縛られた男性が転がって唸っていた。


「誘拐された生徒ですわ。そして彼女が誘拐犯の一人。これをごらんくださいませ」


 シャーロットが指し示したのは、地面に開いた穴。


「これが外まで続いて、彼女たちを侵入させたのだと思いますわね。ただ、この大きさは彼女たちの体に合わせたサイズ。殿方の体格では通れなかったのですわよ」


「なるほどー」


「なるほどです!」


 私とローラは感心した。

 誘拐しようとしたが、連れて行くことができなかったと。


 だから、見張りを残して一団は一旦退却したというわけだ。


「どうして彼女がいるって分かったの、シャーロット?」


「誘拐を完遂したであろうに、犯人からの追加の要求が無かったからですわ。つまり、誘拐は完遂されておらず、犯人グループには他のことをする余裕がないのだろうと考えましたの」


 結果論だから推理というほどのものではない、とシャーロットが笑った。

 その後、戻ってきた査察隊とともに、私たちはこの穴の前で網を張り……。


 日暮れの後、穴をくぐって入ってきた女たちを次々に捕縛したのだった。


「私たちの抗議は正当なものだ! どうしてエルド教はこちらの神学校に与するのか!!」


 犯人代表らしき女性が怒ってがなりたてる。

 すると、査察隊のリーダーの男が淡々と、


「学長は処罰した。更迭され、次の学長が任命されている。マリア様は学生たちに息抜きを義務付けると仰られた。諸君らの懸念は晴れた」


 そう告げる。

 犯人代表は一瞬言葉に詰まり、「だったら」と続けた。


「私たちの抗議が通ったということだから、私たちを離しなさい! 悪いものが処罰されたのだから、もう何の問題もないでしょう!」


「悪いものは処罰すべきであるという考えには全面的に同意だ。故に犯罪を犯した諸君を処罰するため、連行する」


 査察隊リーダーは一切の感情を見せずに告げた。

 犯人たちが真っ青になり、ぎゃあぎゃあ暴れ始める。


 査察隊の面々はおのおの目を閉じ、口を開いた。


「我らが神よ。今、御身の奇跡を使い、祝福薄き者たちへ分け前を授けます」


 エルド教の奇跡を使うのかな?

 私は興味津々になってその様子を眺めた。


 すると、彼らは懐から布を取り出して、それに手にした小瓶から液を染み込ませる。

 これを犯人たちにかがせると、彼女たちは一様にぐったりとして動かなくなった。


「なんだろう。奇跡じゃない気がする」


「奇跡です。あの布と小瓶と液体が生み出されたことが奇跡です。なので奇跡を行使することも奇跡なんです」


 ローラが断言した。

 そうなのかなあ……!

 解せぬ。


 結局、犯人たちはそのまま連れて行かれた。

 誘拐事件を起こしたわけだし、彼女たちは相応の罰を受けるのだそうだ。


 そして学長もすげ替わり、神学校は幾らか風通しが良くなったとか。


 さて、事件は解決。

 だけど、私たちはまだまだネフリティス王国の観光を楽しむつもりなのだ。

 願わくば、この観光に事件なんて起きませんように……!

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