第139話 誘拐されたのは
エルド教神学校に到着。
そこは壁を真っ白に塗られた、美しい建物だった。
高さは三階建て。
教会と体育館と運動場と寄宿舎がついていて、今も運動場を若い男たちが走っている。
私とシャーロットが現れて、注目を浴びた。
「女子だ」
「女子がいる……!」
「あのプラチナブロンドの子がすごく可愛いんだが……!」
「こらあ貴様らぁ! 煩悩に負けてどうする!!」
立ち止まった男たちを、後ろからひっぱたく者がいる。
あれが神学校の教官なんだろう。
私が手を振ると、彼らはわーっと沸いた。
教官も。
みんないっしょである。
「うちの学生を誘惑しないでいただきたい……」
白髪の学長に言われてしまった。
「誘惑はしていないんですけど」
「ワトサップ辺境伯名代、あなたは大変目立ちますので、禁欲生活をしている神学校の生徒たちには目の毒なのです」
「そうですわねえ。ジャネット様はとても映える容姿をなさっておられますからねえ……。王都では武勇伝が広まりすぎて、このご容姿がマーカーみたいになっていましたわね。誰もがジャネット様だとすぐに分かるという」
「何ということを言うのだ」
でも確かに王都では、あんな風に見られることはなくなっていたなあ。
大変過ごしやすくていいと思っていたが、どうやら恐怖とともに名を語られていたようだ……。
「それで学長先生。事件について伺いたいのですけれども」
「はい。実は当神学校の生徒が誘拐されまして」
「まあ。それはわたくしたちが来る前に?」
「いえ、予告状のようなものが届いていたのですが、ついにお二人がやってくる前日に」
ついこの間、とうとう誘拐されたらしい。
観光どころではなかった。
誘拐されたのは、ネフリティス王国に勤める官僚の子息だそうだ。
予告状には、誰を誘拐すると名指しでは書いていなかったため、神学校ではここしばらくの間、厳戒態勢が敷かれていたという。
ネフリティス王国から兵士がやって来て、入り口に詰めて見張っていたそうだ。
そう言えば今もいる。
ものすごく注目されたような。
「海外に出ますと、ジャネット様は目立ちますわね! お忍びで何かをするなんて不可能だと思いますわねー」
「それほどだったか私……」
プラチナブロンドは確かに目立つものね。
これは、潜入調査とか、そしらぬ顔をしての聞き込みとかは無理のようだ。
つまり堂々とやるしかない。
「じゃあシャーロット、寄宿舎に入りましょ」
「そう致しましょうか」
「あのう、あまり学生たちを刺激しないように……」
学長がか細い声で懇願してくるのを聞きながら、私たちは寄宿舎に向かった。
今現在講義に出ている生徒を除き、寄宿舎にはごく少数の人が残っているようだった。
誘拐された生徒の部屋は三階。
よく壁はよく手入れされていて、蔦が這っているということもない。
「三階から降りるなら、決死の覚悟で飛び降りるか屋内を移動するか、ですわね。ちなみに部屋の鍵は掛かっていたそうですわ」
「なるほどー。それってつまり、外から犯人は入り込んだってことかな」
「普通に考えるとそうなりますわねえ」
普通ってなんだ。
つまり、シャーロットはそうじゃないと考えているわけ?
彼女は寄宿舎の入り口脇にある、舎長の部屋をノックした。
現れた男性が、「あっ、女性だ」とつぶやく。
禁欲生活!
エルド教の司祭だったりするはずなのだが、口が大変軽い。
シャーロットが優しく質問すると、ニコニコしながらなんでも答えてくれた。
大丈夫か、この施設。
「三日前にやはり女性が訪れたそうですわ。それで外に呼び出されて話し込んだことを自慢していましたわね」
「なんてこと」
「彼曰く、壁には各部屋の鍵が掛かっているけれど、それはどれも減っていなかったそうですわ。つまりここから鍵を持ち出したわけではありませんわね」
「ああ、そういうこと! シャーロットは、合鍵を使って内側から開けたと思ったわけね。そして、そうじゃなかったと」
「いいえ、間違いなく合鍵で内側から開けましたわね!」
確信を込めて、シャーロットがニヤリと笑った。
な、なんだってー!
「ちょっとよろしいです? 入りますわよ?」
「じょ、女性の入室は……どうぞどうぞ」
女性に甘い!
シャーロットはずんずん部屋の中に入り、壁を指差した。
「これが目的の部屋の鍵ですわね。そしてここをごらんなさい。ちょっとテカテカしていますでしょ? 粘土に押し付けて型を取ったのでしょうね。ちょっと粘土の臭いがしますし、こびりついている物もありますわ」
「どれどれ……? ほんとだ!」
鍵の下部は丁寧に型を取られたようだが、上の握りの部分はそこまで気にされなかったらしい。
固まった粘土の破片がこびりついている。
鍵の型を取り、これで合鍵を作って翌日に生徒を誘拐したというわけだ。
では、実際に現場に行ってみよう。
舎長はニコニコしながら、合鍵を持ってついて来た。
「一応は俺がいないと、寄宿舎の中を歩き回れないからね。道案内もするからね。任せてねー」
「あら頼りになりますわー」
「ありがとうー」
私とシャーロットがお礼を言うと、舎長はさらにニッコニコになった。
うーん!
この神学校、セキュリティにすっごい問題があるのでは!!
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