孤独な騎手事件

第134話 とある騎手の女性

 アリアナ・リカイガナイと言えば、最近話題の女性騎手だ。

 以前黄金号が出た競馬だけれど、あれ以降も私はたまに見に行っていた。


 競馬の騎手たちは、平日は別の仕事に従事している。

 御者であったり、騎士であったり、厩務員であったり。


 アリアナもまた、普段は別の仕事をしていた。

 なんと、リカイガナイ男爵家のご令嬢なのだ。

 そして事務員の仕事をするために、賢者の館に通ってきている。


 平日は事務員をして、休日は騎手をやる。

 充実した生活だ。


 だけど、彼女には大きな悩みがあるのだった。


「リカイガナイ男爵家が、アリアナさんの趣味への理解がないんですよ」


 事務手続きのために賢者の館を訪れた私に、事務員のハンスが告げた。


「あらまあ、どうして?」


「女が騎手なんぞやると嫁の貰い手が無くなる、だそうで」


「あら世の中を知らないこと」


 世の中は広くて、お馬関係大好きな男性はそれこそ多い。

 お馬に理解があるアリアナ嬢は、引く手あまただと思うけど。


 うちのナイツとかお馬大好きだし。

 あれはお金賭けてるからか。


 ともかく、理解がないリカイガナイ男爵の反対を押し切り、アリアナ嬢は馬に乗っているというわけだ。


「大変ねえ」


 私が声を掛けたら、奥で事務作業をしてた彼女が微笑み、会釈してきた。

 黒い髪を長く伸ばしていて、背筋がピンと伸びている。

 彼女が馬上にいる姿は、それはもう絵になるんだ。


 ちなみに下級貴族は土地を持っていないと、貧乏な場合が多い。

 リカイガナイ男爵家もそうらしく、こうしてご令嬢が就職して働かなければいけないというわけ。


「父は、先代の時代が終わったことをまだ分かってないんです。陛下の前はほら、貴族はもっと権力があって豊かさを享受していた時代でしたから」


「あー。それで放漫な政治を続けてて、国がボロボロになったんだよねえ」


「はい。ワトサップ辺境伯家が無ければ、きっとエルフェンバインはなくなっていたでしょう。だから、経済的に厳しくはなりましたけど、今の時代の方がいいんです。だってたくさんの人が元気に暮らしていけるようになってるんですもの」


「分かる。限られた富を国民に分配したのが今だものね」


「父は、まだ過去の栄光を夢見ているんです。貴族はもっと豊かで、民の前ではふんぞり返っていなくてはならないと。領地をもたないリカイガナイ男爵家は、私が仕事をしなくてはいけないくらい貧しいというのに」


 色々大変なのだ。

 なお、ハンスはポーっとした顔でアリアナを見つめていた。

 男爵の中ではかなり低めの地位のリカイガナイ家だけど、それでも地位が違うからね?


「いやあ、こう、彼女ああいう凄く男前なところが魅力なんです」


「それは分かるけどね」


「ジャネット様も男前で好きです」


 口が滑ったハンスを、背後からアリアナがチョップした。


「私ならともかく、ワトサップ辺境伯名代にそれは命が幾つあっても足りませんよ……!!」


 気さくに話してるけど、私の地位は公爵相当だからね。

 そうこうしていたら、廊下の奥からマミーがやって来た。

 今日も元気そうだ。


 ハンスが名残惜しそうに立ち上がる。


「マミーと巡回する時間なんで、これで……。っていうかアリアナちゃん気をつけてよ。人気があるってことは、不届きな男もいたりするんだから」


 男爵令嬢にちゃん付けとは凄い。


「はいはい」


 アリアナは適当に返答した。

 ハンスは手をひらひら振りながら、マミーと並んで去っていく。


 当たり前みたいに仲良く行動してるなあ。


「ハンスくんは生まれ的にはこの事務室で一番下ですけれど、マミーと仲良くなれるという一点で皆さんの尊敬を集めてますね」


「それは分かる気がする。変なコミュ力があるわよね彼」


 今日のところはそれでおしまいになった。

 アリアナと仲良くなった私は、いつでも屋敷に遊びに来るように伝えたのだった。


 そして。

 アリアナがやって来る機会が、思ったよりも早く訪れた。


 賢者の館を訪れたあの日から数日後。

 塀の向こうから、馬に乗ったアリアナが登場した。


「ワトサップ辺境伯名代様~!」


「ジャネットでいいわ。ようこそ!」


「ではお言葉に甘えまして、ジャネット様。遊びに来ちゃいました。こちらは私の愛馬の銀竜号。ほら銀竜号、挨拶」


 馬はぶるるっと鳴いた。

 新しい動物の気配を察知して、扉を開けてバスカーがやって来る。


 銀竜号は一瞬ビクッとした。

 ものすごく大きな犬だもんなあ。

 それは驚く。


『わふわふ!』


「バスカー、どうどう。銀竜号がびっくりするでしょ」


『わっふー』


 バスカーがおすわりして、尻尾をフリフリしながら銀竜号を見つめた。

 馬の方も、目の前の大きな犬が悪いものではないと分かってきたのだろう。


 鼻先を近づけて、来る。

 私とアリアナで、この光景を微笑ましく見守った。


「ああ、そうそう」


 ここでアリアナが切り出す。


「オフの時は、よく銀竜号に乗っているのですけれど……。黒馬に乗った方がしばらく後ろをついてきていて。ちょっと怖かったんですよね」


「そんなことが? というか、貴族街で馬に乗って移動する人なんてほとんどいないと思うんだけど」


 あ、私は馬に乗るか。


「多分、彼はうちに出入りしている父の知り合いで、ウッドマンという名前だったと思うのですけど。実は気味が悪かったので、こちらに避難させていただいたというのもあります」


「ふむふむ」


 彼女の話を聞きながら、私は予感を覚えていた。

 これは事件になりそうな……。  


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