第125話 偽の騎士を探し出せ
「結局これは、とても分かりやすい事件でしたのよ」
みんなが見守る中で、シャーロットが推理を開陳する。
「空き地に集って賭け事に励んでいたなんて、なかなかの醜聞ではなくって?」
シャーロットの言葉に、イッコム親子がむぐぐ、と詰まる。
男爵家の嫡男が、怪しい賭け事にはまった挙げ句、事件に巻き込まれたなんてとんでもないスキャンダルだろう。
噂話は宮廷中に広まってしまうかも知れないし、そうなれば男爵くらいの地位だと、軽く消し飛ばされてしまう可能性がある。
誰にって、厳格なるイニアナガ陛下に。
例え賭けたものが、茶葉であってもだ。
「あわわわわ、ど、どうしたらいいんだあ」
男爵がへたり込んだ。
シャーロットはしゃがみ込み、彼と目線を合わせて優しい声を出した。
「簡単なことですわ。相手が強請ってくる前に、偽騎士のザンバーを捕らえてしまえばいいのです。罪人の言葉なんて、誰も真に受けはしないのですもの」
「傍から聞いているとすごく悪いことを言っているように聞こえる」
「私、シャーロット様だけは敵に回しませんわ」
「ジャネット様も敵に回しませんわ」
カゲリナとグチエルが震え上がっている。
男爵と子息のイッコムも震え上がったようで、知っている情報をぺらぺら話してくれた。
「ライザンバーを泊めていたのは、ニコーマの家だったはずだ。そもそもあいつがカード賭博の話を持ってきて、『少しくらいワルにならなくちゃ、貴族社会じゃやっていけねえぜ。くぐろうじゃねえか、大人の扉ってやつをよ』とか言ったんだ! 俺は悪くないー!」
「なるほど。ご協力感謝しますわ」
シャーロットは立ち上がり、一礼した。
若き貴族令息たちの冒険心に付け込み、ザンバーは彼らの弱みを握ったというわけだ。
だったらなおさら、賭博師が殺されたのが意味不明。
「恐らく、賭博師が茶葉をもらえたことでそれなりに満足してしまっていたので、このままでは自分の狙いも茶葉で濁されると危機感を抱いたのでしょうね」
「えっ、そんな理由で」
私が驚くと、シャーロットがウィンクした。
「ザンバーの詰めが甘いのは、魔道士の杖事件でも分かっていますでしょう?」
立つ鳥跡を濁さずと言うが、ザンバーは証拠を残しまくってあの事件から撤退している。
言われてみれば、確かに。
ザンバーの居場所が分かった私たちは、外で早速下町遊撃隊を呼んで憲兵所へ連絡。
その足で、ニコーマ邸へ向かった。
「では、わたくしとカゲリナとグチエルが表から突入しますので、ジャネット様はナイツさんと裏口を見てて下さいまし」
「ザンバーの逃げ出す先まで予測済みってわけね。任せておいて」
ということで。
私とナイツの二人が、ぼーっとニコーマ邸の裏口を見守ることになった。
一時間くらい経過しただろうか?
裏口が開き、そこから大柄な男が慌てて飛び出してくるのが見えた。
「ナイツ!」
「合点承知!」
馬車の御者台からナイツが飛び出していく。
まるで放たれた矢のような勢いで、ナイツは大男に飛びつくと、そのまま殴り合いが始ま……。
あっ、ナイツがパンチ一発で殴り倒した。
彼が、大男を引きずってやって来る。
「こいつがザンバーなんでしょうかね? 体はでかいがツメの甘いやつだ。首の筋肉でも支えられないくらい顎を殴って脳を揺らしてやりゃ、こんなもんですよ」
「私の腰回りより太そうな首してるのに、どうやって脳を揺らすのよ。まあいいわ」
裏口からは、びっくりして硬直しているメイドがこちらを見ている。
私が手を振り、馬車に描かれた紋章を指差すと、彼女は真っ青になってコクコク頷いた。
少し遅れて、路地からうわーっと憲兵たちが溢れ出してきた。
すごい数だ。
最近仕事が少なくて、暇をしていたらしいからかな。
「こっちよー!」
私が手を振ると、彼らが方向転換してやって来た。
「あっ、こいつはザンバーだ!」
「この野郎、まだ王都をうろちょろしてやがったのか」
「気絶してるぜ」
「えっ、ナイツさんがやったのか!? 相変わらずすげえなあ」
わいわい騒ぎながら、ザンバーがぐるぐる巻きにされる。
少ししてこの偽騎士が目を覚まし、すっかり観念したようでうなだれてしまった。
「ジャクリーンがいなくなったから俺の天下だと思ったのによう……」
「頭脳の無くなった体だけで、何かできるわけないじゃない」
私の反論に、ザンバーはより一層ぐったりするのだった。
すぐにシャーロットは戻ってきて、証拠を掴まれたニコーマと父の男爵も引っ立てられていくところである。
王都で殺人を犯したものを匿ったのだから、仕方ない。
おおかた、弱みを握られていたのだろうけれども。
「やっぱりわたくしの推理通りでしたわ。ザンバーは醜聞にご令息たちを巻き込み、これによって弱みを握って自分のパトロンにしようとしていたのですわね。ですけれど、賭博師が茶葉で十分ですよーと言ったので、自分得られる金も茶葉で払われるのではないかと慌てて、賭博師を殺したのですわ」
おバカですわねー、と肩をすくめるシャーロット。
連れて行かれる直前のザンバーが、ぐぬぬぬぬ、と悔しそうな顔をした。
こうして、空き地で起きた事件は解決。
その後、貴族街ではみだりに空き地に入ってはいけません、というルールができたそうだ。
それはそうだろう。
だって空き地には何がいるか分からないし。
「もしかしたら、バスカーみたいなのがいるかも知れないしね。あ、でもそれはそれでいいか」
後日、事件の顛末を聞いた私はそう呟いた。
近くに来ていたバスカーは、呼ばれたと思ったのか……。
『わふ!』
と私の膝に前足を乗せてきて、顔をペロペロしてくるのだった。
「うわー!」
「相変わらず、ジャネット様とバスカーは仲良しですわねえ」
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