第116話 誰が文書を盗んだのか?

 ベルギウス邸に入って、シャーロットは一通り使用人を見て回っていた。

 もしかして内部犯がいると思ってる?


 そしてすぐに戻ってきて、「内部犯はありませんわね。ベルギウス外交官、あなた、しっかりと必要なだけお給料をあげて、お休みも定期的にあげてますでしょう?」


「それはもちろん。住み込みの守衛を除いて、使用人は基本的に通いですしシフト制です」


「合理的だー」


 使用人の生活にも配慮した雇用のやり方。

 私はすっかり感心してしまった。


 うちのメイドたちなんか、24時間うちにいるものなあ。

 お買い物の時は二人揃って外出するけど。


 ともかくベルギウス邸は、夜になるとあまり人がいなくなる、というわけだ。

 そして使用人たちは、この仕事環境に不満を感じてはいない、と。


「やっぱり、その時に招いた人たちが犯人?」


「その可能性が高いですわね。貴族たちをまた招いてみましょう」


 シャーロットの提案で、先日と同じ三組の貴族と令嬢が集められることになった。


 基本的に、貴族というものは多忙である。

 集めると言ったところで、すぐに集まるものではない。


 シャーロットの兄のマクロストが、よく暇そうにしているが……。

 あの人は仕事を猛烈な速度で片付けて、余暇を作る天才らしい。

 なので参考にはならない。


 貴族たちが集まるのは、明日の夜になるとのこと。

 ベルギウスが「特別な話がある」と言って集めたので、これでも集合は速いほうだ。


 さては我が娘がベルギウスの妻に……なんて思って、みんないそいそと準備をしていることだろう。

 ということで、当日。


 ドローデン伯爵と、伯爵令嬢フワティナ。

 丸く太ったちょび髭の伯爵と、やっぱりふんわりした雰囲気の茶色の髪のご令嬢だ。

 表情は二人ともふんわりしていて優しそう。


 ヤガール子爵と、子爵令嬢ローゼリア。

 こっちは痩せぎすの二人。

 黒髪のローゼリアは、私を見てギョッとしていた。


 そしてお馴染み、シタッパーノ子爵とカゲリナ。

 彼女は私を見つけると、「ジャネット様ではありませんかー!」とテンションを上げて手を振ってきた。

 シタッパーノ子爵もにっこり。


 この場で一番地位が高いのが私なので、誰に尻尾を振るべきか瞬時に見極めたわけね。

 この人たちはこれが強い。

 絶対に、身に危険が及ぶような盗みなんてやってないと思うけど。


「集まってもらったのは他でもない。皆さんを疑うつもりはないのだけれど、しかしあの夜から、外交文書が行方不明になったのです」


 ベルギウスの告白に、三人がざわめいた。

 ドローデン伯爵は赤ら顔が真っ白になって焦っている。

 怪しい。


 ヤガール子爵は逆に顔を赤くして、「誰がそんなとんでもないことをした!」とか叫んでいる。

 怪しい。


 シタッパーノ子爵は表情が変わっていない。

 その視線はシャーロットに注がれている。

 よく分かっていらっしゃる。


「ジャネット様、もしやこれ、犯人探しだったりします?」


「目の付け所がいいわね、カゲリナ。その通りよ」


「まあ! 目の前でシャーロット様の推理が見られるんですね! 素敵!」


 カゲリナのテンションがまた高くなった。

 ということで、シャーロットからの質問が幾つかされる。


 あの会食の日に、席を立った者は何をしていたのか。

 ベルギウスとの付き合いの長さは?

 最近、家の財政状況はどう?


 などなど。

 途中でヤガール子爵が怒り心頭になったようで、「犯人扱いされて疑われるなど、堪ったものではない! わしは帰りますぞ! この件については、陛下に上申してご判断を仰がせてもらいますからな!」と立ち上がる。


 ベルギウスが助けを求めるように、こっちを見てきた。

 あんなものは脅しである。

 無視してよろしい、と私は囁いた。


 大声を張り上げて威嚇してくるのは、戦いが本番になる前に決着をつけたいからだ。


「ご静粛に願いますわ。ちなみにヤガール子爵家がいらっしゃる前に、家の状況を調べさせていただいたのですけれど……。経営している鉱山が枯れて、財政的には大変苦しい状況にあるようですわね?」


「ぬぐっ」


 ヤガール子爵が、首を絞められたニワトリみたいな顔になった。


「外交文書は、国と国との関係を左右するもの。これは一貴族の矜持よりも、もっと上にある案件なのですわよ? それに陛下に上申なさったら、『外交文書紛失事件の解決に協力せず、己の都合のみを言い立てるとは見苦しい。家は取り潰す』となるかも知れませんわね」


「ありうる」


 私は頷いた。

 一見して温厚そうで、その実、歴代の国王でもトップクラスの豪腕で政治改革を進めたイニアナガ一世陛下だ。

 あの人なら、計算の上でヤガール子爵家が国益の妨げになるならば、その場ですぐに取り潰す。


 この国の貴族で、陛下の凄みを知らぬ者はいない。

 知ってなお全く気にしないのは、うちの父くらいのものだ。


 ちなみにこの緊迫した場に耐えられず、トローデン伯爵令嬢フワティナは、プスーっと湯気を吹き出して気絶してしまった。


「シャーロット、一人脱落したみたいだけど」


「フワティナ様は気が小さい方で通っていますわ。あの家はありえませんでしょうね」


「ということは、容疑者は二つの家に絞り込まれるわね。シタッパーノ子爵家はやってないと思うんだけど」


「ええ。なのでヤガール子爵家で確定ですわね。シタッパーノ家はもう、これ以上やらかして陛下に目を付けられるのは嫌でしょうし、カゲリナさんもそれはよーく理解しているでしょう?」


「あの子、風見鶏の能力は高いからねえ……って、ええ!? もう犯人を確定したわけ?」


「それはもちろん」


 私とシャーロットの会話は、わざと聞こえるようにやっている。

 ヤガール子爵が青ざめていき、しかしご令嬢のローゼリアが、不満げに鼻を鳴らした。


「私たちが犯人だと言うならば、その証拠を見せて!」


 おお、居直った!


「ええ、もちろん! ではわたくしの推理を披露いたしましょう……!」


 シャーロットは微笑む。

 ローゼリアを、推理と証拠でオーバーキルする気満々なのだった。


 

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