第113話 お久しぶりのジャクリーン

 蛮族たちのことはナイツに任せて、ギルスの背中を「死なないように気をつけてね!」と激励しつつ叩く。


「へ、へい。努力します! 俺、まだこっちの剣術あんま身についてないんだけどなあ」


 ギルスはぼやくが、辺境での戦いを生き抜いた彼だ。

 やすやすと殺されはしないだろう。

 だからこそ、彼を仕留めるために、族長直属だった残り四人が派遣されたわけだし。


「これはどうやら、彼らの独断ですわね」


 馬なし馬車でゆったり町を流しながら、シャーロットが推理をする。


「独断? どうして?」


 私の問いに、彼女はウィンクした。


「この間、ジャネット様の故郷に行ったでしょう? 平和でしたし、蛮族は族長が死んでから、跡継ぎ選びに難航しているようなお話でしたわ。そこに、あれだけ蛮族にとって重要な戦士たちを派遣する決定ができるはずがありませんもの。それに彼らは蛮族でも権力を持っていたのでしょう。だから独自に動き、裏切り者であるギルスに制裁を与えることにした。それだけ、蛮族は何も決定できない状況に陥っているということですわ」


「族長を倒してもう一年経つのにねえ」


 もう一年経つということは、私がシャーロットに出会ってから半年はとっくに過ぎたということでもある。

 あっという間だなあ。


 さて、私たちがトロトロと走っている理由だけど、それは簡単。

 下町遊撃隊の子が、路地裏から飛び出してくる。


「シャーロットさーん!! いた、いたよ! あっちでおっそろしい武器を持ったやつが暴れてて、そいつがいるところの一本裏の道! そう、靴下通り!」


「靴下通りですわね! 向かって!」


 馬車を操るインビジブルストーカーは忠実だ。

 馬なし馬車はすぐに方向を変えて、靴下通りへと向かう。


 なるほど、いた!


 一つ向こうの通りで、わあわあと騒ぎが起こっていて、憲兵隊と蛮族が争っている。

 周辺の住民は野次馬になってそっちに行っていて、靴下通りはもぬけの殻。


 だからこそ、白昼堂々と遺跡から発掘したらしい大砲を運ぶなんて真似ができるのだ。

 私たちが出現して、大砲を荷馬車何台かで牽いていた御者が、ぎょっとした。

 偉そうなヒゲを生やした男の人だ。


 そして、大砲に布を掛けた上に腰掛けているのが、真っ赤なドレスの女。

 ジャクリーン・モリアータ。


 彼女は私たちの出現に、眉根を釣り上げた。


「また! またあたしの邪魔をするわけ!? シャーロット!!」


「邪魔をしないと大変なことになるでしょう、ジャクリーン?」


 馬なし馬車から身を乗り出して、言葉を返すシャーロット。


「この大砲で、賢者の館でも狙うつもりだったのでしょう? 遺跡の発掘物を集めて、国を転覆させるおつもり?」


「そんな楽しくないことはしないわ! だって、国が消えて大混乱になったら、あたしの犯罪で右往左往する余裕もなくなるじゃない。そうね、この大砲をせっかく運び込んだのだし、貴族街に向けてでたらめに撃つのもいいんじゃない?」


「うわあ、愉快犯だ!」


 私はすっかり呆れてしまった。

 シャーロットが頷く。


「ええ。ジャクリーンは、目的があって犯罪を犯すのではありませんわね。彼女は、犯罪の実行そのものが目的なのですわ。とってもたちが悪い」


 全くだ。

 私たちが馬車から降りると、女ばかりだと御者は安心したらしい。


「おいお前ら。ジャクリーン様の邪魔をするなんてバカな真似をしやがって。今この俺様が分からせてや」


「バリツ!」


「ウグワーッ!!」


 降りてきたところをシャーロットに放り投げられた。

 哀れ、男は道端のゴミ集積台に突っ込み、お尻を上にして突き刺さってしまう。


「あっ、貴重な労働力が!」


 ジャクリーンが天を仰いだ。


「こうなれば、ここで一発ぶちかますわ」


「させませんわよ!」


「ジャクリーンやめなさーい!」


 かくして、私たちとジャクリーンがわあわあともみ合う。

 意外なことに、バリツを使うシャーロットと謎の技で渡り合うジャクリーン。


 つま先でちょいっと大砲のお尻を蹴った。

 すると、大砲がぶぶぶぶ、と唸り始める。


「まずいですわ! ジャネット様、耳をふさいで!」


「えっ!? 分かった!」


 耳をふさぎ、こういうパターンはしゃがんだ方がいいよね、としゃがみ込む。

 次の瞬間、腹の底に響く大砲から何かが発射された。

 砲弾が吹っ飛んでいき、通りを出たところにある家に突き刺さる。


 爆発が起きた。

 結構な大爆発だ。


「あー、しまった!」


「ざまぁ!」


 大音量でキーンとした耳に、ジャクリーンの声が聞こえた。

 振り返ると、彼女が全力疾走で逃げるところである。


「待ちなさいジャクリーン!」


「待てと言われて待つバカはいないわ! ええい、蛮族どもを囮にして、王都に混乱を巻き起こしてやろうと思ったのに! 下町を爆発させるだけで終わってしまった!」


 しかも、これだけの騒ぎがあっても、爆発が起きた辺りに誰も出てこないということは……。

 蛮族騒ぎの野次馬で、下町の人たちも出払ってる?


「下町の皆さんはお祭り好きですものねえ」


 そうこうしているうちに、ジャクリーンは表通りに出てきて、素早くドレスを脱ぎ捨てる。

 その下には、ごく普通の下町の人の衣装があった。


「さらば!」


 彼女は野次馬に紛れて、分からなくなってしまう。


「うーん! これは、町中ではないところにジャクリーンを誘導して決着をつけねばなりませんわねえ……」


 シャーロットが悔しがる横で、私は騒ぎの結果に目が向いていた。


 そこでは、蛮族たちを相手取ってナイツが大立ち回りをしている。

 そして、蛮族たちがジャクリーンの起こした大爆発に気を取られた瞬間……一気に三人をまとめて斬り伏せた。


 残念ながら、野次馬たちも爆発に気を取られていたので、我に返った時には蛮族が倒れているということに。


「見てなかった! もう一回やってくれえ!」


 そんな声が聞こえるけれど、やれるわけがない。

 命が助かったギルスは、ほっと胸をなでおろしていた。


 蛮族たちはみんな死んでいたので、やって来たデストレードはホッとした様子。


「こんな連中を牢に閉じ込めておける気がしませんからね」


 全くだ。

 ちなみに、ジャクリーンの大砲による犠牲者はゼロ。

 そりゃあそうだ。


 本当ならば、野次馬に来ていない貴族街を狙うつもりだったのだから。


 それから、シャーロットは今回の件で決意したようだ。


「決めましたわよ。わたくし、ジャクリーンと決着をつけますわ! 色々準備をしませんと!」


 どうやら、私たちとジャクリーンとの腐れ縁にも終わりが見えてきたようだ。

 

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