第81話 ミイラが来たりて


 このまま指を、スージーの家に置いておくわけにもいかない。

 その矢先だった。

 尋ねてきたのは憲兵だった。


「この辺りでストリートチルドレンがたむろしてて困ってる、と通報があったんだが……って、ジャネット様とシャーロットさんじゃないですか」


 顔見知りの憲兵だった。

 近所から通報があったんだな。彼にスージーと、彼女の家に送られてきた指先の話をする。

 ついでに彼は、シャーロットに何事か指示されて、周囲の家をノックして回り始めた。


「この指が届けられるはずだった方々が住んでいるかもでしょう? この機を逃したら逃げてしまいますわ。だから、ここで捕まえてしまうのです」


「なるほど、行動は迅速に……!」


 私すぐに、たちの目の前で人相の悪い男たちがぐるぐるに縛られて、蹴り出されてきた。

 尋問はこの後かな?


「これで事件解決? ……なわけないよね」


「その通り。送り手がいて、受け手がいて成立しますわね。このミイラの指先は、何らかの理由があるもので間違いありませんわ。実は遊撃隊の面々にも、周辺の聞き込みをお願いしていますのよ?」


「抜け目がない!」


 スージーを憲兵隊に預けると、憲兵の数人が王城に向かって走った。

 デストレードがいつもの寝不足そうな顔で、指の入った箱を見ている。


「これは、オーシレイ殿下案件でしょう。怪しいものは大概あの方の守備範囲ですからねえ」


「確かに。次期国王だっていうのに、不思議な信頼のされ方をしてるなあ」


 一見して我が強そうな、オーシレイの顔を思い出す。

 俺様系の王子と見せかけて、根本の部分が浮世離れした賢者でもあるんだよな、彼。


 デストレードがコーヒーを淹れてくれたので、ミルクと砂糖をたっぷりいれて飲む。

 うんうん。

 これならばいける。


「どうしてそんなにミルクをいれるんですか。コーヒーはそのままが美味しいでしょう」


「デストレードは目を覚ますために飲んでいるだけで、コーヒーの味なんてわからないのではなくって?」


「は? 血の代わりに紅茶が流れているような女に言われたくはないですねえ」


 おお、いつものシャーロットとデストレードのやり取りが始まった。

 まあシャーロットの言うことにも一理ある。

 このコーヒー、あまり香りがしなくて苦いだけっぽいものね。


 お安いコーヒーなのかな?


 そうしてのんびりしていたら、下町遊撃隊の子たちがばらばらと憲兵所に駆け込んできた。

 憲兵たちは驚いた顔をするが、すぐに「なーんだ、お前らか」と理解を示す。


 どうやらシャーロット絡みのせいで、下町遊撃隊と憲兵たちはすっかり顔見知りらしい。

 あれ?

 それってなかなか凄いことなのでは……?


「ええっと、情報がありました! 夜にスージーおばさんのとこに向かってく人がいて、すごく怪しかったって」


「下町でよっぱらいにぶつかって、怪しいやつとよっぱらいがけんかしてたって!」


「怪しいやつが酒瓶でなぐられたら、あたまがとれたって!」


 とんでもないニュースが次々飛び込んでくるぞ。

 シャーロットと一緒にいれば、いつものことではある。

 私は情報が集まりきるまで、落ち着いてコーヒーを飲んだ。


 お代わりはいらないな……!


「まとめましたわよ」


 シャーロットが集まってくる下町遊撃隊の話を、とりまとめて語り始める。

 その話を聞きに、憲兵たちもわらわらと集まってきた。

 暇なんだろうか。


「この指先、ミイラの指先だと申し上げましたけれど、ミイラの中でも動くタイプのミイラがいますのね」


「動くタイプのミイラ!?」


 どよめく憲兵所。


「マミーというモンスターですわ。死体になんらかの処置を施すことで、死んだ後も動き始めるらしいですわね。生前の人格を元にして動くようですけれども、やはりミイラになっていますから、知能は動物レベルまで落ちていますわ。ただ、このマミーはなんらかの処置によって、全身が変質していますの。言うなれば、まるごとお薬の材料ですわね」


 シャーロットの言葉に、みんな一斉に顔をしかめた。

 ミイラがお薬って、それはちょっと。


 元は人だし!


 つまりあの指先は、マミー化する前の死体の指で、それを取り戻しにやって来ていたのだろうという話だった。

 そしてこの指先を送りつけた者の狙いは……。

 マミーをおびきよせてまるごと薬にして売りさばくこと!


 なんて悪趣味な。


「ということは、下町のどこかにマミーが転がっているということですね。ひどい話だ……。みんな出動! 首が取れて転がっている死体を探して!」


 憲兵たちが、嫌そうに返事をして、外に飛び出していく。


 この様子を横で聞いていたスージーが、青くなってガタガタ震えていた。


「ひええええ、あたしのうちを目指して、歩くミイラがやって来るところだったのかい!? こわいこわい」


「事が起こる前で良かったわね。下町遊撃隊の子が、みんなあなたを心配してたんだから」


「本当にありがたいねえ……。優しい子たちだよ」


 とりあえず、美味しくないコーヒーを飲ませて落ち着かせることにしよう。

 それに、憲兵所なら他の憲兵たちもいるから安心。


「さてジャネット様。わたくしたちも出ましょうか。わたくし、知識では知っていましたけど、マミーを見たことがありませんの!」


「うきうきしてるわね、シャーロット!」


「それはもちろん!」


 そして私たちは下町へとんぼ返り。

 マミー捜索に加わることになったのだった。


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