箱の中の指先事件

第79話 下町遊撃隊の子

 バスカーを散歩させて、帰宅の途中。

 下町遊撃隊の子が物陰からこっちを見ているので、捕まえてきた。


「うわー」


「私のところに来たって言うことは、何かお願いしたいことがあるんでしょ」


「そ、そうだけど」


『わふーん』


 バスカーがなにか訴えかけている。

 え?

 この子がくさい?


 ということで、下町遊撃隊の子をメイドに命じてお風呂に入れさせた。

 すっかりつるつるぴかぴかになって戻ってきた下町遊撃隊の子。


「肌がちくちくする……!」


「辺境の石鹸はすごく汚れが落ちるからね」


 私はふふん、と得意になった。

 そして、お茶とお菓子を食べさせると、やっと話し始めた。


「じつは……おれに親切にしてくれるおばさんが寝込んじゃって」


「ふんふん」


「それで、どうにかしてあげたかったけど、これでシャーロットさんとことか行ったら迷惑かなって。だってずーっといそがしいみたいだし」


「なーんだ、そんなこと? 気にしなくていいわよ。だったら私がシャーロットに頼んであげる。それに、私もちょっとは手助けしてあげるわ。君たちには色々助けられてるんだし」


「ほんとう!?」


「こう言う状況で嘘は絶対つかない」


「あ、ありがとう!!」


 下町遊撃隊の子は、私の手を握ってぶんぶん振ってきた。

 ふむ、爪もメイドにいい感じで切られてるな。

 チェックする私。


 そして、彼を連れて馬に乗り、シャーロットの家までやってきた。

 下町遊撃隊の子は、乗馬なんて初めてなわけで、大変怖がっていた。


 今回の来訪を、シャーロットは全く予測していなかったらしい。

 私が下町遊撃隊の子を連れて来ると、ちょうど一人分のお茶を淹れて、大きなケーキを食べているところだった。


「あら!!」


 びっくりした顔のシャーロット。

 これはなかなか見ものだ。

 私はニヤニヤしながら、対面の席に腰掛けた。


「もう……来るなら言って下さればいいのに。そうしたらわたくし、扉の前で待っていましたのよ?」


「たまにはシャーロットを驚かせてもいいじゃない。それでね、今回は下町遊撃隊の子が頼みたいことがあるみたいなんだけど」


「あら、あなたですの」


 その子はこくりと頷き、話しだした。


 下町遊撃隊は、ストリートチルドレンである。

 シャーロットからお金をもらったり、町のちょっとした仕事を手伝ったりして暮らしているが、彼らはみんな、親がいない子どもなのだ。


 そんな彼らを世話してくれる人々がいる。

 その一人が、おばちゃんことスージーさんである。


 一人暮らしの人で、ストリートチルドレンたちを自分の子どものようにかわいがってくれるとか。

 とは言っても下町ぐらしの人なので、裕福ではない。

 せいぜい、たまに大きな鍋で料理をして、みんなに食事をふるまってくれたり、病気の子どもがいれば医者に見せてくれたりするくらい。


 それでも大したものだ。

 下町遊撃隊からは、下町のおっかさん、みたいに慕われているということだ。


「シャーロットとは違う方向の保護者なのね」


「わたくしは彼らの雇い主みたいなものですから」


 上下関係があるわけね。

 それである日、おばちゃんが寝込んでしまったらしい。

 動揺した下町遊撃隊だが、これをシャーロットに相談してもいいのか? という悩みを抱え、一大決心をしたこの子が私のところにやってきたということだった。


「どうしてわたくしに相談して下さらないのかしら」


「あの、その、仕事以外のはなしするのちょっとこわくて」


「まあ!」


「シャーロットは恐れられてるんだねえ」


「お金取られるかなって」


「まあー!!」


 シャーロットが抗議の意思を込めて、鼻息を荒げた。

 私はもう、笑うしかない。


 そうか、雇い主だもんねえ。

 そして人からお金をもらって事件を解決している人だ。

 シャーロットに何かを頼もうとしたら、金がかかると思ってもしょうがない。


「今回は特別サービスで、無料で解決してあげますわよ。だってわたくし、今は暇ですもの」


「ほ、ほんとう!? みんなに知らせてくる!」


 その子は立ち上がると、すごい勢いで飛び出していってしまった。


「あー……。どこに行けばいいのかまだ聞いてないのに」


「問題はありませんわ。あの子がどこに向かったのか、おおよそ推理はできますもの」


「行き先まで!?」


「あの子が根城にしている区域がありますの。下町遊撃隊にも、街区ごとに担当がいるのですわ。その街区の子たちがお世話になっている人なら、おおよそ予測がつきますわね。それに、料理を子どもたちに振る舞うのでしょう? 下町の街区で、あの子たちをみんな中に入れられるような大きさの家なんてありませんわ。つまり、外。そして子どもたちが集まっても大丈夫な広場に面した家……となれば」


 さらさらと、彼女の口から推理が飛び出してくる。

 その後、シャーロットは私のぶんのお茶も淹れてくれて、ついでにケーキをおすそ分けしてくれた。

 悪魔の誘惑に負けて、まるごと食べてしまうところだったらしい。


 お腹のお肉を気にしている彼女のことだから、私はダイエット的な救い主と言ったところか。

 かくして、お茶とケーキをやっつけた私とシャーロット。


 一路下町は、スージーさんの家へ向かうのだった。

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