第61話 屋敷の正体

 グチエルの家に、彼女の外泊許可をもらいに行った。

 テシターノ子爵が在宅で、私を見ると平伏するような勢いで外泊を認めてくれた。


「腰が低い方ね、テシターノ子爵って」


「ジャネット様には引け目がありますから……!」


 グチエルがそう言って、馬車の中で平伏しそうになる。

 そうだった、テシターノ子爵家はうちに反旗を翻してローグ元伯爵家に付き、伯爵家が取り潰された後でワトサップ辺境伯家に助けられたのだ。

 まさに命の恩人。


 仇を恩で返されたので、完全に辺境伯家のシンパになってしまったそうである。

 そういうわけで、馬車の中に私とシャーロット、向かい合うグチエルとビクトルを乗せて……。


「あっ、行き先を説明してないのに、どんどんそっちに向かってる! どうして分かったんですか!?」


 ビクトルが目を見開く。

 これに対して、シャーロットはふふん、と笑った。


「簡単な推理ですわよ。ライザンバーと名乗った騎士爵、魔法装置のある屋敷を見つけられたくなかったのでしょう。それで、売れない魔技師であるあなたを雇ったのでしょうね。口封じに殺すつもりが、逃げられてしまった。恐らく彼らはもう屋敷にはいないことでしょうけれども、それほど人目を気にする者が屋敷を作れる場所など、王都近郊には幾らもありませんもの」


 ちなみに、ライザンバーなる騎士は存在していないそうだ。

 ただ、ビクトルが説明したライザンバーの見た目から、シャーロットは彼が何者であるかを大体推察していた。


「彼は、ジャクリーンの手下である傭兵騎士ザンバーでしょうね。かつては王国に勤めていたはずですけれども、イリアノス神国との紛争に参加した時、国に対して不満を抱きましたの。それ以来、あの犯罪コンサルタントと手を組んであちこちで悪さをしていますわ」


「悪党だったんだ」


 私はなるほど、と納得する。

 それにしたって、斧を使って目撃者であるビクトルを殺そうとするとは、短絡的な人物ではないか。


 ワイワイと話をしていたら、周囲があっという間に森に変わった。


「もうすぐ到着しますぜ!」


 ナイツの声がした。

 早い!!


「ええっ、もう!? 俺が連れて行かれた時は、もっと時間が掛かってたと思うんだけど! 戻ってくる時も必死で、まる二日は掛かったよ!」


「それもまた簡単な理由ですわよ」


 シャーロットが答えた。

 ビクトルの反応が素直で、推理を披露するやりがいがあるらしい。


「ザンバーはあなたに場所を知られないように、わざと遠回りして連れて行きましたのよ? そしてあなたはこの場所が正確にはどこなのかを知らない。あなたは混乱と恐怖で、同じところをぐるぐる回ったり、物音に怯えて身を潜めたりしていたから時間が掛かったというわけですわ。ただ、生き残るためには正しいやり方だったと言えますわね」


「シャーロット様、凄いんですね……!」


 朗々と語られる推理に、グチエルがすっかり感動している。

 ビクトルもうんうん頷き、「さっすが……」とか言うので、シャーロットがとても嬉しそうだ。

 傍目には平然としている風に見えるが、私には分かる。

 かなり喜んでる。


 反応が新鮮なんだろうな。

 私は微笑ましいものを見る気持ちになった。


 そんなところで、馬車が停止する。

 辺りは鬱蒼と茂る森。

 だけれど、馬車が走れるくらいの道が整備されていた。


 ナイツが扉を開けてくれたので、降り立つことにする。


「ふうん……。ビクトルの話で聞いていたよりも、開けた場所じゃない」


 それが私の第一印象だった。

 森の中に立つ一軒家というか、軍隊の野営地として使えそうな広場があって、そこに手入れされた道が続いているという感じ。

 道からは丁寧に小石が取り除かれていて、馬車が走ることを前提に整備されている。


「この道、どうしてこうも手入れされているかご存知です? ここ、王家が鹿狩りをする時に使う別荘の一つですのよ」


「なんですって」


 シャーロットの種明かしに、私は驚いた。

 なるほど、それは確かに周囲が木々に囲まれて、それでも生活に不便がない程度には開けていて道も整備されているはずだ。


「そんな……! じゃあ、俺が泊まったのはそんな凄いところだったのか!? た、確かにあの屋敷だ! それで、屋敷の入口を入ってすぐに魔法装置が……!」


 ビクトルがばたばたと走っていくと、屋敷の手前に来たところで、横合いから現れた男たちに捕まった。


「ウグワー!」


 取り押さえられてじたばたしている。


「ビクトルー!?」


 グチエルが悲鳴をあげた。

 だが、心配には及ばない。


 ナイツが男たちの方に歩いて行き、


「よう」


 と声を掛ける。

 すると男たちが敬礼を返した。

 彼らは、我が家にある訓練所に通っている騎士たちだ。


 つまり……王家の関係者である。


「管理人を任せていた女が逃げ出しまして。自分が見張りをしていたんですが、気絶させられてそこの川に流されまして……。お恥ずかしい」


 別荘は、きちんと騎士たちによって守られ、管理されていた。

 だが、そこをジャクリーンの手の者が利用するため、襲撃したということなのだ。


「どうしてビクトルに依頼に来たんだろうと思ったけど、時間的な余裕が無かったわけね。それで、すぐに了解してくれそうな若手で売れてなさそうな魔技師を選んで声を掛けたと……」


「へへへ、面目ない」


 取り押さえられた格好のままで、ビクトルが頬を掻いたのだった。

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