第56話 カーバンクルはどこに消えたのか

 カーバンクルは、エルフェンバインと隣国であるイリアノス神国が儀式を行い、召喚した存在であるらしい。

 だが、さすがはネズミ。

 召喚した途端にほうぼうに逃げ出し、ほとんどが行方知れずになってしまったそうだ。


 数年前にそのうちの一匹が発見され、さる冒険者パーティがカーバンクルを連れて旅をした、という記録が残っている。

 何しろ、異世界から召喚したとは言え生き物だ。


 自由意志を持って動き回るし逃げ回る。

 そういうことで、エルフェンバインはこの動物の確保にとても苦労していたらしい。


 そのうちの一匹がようやく捕まり、研究対象としてオーシレイ王子の元に運ばれていた。

 そこに、賊が襲いかかり、護衛と賊が争っている間にカーバンクルは逃げ出してしまったということだった。


「カーバンクル、カーバンクルねえ」


 金色の毛並みをしたネズミ、額には赤い石が輝く。

 これはエルフェンバインで一般的に語り継がれる、カーバンクルのイメージ。


 青ネズミのピーターが、私の目の前で焼き菓子をカリカリかじっている。

 そう言えば、ピーターの額にも赤い石がついているなあ。

 もしかして……。

 いや、まさかなあ。


 送られてきたカーバンクルについての書類は賊に奪われていて、詳しいことは分かっていない。

 だから、私もシャーロットも、一般的なカーバンクルのイメージに沿って捜索をしていたのだ。


 シャーロットとしては、「類型化したイメージに従うのは、正直危険だと思いますわね。先入観を捨てたいところですけれど、残念ながら推理するための情報が少なすぎますわ」とため息をついていた。


 無論、下町遊撃隊も動き回っている。

 優秀なストリートチルドレンは、きっと情報を掴み取ってくることだろう。


 シャーロットが焦れているのは分かったけれど、情報が少ない状態だとどうしようもない。

 進展がないまま、数日が経過しようとしていた。


 私はその日も、バスカーの散歩に繰り出していたのだが。


 バスカーの鼻の上には、青いネズミのピーターが乗っかり、ご機嫌でちゅうちゅう鳴いている。

 大きな友達バスカーの上にいれば、彼の速度を自分のもののように感じられるものね。

 バスカーも、小さな友達を振り落とさないように慎重に走っている。


 私と言えば馬の上なのだけれど、軍馬ですら並走するバスカーに手加減してもらっている感じがするなあ。

 一体どれだけの速度で走れるんだろう。


 と、走る私の横に、猛スピードで馬車が並んできた。


「は?」


 尋常ではない。

 私は馬に乗って、それなりの速度で走らせているのだ。

 これに並ぶなんて、馬車なら全力疾走くらいのものだ。


 扉が開き、そこから黒ずくめの男が二人姿を現した。

 彼らの手にしている網を確認して、私は理解する。


「バスカー狙い!?」


 以前、バスカーを盗み出そうとしていた一派がいて、私を嵌めようとしていた事件があった。

 あれの続きかと思ったのだ。

 だけど、私の意識はすぐに切り替わった。


 馬車の一番奥に、見慣れたストロベリーブロンドの女がいたからだ。


 彼女は難しい顔をして私を睨んでいた。


「なんでそちらにやって来るの。運を引き寄せる力が強すぎるわ」


「何を言ってるの!? っていうか、あなたはジャクリーン!」


 私は犯罪コンサルタントの彼女の名を呼びながら、片手でバスカーに指示を出した。

 バスカーは速度を落とし、馬の影に隠れる。

 すると、ピーターが軍馬に飛び乗って、私の肩の上まで駆け上がってきた。


『ちゅっちゅーい!』


「危ないよピーター! ……!? 網がこっちを向いたんだけど!?」


 黒ずくめたちの標的が私に変わった。

 どういうこと!?


 私は慌てて、馬を加速させた。

 軍馬が馬車よりも先に出る。

 一瞬前まで私がいた場所に、網が放られるところだった。


 危ない!


『ぐるるるる!』


 バスカーが歯を見せて唸る。

 そして跳躍すると、馬車に体当たりをした。


「ウグワー!」


 黒ずくめの一人が馬車から転げ落ちる。


「ちいっ! 先生、これじゃあ無理ですよ! やっぱワトサップの令嬢は一筋縄じゃいかねえ!」


「ええ、本当に。考えを改めなくてはならないわねえ。お前たち、あれを回収して逃げるわよ!」


「へい!」


 馬車は速度を落とし、落下した黒ずくめを回収に向かっていった。

 どうやら、こちらのことは諦めたらしい。

 一体何だったのだろう……!


『わふーん』


 私の事を心配して、バスカーが駆け寄ってきた。


「おー、助けてくれてありがとう。無事だよー」


 馬から降りて、バスカーをモフモフ。

 頑張って逃げてくれた馬の首や頭もなでなでする。


『ちゅちゅっちゅ!』


 その馬の頭の上で、ピーターが二本足で立って踊っている。

 うーん。

 もしかして……。


 ジャクリーンはピーターを狙っていた?

 そして、賊に襲われて行方不明になったというカーバンクル……。


 もしかして、もしかして、もしかして。


「君がカーバンクルなの?」


『ちゅちゅーい!』


 私の問いかけに、ピーターはぴょんと飛び跳ねて応じたのだった。


 いや、人間の言葉を理解しているかどうか分からないから、結論は曖昧なんだけれども。

 それでも私のこの推理、結構いい線行っていると思うのだ。

 シャーロットにすぐ伝えねばなるまい。

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