憲兵失踪事件
第51話 デストレードの依頼
ジャクリーン・モリアータからの宣戦布告から何日か過ぎた。
特に私の環境も変わっておらず、アカデミーに通っては、親しい者たちとお茶をしてバスカーを散歩に連れて行く毎日だ。
シャーロットもいつものように講師として現れ、平時と何も変わらない様子で講義をしていった。
多分、私たちは肝が太い。
何を言われても、実際に起こらなければ気にしないのだ。
今日はカゲリナもグチエルも用事があるので、久しぶりに一人で帰ることになった。
ナイツが馬車の扉を開け、私を下ろす。
さて、お茶でも飲んだら読書をしようかな、なんて考えていた時だった。
「失礼。よろしいですかね、ジャネット嬢」
「あら、その口調は」
振り返ると、すぐ近くに顔色の悪い女性がいた。
憲兵の服に身を包み、なんとなく猫背に見える。
「デストレードじゃない。どうしたの?」
「仕事で近くまで来たついででしてね。おや、今日はシャーロット嬢はご一緒でない」
「私と彼女は基本的に別行動よ。セットみたいに思われてる?」
「ええ、そんなもんです。シャーロット嬢はいつもあちこち飛び回っていますからね。捕まえたい時に捕まらない。彼女が使ってる子どもたちを見つけられれば、居場所を教えてくれるんですがね」
現に冒険者はそうやってシャーロットを探しているのだ、とデストレードは告げた。
なるほど、確かにシャーロットが一箇所に落ち着いて、じっとしているなんて想像できない。
私が彼女との遭遇率が高いのは、シャーロットの方が私の行動を予測して先回りで待ち構えているせいではないだろうか。
「お茶でも?」
「仕事中なので」
しょっちゅううちに来てはお茶を飲んでる印象があるんだけど。
でもどうやら、デストレードはデストレードで忙しいらしい。
だから、仕事のついでで私に会いに来たのだ。
「頼みがあるんですよ」
「私に?」
「ジャネット嬢に頼めばシャーロット嬢の耳に届くでしょう」
違いない。
「憲兵隊のメンバーが一人行方不明になっていましてね。下町担当のオッペケという男なのですが、数日前から出勤して来ていないんですよ」
「病気か何かじゃない?」
「彼の妻君の話では、下町に行ったきり戻ってこないという話でしてね。お恥ずかしいが、憲兵隊は外部の事件対処で大忙しで、身内をどうこうする余裕が無いんですよ」
「大変ねえ」
「ここ最近で突然事件が増えましてね」
私の頭の中に浮かぶ、ジャクリーンの笑み。
彼女がやらかしてるんだろう。
「分かったわ。シャーロットに伝えとく。オッペケさんを探せばいいんでしょ?」
「はい、お願いしますよ。ああ、もちろん、ささやかながら謝礼が」
「はいはい」
本当に用件だけ告げて、デストレードは足早に去っていってしまった。
「随分慌ただしいことですなあ。確かに町中を、憲兵たちが走り回ってましたからねえ」
「ジャクリーンが張り切って犯罪を起こしてるのよ。だけど、私は自分に関わってこない限りはノータッチでしょ?」
「それがいいでしょう。てめえから面倒事に関わっても、趣味でない限りは楽しいもんじゃない」
「ということで、その面倒事に関わるのが趣味な人に会いに行くんだけど」
「へいへい、今回もお供しますよ。この間は俺がいなかったおかげで、悪党が逃げちまったんでしょう」
そういうことだ。
やはりお出かけする時には、最強の手札は持ち歩くに限る。
平和な王都だけど、こちらに危害を加えようとする者はいるわけだし。
ただ、ナイツの授業を楽しみにやってくる兵士もいるので、あまり長時間彼を拘束はできない。
シャーロットをさっさと見つけて、うちに連れてきてしまおう。
そして私が動き出すと、彼女の方から見つけてくれるのはいつものこと。
ちょっと馬車を走らせたら、道端でシャーロットが手を振っていた。
「いた!」
「お嬢は本当に、サクッと彼女を見つけますよねえ」
「シャーロットが私の動きを推理して、先回りして待ってるのよ」
馬車の扉を開けて、シャーロットに乗り込むように告げる。
彼女の向こう側で、馬のない馬車がひとりでに、下町に向かって走っていっていた。
魔法生物が牽く馬車、自動で家に帰ってくれるなら便利だなあ。
「ここ最近、憲兵の動きが慌ただしかったですからね。そろそろデストレードがジャネット様に依頼に来るだろうと思っていましたのよ?」
「そこまで読んでたのね。それで、いつも通る道で待ってたわけ」
「そういうことです。それで、彼女はジャネット様に何を依頼してきたんですの?」
「一言で表すなら、身内の捜索ね。下町で憲兵が一人行方不明になったんだって。奥さんも行方がわからないってさ」
「なるほど。小さめの仕事ですわね。それはちょっと意外でしたわ。では、下町遊撃隊も呼んで調べさせるとしましょうか」
馬車の中で、これからの方針が決まっていく。
基本、この後はナイツを動かせないので、下町遊撃隊の子に情報収集してもらって……。
私が動くとしたら、護衛にバスカーを連れて行って、ついでに彼の散歩もやっちゃおう。
よしよし、完璧な計画だぞ。
「時にジャネット様。お兄様から故郷のお菓子が差し入れられたのですけれど」
「なんですって」
私は現実に戻ってきた。
これは、お茶を入れて本格的にお茶会をしなければならないじゃないか。
シャーロットが紙袋を見せて、意味ありげに微笑む。
一体、どんなお菓子が入っているんだ……!!
私の思考は、この後行うお茶会一色に染まっていくのだった。
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