第49話 飛び乗れ、賊の船

 猛烈な勢いで帆船が走る。

 波の上を走る。


 私はバスカーを撫でながら、彼を支えにして掴まっている。


「揺れる揺れる」


 バスカーにしがみついていると、そのままでいると動けないし暇でしょう、とシャーロットが口を開いた。


「では改めてわたくしの推理ですけれど」


「ぶれないわね」


「これが本題ですもの! どうして、賊は種を送りつけてから送られた主を殺すのか? という話ですわ。種は予告状。しかも別の国から差し出して、それを追うように船で向かってきて殺しに来ますわね。まあ、これは、彼らなりのイニシエーションなのでしょうね」


「イニシエーション? だから無意味そうなことをするんだ」


「ええ。調べてみましたら、種を送りつけて異種族の血が入った方を害する、という事件は度々起こっているようですの。これはそれなりに知られた手法と言っていいようですわ。そして、このやり方の最大の狙いは恐怖を煽ることでしょうね」


「恐怖を……? ああ、封筒が到着してから、その相手を目掛けて殺しに行くから!」


「そういうことですわ。つまりこれは彼らのゲームのようなものですわね。ゲーム感覚でわたくしの依頼人を手に掛けたのは、許すまじですわねえ」


 穏やかな口調だけど、シャーロットの目は笑っていない。

 彼女がぱちんと指を鳴らすと、船の速度が上がった。

 何をやったのかは分からないが、シャーロットのしもべである魔法生物たちが働いたのだろう。


「な、なんだこの速さはー!!」


「嵐の中みたいだー!!」


「お、おい、先に小舟がいるぞ! あぶねえ!」


 港湾部が外海に出るまで、エルフェンバインの内海は壺のような形をしている。

 シャーロットは犯人たちが、壺の出口に差し掛かる前に追いつく腹積もりだったのだろう。


 そして、それは果たされた。


「本日この時間に、このサイズの船が港を出る予定はありませんでしたわね。つまり、あれが賊の船ですわ。突撃!!」


 小舟に乗っている人々が、大慌てで帆船を避けようとする。

 だが、帆船は執拗に小舟に狙いを定め、そのままドシーン!とぶつかった。


「ウグワー!」


 小舟の人たちが海に投げ出された。


「人違いだったりしない?」


「ほら、海の上であっぷあっぷしている彼らの首から、ペンダントが下がっていますでしょう。あれは木製で水に浮くのですわ。そしてその形はナイフを握りしめた人間のものなのですわよ。人間原理主義同盟の証で、そこに所属するプライドが故に、彼らはあのペンダントを手放さないのですわ」


 あっぷあっぷしている人々を前に、細かく説明してくれるシャーロット。

 なんか海に投げ出された人たち、沈んでしまいそうだけど……?


「彼らは法の裁きに委ねねばなりませんわね! それ、行きますわよ!」


 シャーロットは一声叫ぶと、身軽に小舟へと身を躍らせた。

 令嬢の体捌きではない。

 あれもバリツなんだろうか。


 小舟に着地したシャーロットは、どうやら彼女についてきたらしいインビジブルストーカーを使い、あっぷあっぷしている人間原理主義同盟の人たちを掬い上げ始めた。


 中には不届き者がいて、助けてくれたシャーロットに殴り掛かるのだ。

 これをシャーロットが、じっくり見ていてもよく分からない技で放り投げる。


「バリツ!」


「ウグワーッ!?」


 派手に水しぶきが上がる。

 それをシャーロットが掬い上げる。


 また襲いかかる男。


「バリツ!」


「ウグワワーッ!?」


 またも海に落とされる男。

 流石に二回繰り返したら、ぐったりして大人しくなった。


 シャーロットのあの強さ、魔法生物の護衛とかいらないんじゃない……?

 すっかり彼女の動きに見入っていたら、船の揺れなんか気にならなくなってしまった。


「これで全部ですわねえ」


 小舟の上に積み上がった男たちの数は五人。

 彼らが、人間原理主義同盟の殺人犯たちということだ。


 後に水夫たちも、シャーロットの説明を聞いて納得したらしい。


「なるほど、そいつはふてえやつらだ」


「俺ら水夫にとって、たまにあるマーメイドとのアバンチュールはめちゃくちゃ楽しみなんだ」


「女船乗りはマーマンと仲良くしたりするしな……」


 マーメイドというのは、イカの特徴を持った異種族なのだそうで、イカを逆さまにして触腕が腕と髪の毛になっているんだそうだ。

 なんとイカだけど人間との間に子どもを残せるのだそうで。


 船乗りの中にも、マーメイドとの混血は多いのだとか。


 見た目はエルフよりも人間離れしてるのに、エルフよりも相互理解ができそうな種族だ……。

 その後、マーメイドについて知らない私に、水夫たちが、いかにマーメイドが素晴らしいか、マーメイドがカワイイかを力説してくれた。

 これを聞きながら、船は港へと戻るのだった。


 私が艀を伝って陸に降りると、後から続くバスカーが名残惜しそうに船を振り返った。


「バスカーは船に乗りたかった?」


『わふ』


 何気に好奇心旺盛な子なので、気持ちは分かる。

 そうだ。

 今度、父にお願いをして小舟を買ってもらおう。


 そして、バスカーやカゲリナやグチエルを乗せてあげるのもいいではないか。


 いつの間にか港に駆けつけていたデストレードと、彼女率いる憲兵隊が、人間原理主義同盟のメンバーをぐるぐる巻きにふん縛って連行していくのを眺めながら、私は小舟に揺られる自分とバスカーを想像して楽しくなった。


「あれを前にして微笑んでいられる辺り、ジャネット様は本当に心が強いですわねえ」


「あんなの、シャーロットと付き合ってたらいつものことじゃない」


 私は肩をすくめてから、彼女に提案することにした。


「どう? 大して時間も経ってないし、お茶の続きをしにいかない?」


「いいですわね! 推理は頭を使いますから、お腹が減りますもの」


 シャーロットは笑いながら応じた。

 今回、頭よりも体を使ってる方が多かったような……?

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