第32話 勧誘された使用人

「どうして私だとすぐに分かったんですか?」


 マクロストは片眉を上げた。

 シャーロットによく似た仕草だ。


「簡単なことです。近頃の王都では、シャーロットとともにあなたが活躍なさっている噂でもちきりですよ。そしてあなたの容姿。プラチナブロンドの髪に、クリスタルブルーの瞳をしたご令嬢など、私が知る限りでは一人しかおられない」


「なるほど、明快な理由だったんですね」


 説明がもったいぶらない。

 シャーロットより分かりやすい……?

 ちらっと彼女を見たら、私の内心を察したようだった。


「お兄様は直接的過ぎる物言いですもの。推理の開陳はもっともったいぶって、場を盛り上げながらしたいものですわ」


「まだそんな事を言っているのかシャーロット。依頼人への報告などは簡潔にした方がいいといつも言っているのに」


「わたくしは冒険者の相談役ですのよ? お兄様の仰るやり方では、凡百の相談役と同じですわ。現にわたくし、繁盛していますもの」


「それは冒険者という者たちが、物語性を重要視する人種だからだろう。いや、宮廷でもそういうきらいがあるな……。むむむ、これは別にシャーロットは間違っていない……?」


 マクロスト侯爵が難しい顔になった。


「私はラムズ侯爵の物言いは好きですよ」


「そうですか! ありがたい」


「ジャネット様、裏切るんですかー」


 なんだこの兄妹。


「ジャネット、俺のことは好きではないのか」


「殿下の話は今は別でしょう」


 オーシレイが当たり前みたいな顔をして加わってきた。

 話の風向きが、殿方への好き嫌いになりそうな気がしたので、私は話を逸らすことにした。


「そう言えばラムズ侯爵。シャーロットはどうして一人暮らしをしているのですか?」


「ああ、それは簡単です。妹には嫁ぎ先があったのですが、そこで起きた事件を快刀乱麻に解決しまして」


「おお、シャーロットらしい」


「その家の面目が関わった事件なのですが、底の底まで暴き立てた結果、家の醜聞が外部に明らかになりまして」


「なんですって」


「結果、家は格下げになり婚約の話も無かったことに。シャーロットの噂は界隈に広がり、恐れられるようになったのです」


「これ以上ないくらいよく分かりました」


「わたくし、自由な翼を手に入れましてよ」


「本人前向きだし」


 これっぽっちも堪えてないな。

 というか、謎を暴いて嫁ぎ先の面子を潰したのも、自由になるためにやったのではないか疑惑がある。


 シャーロットに関する謎が一つ解けた。

 これ以上なく納得できる理由だった。


「それでわたくしが家にいても、ラムズの家の邪魔になりますでしょう? アカデミーから講師の誘いも来ておりましたから、こうして王都で暮らすようになりましたの」


「自由だなあ……」


 もはや何者も、シャーロットを縛ることはできないのだ。

 完全に自由というのは、羨ましい反面、ちょっと恐ろしい生き方だなとは思う。

 今の私に、自活するというのはなかなか想像できない。


 彼女は大した人なのである。


「それでどうしてここに?」


 マクロストがシャーロットに尋ねた。


「お兄様のことを、ジャネット様に紹介するのが目的だったのですけれど、途中で新しい理由ができましたわ」


 シャーロットが差し出すのは、下町遊撃隊から受け取った紙切れ。

 それを手にとったマクロストは、「ふむ」と唸った。


「ちょうど私の使用人が、先日どこかの屋敷を訪れたところだ。友人のつてだったらしいが、そこでエルフを見たと言っていたな。目隠しをされていたから、どこに行ったのかは分からなかったらしいが」


「エルフ?」


 意外な名前が出てきたことに、私は驚いた。

 エルフというのは、森に住む異種族だ。

 私たち人間の二倍くらいの寿命を持っていて、風の精霊に親しく、弓と魔法に優れる。


 もちろん、こんな町中に出てくるような種族ではない。


「ええ。使用人はエルフの血が混じっていまして。彼らの言葉を話せるのです。エルフ語の通訳を頼まれたと言っていました。ちなみにこの紙に書かれた珍しい野菜は、エルフが好んで食する森の自生植物なのですよ」


「エルフェンバインの山菜みたいな?」


「はい」


 なるほど、どうやらマクロストは、その使用人が連れていかれた屋敷と、珍しい野菜が運び込まれた屋敷が同じではないかと睨んだわけだ。

 断片の情報をつなぎ合わせて、即座に判断した。

 確かにシャーロットと同じくらい、頭の回転が速い。


「ちょうどいい。使用人に会ってみるかねシャーロット」


「ええ、そうしますわ」


 こうして即座に、次の目的地が決定した。

 明らかに興味本位。

 お金が全く絡んでないのに、シャーロットもマクロストもこの事態へ関わるモチベーションが高い。


 なんだこの兄妹。


「くっ……。俺はこの後、公務がある……。第二王子だったら自由が利いたのに……」


 オーシレイがとても悲しそうな顔をした。


「第一王子に格上げになったからこそ、王位継承権を得られたのでしょう。さあ殿下、お仕事に行ってらっしゃい」


「うむ、そう言えばそうだった。そしてジャネット、お前にこうして求婚することもできるのだ。いいか、今度はもっと本格的に求婚するからな。覚悟しておけ!」


 高笑いしながら去っていくオーシレイ。

 彼も大概、強靭な精神をしている。

 オーシレイの姿を、マクロストが驚いた顔で見送った。


「オーシレイ殿下にすっかり気に入られていますね。かの御仁はなかなか気難しい人なのですが」


「そうなんですか……?」


「ええ、そうです。第二王子と言えど、あれ程の器量と能力を持つ方。貴族たちが放っておくわけもありますまい。ですが、彼はずっと独り身だった。そういうことです」


 そういうことじゃない。

 なんで途中でぼかすんだこの人は。

 やはりシャーロットそっくりだぞ。


「では参りますわよ、ジャネット様! 楽しくなって参りましたわねえ」


「私はまだちんぷんかんぷんなんだけど……?」


「道すがら説明しますわ! これには何らかの陰謀が関わっている可能性があって……」


「つまり、いるはずのないエルフがいるわけで、エルフ誘拐事件の可能性があるということですよ」


「お兄様!! いきなり真相を語らないで下さいます!?」


 賑やかな兄妹に挟まれつつ、私はラムズ侯爵邸へと向かうのだった。

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