第21話 スネークゴーレム

 蛇の形をしたものであれば、どうして自然に動いたのかは分からないけれど、密室から脱出するのも容易だろう。

 私たちは手分けして、密室の隙間を探した。


「あった!」


 書類の山を掻き分けた奥に、穴を見つけた私。

 そこは隣室へ通じているようだった。


「隣は資料室ですねえ」


 一通り、この階の構造を把握しているデストレード。

 資料室の鍵を借りてあるという。

 準備がいい。


「ではこれで解決ですわね。はあー、今回はそれなりの謎でしたわ」


「シャーロット、早い早い」


 もう終わった気になっているシャーロット。

 常に先読み、深読みをしている彼女の中では、解決までの絵が完全に見えてしまっているのだろう。

 だが、凡人である私たちには分からないぞ。


「シャーロット、全然終わってないから。ほら、勝手に研究室の備品でお湯を沸かして紅茶を作ろうとしない! 行くわよ!」


「その通りだ。何が終わったと言うんだ。これからだろう! それにこれは俺が金を出して落とした物品なんだぞ。この目で見るまでは終われるか!」


 オーシレイもやる気満々。

 私と一緒に、鼻息も荒く、隣の資料室へ向かった。


 鍵を開けると、そこは陽の差し込まない密閉された空間。

 うっ、埃臭い!


「やれやれ。もう何もかも終わっていますわよ? もうさっさと終わらせて帰ってお茶にしましょう?」


 一切警戒もせずに、シャーロットが資料室に踏み込んでいく。


「危ないですよ、シャーロット嬢!」


 デストレードが慌てる。

 そうだ。

 この資料室には、賢者をひとり絞殺した古代遺跡の発掘品が存在しているのだ。


 どうして彼女は平然と中を歩いていくのか。


「シャーロット! 気をつけて!」


「ええ、私の推理では既にあれの魔力は尽きて……」


 その時だ。

 部屋の片隅で、キラリと光るものがあった。


「あっ」


 私が気付いて声を上げた瞬間、それは飛びかかってきた。

 まだら模様の蛇のようで、しかし金属質な輝きを放つ何かだ。

 そちらに、シャーロットの視線が向けられるが、間に合わない……!


 と思ったら。


「バリツ!」


 シャーロットが何か言いながら、跳んできたものを鋭いフックで叩き落とした。

 そしていつの間にか手にしていた、日傘で、床の上の蛇を貫く。


「おっと、いけませんわね。わたくしとしたことが、目算を誤っていましたわ。まだ魔力が残っていたのですわねえ……」


 傘で貫かれながらも、まだバタバタとうごめく蛇。

 いや、蛇の形をした金属の何か。

 これが玩具?


「スネークゴーレム。古代に暗殺のために作られた道具ですわね。魔力を蓄え、一定以上になると起動しますの。それは直接的な接触ですわ」


「なんだと? これが犯人だというのか」


 オーシレイが目を見開いた。


「だがな、こいつは今の今まで全く起動なんてしていなかったぞ。オークションの時も、動かないただの玩具だった。それがどうして今動いた」


「オーシレイ様。亡くなられた賢者の方は、発掘品に愛情を持って直に触れたりする事が多い方ではありませんでした?」


「ああ、その通りだ。俺は何度もやめろと言ったがな。擦れて傷でもついたら、資料価値が下がる。資料は個人の所有でも、世界そのものにとっての財産だ。だが、金で言うことを聞く男だったから、こいつを使っていたのだ」


 生々しい話をする人だなあ。


「恐らく、今までの接触では十分な魔力を蓄積できていなかったのですわね。ですから、賢者の方がよく触れるようになり、急速にゴーレムはその身に魔力を蓄えることができた。そして起動して、賢者の方は殺されたのですわ」


「なるほどな。おい、だがそれとこれとは話が違う。その傘をどけろ! 貴重な資料が傷つく! それは国の宝なのだぞ!」


「あら、オーシレイ様。ならば国庫にでも封印しておけばこんな事故は起こらなかったのではありませんこと?」


「それでは貴重な古代の遺産を死蔵するだけではないか! もったいない……。おいワトサップ! お前からも何か言ってやれ!」


「私も、これは誰も手が届かない場所に仕舞っておいた方がいいものだと思いますけど……」


「ええい!」


 あっ、オーシレイがキレた!

 彼はつかつかと歩み寄ると、手袋を装着。

 シャーロットの足元から、スネークゴーレムを拾い上げてしまった。


 バタバタ暴れるスネークゴーレム。

 人を絞め殺すほどのすごい力のはずなのに、これを抑え込んで無理やりポケットに突っ込む。


「これは俺が持ち帰る! 素手で触れねばいいのだろうが!」


「ええ、その通りですわ殿下」


 怒りながらも、シャーロットの言葉を的確に実行する冷静さはあるようだ。


「俺が直接研究する。どうせ直に、俺も賢者の館に研究室を持つ予定だったのだ」


「はい?」


 今、聞き捨てならない事を言ったな?


「どうして殿下がこちらに?」


 オーシレイがきょとんとした。


「どうしても何も、俺自身が古代学の研究者でもあるからだ。無論、アカデミーの教壇にも立つぞ。お前とはこれからも顔を合わせることになるな、ワトサップ辺境伯令嬢ジャネット。直近で二人賢者が死んだから、その穴を埋めるため、すぐに俺が講師として来るからな」


「ひえええええ」


 私は思わず悲鳴をあげてしまっていた。

 つまり、アカデミーに通っている間は、しょっちゅうオーシレイと顔を合わせるということか!

 いや、順当に行けば彼がエルフェンバインの王になるわけだから、顔を合わせずに済むわけが無いのだけど。


「お前が俺の求婚を受けるにせよ、受けないにせよ、どちらにせよ会う機会はたっぷりとあるということだ。楽しみにしていろよ、ジャネット」


「ひえええええ」


 再び私が悲鳴をあげたので、オーシレイが「はっはっはっはっは」と笑った。

 その直後に、ポケットでスネークゴーレムが暴れ始めたので、慌てて抑えている。


「……えー、では事件は解決ということでよろしいのでしょうかね? あのー、殿下。その資料を証拠品としてこちらにいただくわけには」


「いかん」


「ダメでしょうね。そうでしょうね、はあ。ですがまあ、殿下が捜査に協力的でしたし、権力に弱い上の方も、殿下に口ごたえはできないでしょうし……」


 デストレードがぶつぶつ言った後、自己解決したようで胸を張った。


「では、私はこれで失礼いたします」


 見事な敬礼を見せて、彼女は去って行った。

 混沌としてきた状況から、上手く逃げたな。


「あ、あのー、殿下。私たちもここで……」


「なにっ、帰るのか」


「はい。ほら、殿下はポケットの蛇で忙しいようですし」


「ああ、うん。おう。まあな……。こら、大人しくしろ!」


「スネークゴーレムはじきに魔力切れで止まると思いますわ。接触したのは、かの賢者だけでしたもの。ではわたくしたちはこの後、お茶の予定がございますので」


 一礼して、シャーロットが去っていく。


「ほらジャネット様! お茶にしましょう! わたくしがとびきりの紅茶を淹れて差し上げますわよ。仕事終わりのお茶は最高ですから」


 彼女が出してくれた助け舟に、乗ることにした私。

 スカートの裾をつまんで、オーシレイに礼をする。


「オーシレイ殿下、では私もこれで失礼します。ごきげんよう」


「お、おい待てジャネット! もう少しすれば蛇が静かになって……ええい、大人しくしろ! いつになった魔力が切れるんだ!」


 オーシレイの騒ぐ声を聞きながら、私たちは賢者の館を後にするのだった。





 ~マーダラーの紐事件・了~

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