悪魔はぼくを③

「兄ちゃんよ、ありゃないんじゃないの」


 訓練を観戦していた二人が寄ってくる。お説教の時間らしい。


「兄ちゃんが確かな腕を持つ達人だっていうのは認めるよ。けど、それは他人の努力を踏みにじる理由にはならないだろ」


「センシ。やめなさい」


 センシさんはおかんむりみたいだけど、マドーシさんはいつもと変わらないつんとした顔をしていた。センシさんをたしなめ、ぼくに顔を向ける。


「あれ、どういうつもり?」


「どうもこうもないですよ……」


 なんでぼくがユーシャちゃんに負けたのか、ぼくにだってわからない。直接的な原因は偶然と油断と言ってしまえるけど、それがあれだけ連続して起こるなんてことがあるだろうか? その件に関して問いただしたい奴はいるにはいるけれど……


「予想外のことがいっぱい起きたり、しばらく体動かしてなかったから鈍ってたのか……そんなんですよ」


「ふうん」


 マドーシさんは特に納得も怪訝も見せずに頷いた。


「あの子が修行を急いだ理由、あんた知ってる?」


「さあ。使命感とかですか?」


「それもあるけど。あんたの故郷のためよ」ユーシャちゃんが眠る馬車を見やる。


「自分のせいであんたの故郷が襲われたって気にしてたわ。本当は今すぐ救援に行くのが勇者としての役目だけど、自分がその役に立たないのもわかってる。せめてわたしやセンシが身動き取りやすくなるように、自衛できるようになりたいんだって」


「……そうですか」


「本当はあんたも自分を置いて故郷の様子を見に行きたいんだろうって思い込んでた。あいつは薄情者だからそんなことないって言ったんだけどね。薄情者は昨日今日会ったばかりの小娘に親切にしませんだってさ」


 思い込みの激しいガキだ。自分で勝手に他人の気持ちを推し量って、勝手に動いて空回りする。まるで、まるでそれは……


「あんたが他人に親切って言われるなんてね。ねえ、あれくらいの歳の子がタイプなんでしょ。それ以外理由思いつかないわ」


「マジで黙ってろよお前……」


 センチメンタル終了。


「ま、だからこそそのあんたに子供扱いされてちょっと過剰に反応したのかもね」


「だから別にぼくは子供扱いした訳じゃないですってば」


 と言ってもぼく自身その言葉に説得力はないと感じているし、ますますこの意固地になったガキをあやすような口調を続けられる気がしたので言うのをやめた。


「あの子があんたにある程度憧れを抱いてるのはわかってるでしょ? 子供っぽく見えるかもしれないけど、あの子はあんたやわたし達に近づこうとあの子なりに頑張ってる。それをわかって」


「……うい」


 マドーシさんは馬車に入っていった。センシさんは仏頂面を浮かべたまま焚き火の前に座り込む。すっかり悪者みたいだ……


『違うとでも? いたいけな少女の思いを踏みにじったではないか』


『しらばっくれんなよ』


 今日という今日はアクマを逃す気はなかった。


『今日のあれ、どういうことだよ。お前なんか知ってんだろ』


『あれとは?』


『時間稼ぎにでもなると思ってんのか、その質問。馬鹿すぎてかわいく見えるぜ、アクマちゃんよ』


 最近やられっぱなしだったから久しぶりにからかってみる。アクマは憎々しげに唸った。


『何が聞きたい?』


『ユーシャちゃんとの訓練、あんなこと普通あり得ないだろ。偶然ってあんなに連続するもんじゃないし、意図的に見えるもんじゃない。まるで運命が無理矢理ユーシャちゃんが勝つ方に結果を捻じ曲げたみたいだ』


 ぼくは数日前にマドーシさんに聞いた話を思い出していた。


『お前の仕業なんだろ? 悪魔憑きの周囲で起こる不思議な現象なんだろ、あれが』


 怪人、もしくは悪魔憑きと呼ばれる奇人はその気味悪さと周囲で起こる怪現象によって忌み嫌われている。怪現象といっても具体的に何か思いつくものはなかったけど、今日のこれは流石に不自然が過ぎる。

 ぼくは悪魔憑きだけど、悪魔憑きのことなんて知らない。一番詳しい奴に聞いてみよう。


『おい、なんか言えよ』


『……仕業と言われるのは心外だな』


『じゃあなんだよ』


『例えば我輩が貴様と契約したことで何か貴様の周囲に不都合な出来事が発生したとして、我輩との因果関係を見出すのは浅はかだとは思わないか?』


『そうかな……でもぼくはこんな出来事は生まれて初めての経験だし、他の悪魔憑きも何か周囲に影響してるって聞いたし。そうなるとやっぱお前が疑わしいんだけど』


『なるほど貴様の言わんとすることもわかる。が、事実我輩にもはっきりとはわからないのだよ。我輩と契約した人間が悉くオドを失い、そして己の力をも失い、発狂して自殺したり殺されたりする理由は』


『はい?』


 アクマは楽しそうに声を押し殺して笑った。


『何故だかわからないが契約者はありとあらゆる不幸に見舞われる傾向にある。富を失ったり女を失ったり家族を失ったり国を失ったり……そしてだんだんと思い悩むようになる。生きている意味を。こんなに辛い思いをするならいっそのこと死んでしまえばいいのにと首をくくったり、焦燥から逃れるために四苦八苦して結局野垂れ死んだり。不思議なこともあるものだな』


『……お前の契約者、みんなか? みんなそうなるのか?』


『今の所は、な。全く、こんなに連続してかつ意図的に見える偶然があるなんてな』


 ついに堪えきれずくははとアクマは笑った。


 悪魔の契約者は不幸に見舞われる? どういう力が働いて、そんな不思議なことが……


『……オドか?』


『そういう考え方もできるな』


 ぼくのオドはあの日こいつと契約した時にその全てをこいつに明け渡している。あの時、ぼくは魔法が使えなくなるという自分のデメリットのことばかり考えて悪魔のことを考えていなかった。どうして悪魔と契約するのにオドを明け渡す必要があって、渡したオドは何に活用されるのか。


 魔法とは想像を創造する技法、らしい。その魔法を行使するには人それぞれ保有しているオドというエネルギーが必要。なら、オドとはイメージを現実化するためのエネルギーということになる。悪魔憑きの周りで起こる怪現象は、悪魔が契約者を苦しめるためにオドを利用して運命を捻じ曲げているからなのか?


『お前、ぼくのオドを何に利用してんの?』


『貴様の思うようなことではない』


『…………』


 言う気無し。


 立ってるのが辛くて座り込む。色々と面倒なことが起きている。複雑なことを考えるのはストレスだ……

 まず、アクマの嘲笑を黙らせよう。


『……まあまあの付き合いなんだしさ。そろそろこういうのやめようぜ』


『…………』


『いつまでやるんだよ、その


 こいつの言葉には恐らく嘘はない。けどだからといってぼくに対して誠実ってわけじゃない。真実だけでぼくを騙すために常に言葉を選んでいる感じがする。


 悪魔との契約者は力を失い、不幸になる。それが本当なら、それは明確な契約のデメリットだ。だけどこいつはあの日、契約のデメリットを尋ねたぼくにそれを伝えなかった。だから怪現象の本質は、少なくても不幸だとかそんな明確な不利益に通じるものじゃないと思う。


 勿論アクマがぼくに嘘をついている可能性はなくもないけど、こいつとぼくは繋がっている。ぼくの強がりがこいつに大体わかるように、多分こいつの嘘もわかる。そして何より、こいつの性根はもう結構わかってきた。

 アクマにはまだぼくに言っていない秘密がある。悪魔憑きに関する秘密が。


『もういいだろ。いい加減ぼくに気い許せよ。ナカヨシになろうぜ』


『……白々しい。同じ言葉を自分の心にも言ってやれ』


 アクマは悪態をついて、


『何にせよ、貴様が勇者然とした力を発揮できないのは確かだ。残念だったな』


 捨て台詞を吐いて意識から消えちまった。まだまだわだかまりは解けない。


 詳しいことはわからないけど、今日の怪現象にアクマが何か関係してるのは確かだろう。センシさんとは普通に戦えて、ユーシャちゃんとの訓練では不幸づくめ。一体どういう仕組みなんだろう。風雲急を告げるぼくの周辺の流れは、怪現象と何か関係があるのだろうか。


 ……これ以上物を考えると学者になってしまいそうだ。考え事を全て振り払って滑り落ちるように天幕に寝そべる。そのうちどうにかなるだろう……



 


 


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