第3話 私の弟子になる?

 アイシャに詳しく話を聞いてみると、初級冒険者養成所の受講は魔術講座の場合、一ヵ月待ちの状況だということが分かった。

 一ヵ月も待てるだろうか?


 この世界は相変わらずVRなのか異世界なのかは分からなかったが、少なくともお腹は空くし、夜には眠くなる。

 最低でも宿代と食費くらいは稼がないと厳しいように思った。


 お腹が空いてご飯を食べるとお腹が満たされるというのはちょっと不思議で、VRでご飯を食べてるだけなのに現実のお腹も満たされているのか?

 もしかしたらこれはこの世界がVRではなく現実世界であるという証拠なのでは……?

 ――とも思ったりしたがVRが精巧過ぎて脳みそが現実と区別がつかなくなっている影響かもしれないとも思った。


 そう考えると、急に現実世界でのボクの脳への栄養補給はどうなっているんだろう?というのも気になってくる。

 もしこの世界がVRだと仮定した場合、一日中VR空間で何かしていたら脳だってカロリーを消費するだろうし、栄養補給が無ければ死んでしまうだろう。


 脳にカテーテルのようなものを刺して栄養素を流している?

 いや、それとももう脳を身体から切り離して培養液みたいなのに満たされた水槽に浮いている状態なのかもしれない。

 そう考えると無性に怖くなった。


 とは言え、誰かがボクをこのVR世界に無理やり取り込んでいる状況だとしたら、その人物はボクにこの世界で何かをさせたいはずだ。

 そうだとしたら少なくともそれが成し遂げられるまではボクを生かしておいてくれるだろう。

 やはりひとまず、ボクが誰に巻き込まれてなぜこのVRだか異世界だか分からない世界にいるのかを解明することが重要に思えた。


 しかし、そうすると魔法協会本部があるアレクサンドラに向かう必要があって、そうする為にも早く冒険者デビューをしてこの世界でのお金を稼がないといけない。

 戦い方を知らないボクにそれができるだろうか……?

 もしこの世界がボクの予想と違って異世界の現実だとしたら、ボクがこの世界で命を落とすことは現実での死を意味していた。


「ねえ、アイシャ。やっぱり冒険者としての戦い方を知らないとちょっと厳しいと思うんだけど?」

「あれ? 今、私、呼び捨てにされました?? まあ、良いですけどそうですね。やっぱり冒険者になりたての時に調子に乗って命を落とす人も多いですし、実際、今、スタンピード難民から冒険者になったばかりの人の中でも死人は出ています」


 いや、もうね?

 さっきから笑ってごまかしてばかりのアイシャにちょっと腹が立って「もうコイツ、呼び捨てで良いや!」とはちょっと思っちゃいますよね?


 でもやっぱりアイシャも初級冒険者で死ぬ人は多いとか言ってるし、ちょっと厳しいのかな?

 頼みの綱のバロラもなんか助けてはくれなそうだし……


「バロラさん、ニケさんも魔法職の適性がありそうだし、さっきのおまけで初級魔術だけでも教えてあげては?」


 と、なんとアイシャが絶妙なフォローをしてくれる!

 やればできるじゃないか、アイシャ!


 ボクが期待を込めた熱い視線を送るとバロラは、


「じゃあ、私の弟子になるなら面倒を見てあげても良いわよ?」


 と言ってくれた。


 よし! こうなったら弟子でも皿洗いでもなんでもやってやるよ!

 バロラは難関ダンジョンの深層に一人で潜って、ボクという足手まといがいても無事生還できるほどの腕前だから、彼女からいろいろ教わればボクも強くなれる気がする。


 それにバロラといっしょにいれば、ボクの生存率はぐっと上がりそうだ。

 あとはバロラがアレクサンドラに行っても良いって言ってくれれば、万事解決しそうだ。


「そこのお嬢さん。それは辞めた方が良いですよ。魔女との師弟契約には真名による魂の束縛が伴いますから、契約したが最後、生贄にされても抵抗ができません」


 後ろを振り向くと如何にもプリーストな感じのお兄さんが立っていた。

 バロラも「チッ」と短く舌打ちをしている。


「大丈夫! ちょっとだけだから! 痛くしないから!」


 と、急にバロラは鼻息を荒くして詰め寄ってくる。

 ボクの両手を握るバロラの手に力がこもる……

 ぎゅっと握られた手がかすかに痛い。


 布で隠れていて分からないけど、おそらく目も血走ってることだろう。

 なんだか最近、目隠しをしているバロラの表情も読み取れるようになってきた気がする。


 ボクが「なんか怖いんで遠慮します」と言うと、


「なんだ、残念! 気が変わったらいつでも声をかけてね?」


 と、相変わらず冗談なのか本気なのかよく分からない反応をしてくる。

 たまにバロラって変っていうか、怖いんだよな。


「でもバロラさん。このままだとニケさん、最初のクエストで普通に死んじゃうかもしれませんよ? それだとさすがにバロラさんとしても寝覚めが悪くないですか?」


 またしてもアイシャが良い感じでフォローしてくれる。

 なんだこの子、もしかしてできる子なんじゃないか?


「う~ん……そうね。でもこれって何か冒険者ギルドから報酬は出るの?」


 と、抜け目なくアイシャに尋ねるバロラ。


「報酬は出ませんがトレーニングにちょうど良さそうなクエストなら案内できますよ? 今回はあくまでニケさんのトレーニングの為ということで臨時パーティー扱いにしますが、報酬は全部バロラさんが取っていただいても構いません」


 う~ん、とバロラは顎に手を当て、また思案にふけっている。


「良いわ! 確かにこのままじゃ私も寝覚めが悪いし、ちょっとニケにも興味があるしね。私は明日にはアンヌンを発つから今日、これから出来る簡単なクエストなら付き合ってあげる」


 バロラの了承が得られ、ボクたちは午後から果樹園に邪樹妖トレント狩りに行くことになった。

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