第一四〇話

 

緊張が場を支配していた。毒で動けぬロリゴリラを事後する寸前の雑人連中、対して俺は苦無と槍で以て相対する。背後には周辺警戒と後方支援を兼ねた氷雨が控える。


(さて、此処からどうするかな?)


 面の下で渋い表情を浮かべながら俺は考える。此処から先の展開を想定していく。


 このタイミングで介入したのは狙った訳ではなく偶然の産物であった。キングコングの骸を追った過程で見出だした結界。その内にある気配に氷雨が気づいた。


 結界を抜けるのは容易であった。強力ではあった。しかし妖相手ならば兎も角、人を退ける類いのものではなかった。


 嫌な予感がした。的中した。よりによってこの場面での遭遇であるとは。


 原作過去イベントの鬼月葵の大輪妖姦パーティー。毒を盛られて、父親の手の者に襲われて、最後は妖共の手に……俺はいきなり判断を迫られた。彼女を救うべきかを。今この瞬間に行うべきなのかを。


 ……直ぐ傍らに氷雨がいた以上、俺の取りうる選択肢は限られていた。ここが結界の内である事も決断を後押しした。R-18展開は直ぐ其処まで迫っていた。時間は無かった。俺は動いていた。


 それが今の状況である。今の、膠着状態である。


「き、貴様ぁ……何をしているのか分かっているのか!!?」


 腕に苦無が突き刺さった雑人が叫ぶ。確か、ロリゴリラ様直属の頭目であったか?鬼のような形相で此方を睨みつける。


「何をしているのか、ですか。それは此方の台詞です。正気ですか?姫様にこのような所業、打ち首では済みませんよ?」


 売り言葉に買い言葉であった。当然ながら俺の指摘に彼らが怖じける事はない。


「くくく、それが済むのだよ!」

「そうだ!!俺達がまさかこんな大それた事を独断でやるとでも!?」

「武器を下ろすんだ下人。これは命令なのだよ。鬼月の一族からのな、我らの邪魔をする事こそ主家への反逆というものだ」

「その通り。ほら、お前も確かこの餓鬼に随分と酷い目に遭わされただろう?お前にもヤらせてやるからよ!!此方に来いよ、なぁ?」


 雑人連中は次々に俺達に呼び掛ける。誘惑する。懐柔する。説得して仲間に引き入れようとする。勝ち目がない事を自覚しているからだろう。


「先輩……」

「鬼月の主家に逆らうですか。……成る程、そう言う事ですか。……それは確かに恐れ多い事ですね」


 氷雨の呼び掛けを無視するように俺は宣う。俺は武器を下ろす。此方を観察して、氷雨もそれに続いた。俺は一人、前に進む。


「もう姦通はしたので?」


 俺の問い掛けに一瞬呆気に取られた雑人共は、直後に意味を理解して何処までも下卑た高笑いをした。彼らに囚われた殆ど裸の姫君は此方を凝視して絶望の表情を見せる。


「おいおい、下人の分際で欲を張るなよ?」

「待て待て。どうせなんだ。後ろを使わせてやろうぜ?」

「ははは。そりゃあいい。そっちなら」


 ゲラゲラと嘲る雑人達。葵は会話の内容を理解しているのだろう、明らかに恐怖していた。恐怖して、身体を震わせて、それでも俺を睨みつける。胸元や下腹部を隠そうとして、しかし手足は拘束されていて、そもそも毒で動けまい。抵抗は無意味だった。


「嫌!や、やめて……!?」

「止めて、ですか。姫様はそんな事言われて止めますか?」

「そ、れは……」


 雑人達に囚われて、俺に見下ろされる葵は返答に窮する。それが全てだった。どうやら意外な事に、己の行動の道理に善悪は認識していたらしかった。


「ほらよ。犬みたいによ、四つん這いになれよ!!」

「はははっ!!ほれほれ可愛い桃尻じゃねぇか!!」


 嫌がる葵を四つん這いにして、小さな臀部を突き立てるような姿勢を強要する雑人達。げらげらげらげらと何度も嘲笑い、葵は羞恥に顔を紅潮させる。此方に向く瞳は涙に濡れきっていた。


「やれやれ。反抗的なお顔だ。困りますね、これは」

「その分躾甲斐があるってもんだろ?」

「気の強い女を躾るのは嫌いじゃないですよ。……ロリータ相手は趣味じゃないけどな?」

「は?ろり……」


 雑人が俺の言葉を反芻し終える事はなかった。


 ……その前に俺の肘鉄が雑人の顔面に叩き込まれたからだ。


「何を……ぐぶっ゙!!?」

「かはっ!!?」


 唖然とした雑人を更に一人頭を蹴りあげて失神させて、今一人の顔面に殴打を叩き込んだ。鼻をへし折って、倒れさせる。


「こんの……!?」


 ずっと此方を疑っていたのだろう、頭目は驚く事はなくて、寧ろ苦無で負傷しなかった手で脇差を振るっていた。……此方を斬りつける前に飛んできた矢で掌を射抜かれたが。


「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙!!?」

「先輩!早く退避を!!」

「分かってる!!もう少し頼む!!」


 頭目の絶叫。それに掻き消されないように大声での氷雨の呼び掛けに、俺は応じる。全ては俺の独断ではなくて予定調和の計画通りだった。


 雑人共との会話の中に事前に確認していた秘密の合言葉を忍ばせていた。氷雨は俺と雑人共との会話の中でそれを認識して備えていた。俺がロリゴリラ様を保護するために近付くその瞬間を。俺が奪取を行うその瞬間を……!!


「そういう訳で姫様。失礼をば!!」

「きゃっ!!?何ぃ!?」


 周囲の雑人共が混乱する隙を突いてパニクる半裸の幼姫を俺は抱き抱えた。抱き抱えて、離脱する。霊力で強化した脚力で一気に距離を取る。


「畜生!?逃げるなぁ!!?」

「させない……!!」


 追い縋ろうとする雑人共に向けて、氷雨が牽制の矢を放つ。必ずしも当てるつもりはない矢玉であるが、盾も鎧もない彼らはそれを恐れて前に出る事は出来ない。


「お、おのれえぇぇぇっ!!?」

「ふざけるなぁ!!下郎めが!!鬼月に反逆するつもりかぁ!!?」


 それでも頬や鼻、あるいは腕の怪我を押さえて、脇差を手にして雑人共は呪詛を吐く。脅迫する。俺の行いが何を意味するのかを糾弾する


 ……抱えた小さい身体が身震いする。


「……さてね。此方はそんな話聞いていないものでしてね。何処ぞの家に偽の記憶でも差し込まれたんじゃあないんですかね?口先だけでは信用出来ませんよ?」


 俺はおどけたように言い返してやる。詭弁だ。言い訳だ。時間稼ぎだ。


(この分だと隠行衆と下人衆には息は掛かってないな)


 姫様を殺る際の危険性を思えば本来ならば戦闘部門もこの場に揃えて置くべきだった。それがいない。つまりはそちらにまで話は通っていないと考えるべきだろう。姫様、というか退魔士の性質を思えば疑惑のある連中はその場で皆殺しくらいする。出し惜しみはしまい。此処にいない連中は白の筈だ。多分。


(つまり、この騒ぎに部外者連中がやって来ればいい……!!)


 俺は脳内で算盤勘定を始めていた。ここまで来たら突っ切ってやるつもりだった。ロリゴリラ様を助けて保護を求めるしかない。それしか生還の手立てはない。なぁに、安全地帯に数日籠城しておけば毒も抜けて何とかなるさ!!


「っ!!?先輩!!結界が!!?」


 そう思っていた時期が、俺にもありました。


 ……氷雨、今何て言った?






ーーーーーーーーーーーーー

『ギャ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙オ゙ッ゙!!!!』


 結界の領域全体に咆哮が鳴り響いた。それは惨劇を告げる合図であった。


「あ?何だ……」


 最初の犠牲者は必死に霊草を刈り取っていた人足であった。欲を掻いて他の者達よりも多くの報酬を得ようとして結界の境界近くまで来ていた彼は直後に首を見上げる。迫り来る化物のアギトが最期の光景だった。


 彼は幸運だったかも知れない。何も分からずに即死出来たからだ。


 十八の要から構築された結界。その要の一つが失せて出来た穴から無数の妖共が大挙して雪崩れ込む。下は幼妖、上は大妖まで大盤振る舞いのフルコースであった。


 阿鼻叫喚が結界内に響き渡る。


「糞!?どうなっている!!?姫様は何処に!!?」


 護衛の下人の臨時班長であった真鶴が叫ぶ。叫びながら迫り来る数体の幼妖を射抜く。彼は焦っていた。馬鹿でも分かる。姫君がいなければこの状況はどうにもならぬと。


 遠目に見れば複数の中妖、大妖が見えた。人足共を摘まんでいた。幾人かは必死に脇差等で抵抗するが無駄な努力だった。霊力で強化もしていない腕力と刃物では上位の妖の肉を斬るのは困難を極める。


 問題は自分達でも精々囲んで中妖を駆除するのが限界だという事であった。


「っ!!?倉戸!!下がれぇ!!?」


 部下に向けて叫ぶ。もう遅かった。刀で小妖を斬り伏せていた倉戸は、直後に周囲の妖共ごと大蛇に丸飲みされた。最後に一太刀浴びせる事すらも出来なかった。


「糞!?隊列を組め!!死角を作るなぁ!!」


 真鶴は必死になって周囲の者に向けて命じる。殆ど泣き声に近かった。


 臨時の班長、新人や班が壊滅した余り者で構成されていた班であったがそれでも彼には長としての責任感があり、それがこの絶望的な状況でも抗う精神的な支柱となっていた。


「糞、糞!!何でこんな事に……!!」

「あの姫様は何処なんだよ!?早くアイツらをどうにかしてくれよ!!?」


 生き残る下人だけでなく、人足や一部の雑人が呼び掛けに応じる。泣き言を言いながらも必死に抵抗し続ける。


「真鶴臨時班長殿!!御無事でしたかぁ!!?」


 真鶴の傍にまで妖を切り捨てながらやって来た筑波が半ばふざけ気味に叫ぶ。


「煩い。これが大丈夫に見えるか?」

「今はまだ五体満足でしょう?」

「あのなぁ……」


 軽いノリで宣う彼の背中に深い切り傷があるのを、真鶴は気付いて黙りこむ。よく見れば面の隙間から赤い筋が流れていた。


 ……そんなに長くはなさそうだった。


「……貧乏籤を引いたな」

「下人になった時点で遅かれ早かれ、でしょう?今回に限っては俺ら下人に限らなそうですけどね」


 必死に己の破滅を先伸ばししようとする隠行衆と雑人を横目に冷笑する。特に二人一組で中妖と相対する隠行衆は相当疲弊しているように見えた。


「けほっ。せめて、あの中妖はどうにかして欲しいねぇ……」

「余所見するなよ、筑波。……団体客がおいでなすった」


 真鶴が指摘する。視線を向ければ何十という妖の群れ。霊気か、あるいは集まっているから呼び寄せられたのか……まぁ、どうでも良い事だ。


「伴部と氷雨の奴は無事ですかね?」

「さぁ、な。……少なくとも希望はあるだろうさ」


 少なくとも全滅は決まっていない。ならばまだ救いはある。


「それは良かった。俺らを覚えてくれる奴らがいるんなら、幾らかは怖くない。でしょう?」

「……そうだな」


 二人は其処で会話を止める。会話の時間はなかった。目前まで化物は迫っていた。武器を構える。そして一歩足を踏み出す。


 櫛が欠けるように一人、また一人と食らわれていく。破滅に至るまでの時間は、決して長くは無さそうであった……。






ーーーーーーーーーーーーー

「何の騒ぎだ?」

「何が、起きていやがる……?」


 遠くで鳴り響く絶叫と咆哮。その場の誰もが動きを止める。硬直させる。


「……!!っ!?氷雨!!?」


 咄嗟に走り出そうとして、しかし何かに引っ張られて振り向けば氷雨が両手で俺の装束の袖を握っていた。


「氷雨、離すんだ……!!」


 俺の怒気を含んだ呼び掛けにふるふると小刻みに首を振るう。


「駄目、です。行っちゃ、行けません……!!姫様がおります……!!」

「っ……!?それ、は!!」

「それに、もう、手遅れです……!!」


 俺は氷雨の視線を重ねる。面の覗き穴から見える瞳は悲壮だった。それだけで、俺は全てを悟る事が出来た。


 本当に、もう手遅れなのだと。


「氷雨……」


 理由もなく後輩の名を呟く。いや、あるいは理由はあったかも知れないがそれは直ぐに言語化出来ずに霧散していた。己の心中の感情をどう処理するべきなのか俺自身にも分からなかった。


 怪物共の咆哮が轟く。咆哮の源は明らかに先程よりも迫っていた。


「逃げるぞ……!!」


 黙ったきりのロリゴリラ様を抱き抱えて、氷雨に呼び掛ける。呼び掛けると共に彼女を引っ張って走り出す。この場から逃げる決断をする。それが俺の取るべき責任であったから。


 間違っても、氷雨にその判断をさせるべきではなかった。


「あ、あぁ……」

「ひ、に、逃げろ……!!」


 俺達の行動に触発されたように雑人連中も動ける者から追い縋るように逃げ始める。だが、判断が遅すぎた。 


『キャ゙バババババァ゙!!』

「へっ!?」

「うわっ……」


 背後からステップダンスしながら飛び出して来た獣人妖怪が怪我で逃げそびれた雑人二人の頭を掴んだ。数瞬後に固い物同士がぶつかり合う音がした。グチャリと潰れる音が鳴り響く。俺は振り返らなかった。振り返る余裕はなかった。


『キキキッ!!』

『グル゙ル゙ル゙オ゙オ゙ッ゙!!』


 横合いから次々と躍り出る妖共。その度に悲鳴が上がる。背後から悲鳴が上がる。


 サバンナで真っ先に狙われるのは弱者だ。妖共は捕食者らしくお手軽な獲物から狙いすましているらしかった。


「好都合、といったら罰が当たるのだろうな……!!」


 横合いから突貫してきた猪妖怪に槍を殴打して吹き飛ばしながら俺は吐き捨てた。己の発想に嫌悪感が湧いた。嫌悪しながらも、現実は変わらない。雑人連中は明らかに餌になっていた。囮となっていた。


 ……餌と言えば、この抱き締める小娘は最高の生き餌なのだろうな。


「っ……!!?」

「んっ……!?」


 冗談気味にふと考えたら抱き締められる姫君はぎゅっと此方を抱き締め返した。怯えながら、絶対に離れないという強い意志を感じ取った。


(あぁ。観察眼ね)


 ゴリラ様は天才だ。一目見れば何でも出来る。驚異的な観察能力によるものだ。それは限定的ながら相手の心理すらも読める。


 どうやら、俺に見捨てられると思ったらしい。


「……冗談ですよ。安心して下さい」

「……」

 

 俺は煙玉と閃光玉を背後に放り捨てると葵の背中を上着一枚挟んで強く擦り撫でて囁いた。無礼討ちはなかった。しかしながら頷く事もなく、幼子は黙ったきりだった。


「先輩!!境界です!!」

「っ!?漸くか!!」


 氷雨の指摘で俺は視線を正面に戻す。目元を細める。僅かに見える結界の境界線が見えた。その先を見る。一見した限りその先に魑魅魍魎はいなかった。


「つまり、あの線を越えれば一応助かる!!」


 正確には暫くは、であるがね。どうせ気配に引き寄せられて周囲からドンドン引き寄せられて来るだろう。それでも時間は稼げる……!!


「先行します」

「あぁ。援護頼む!!」


 デッドウェイトのない氷雨が先を駆ける。結界を越える。振り向くと同時に矢を連射する。背後から人の物ではない悲鳴が上がる。追い縋って来る死を足止めする。遠ざける。


『グルルル!!』

「煩い、死ね!!」

『キャイン!?』


 大ジャンプで頭上を飛び越えて眼前を塞ぐ犬妖怪。威嚇してきた顎を踏み潰す。草履の中には鉄板を仕込んでいるのでフルスイングを食らった妖は鼻も牙もへし折れた。無駄に可愛い声出してんじゃねぇぞ!!


「先輩、早く!!」

「っ!?間に合え……!!」


 後輩からの焦燥した叫び声。背後から無数の殺気。背筋が凍る。不味い、不味い、不味い!!


「このぉ!!」


 風を切る音がした。俺はしゃがみこんだ。頭の直ぐ上を太い何かが過ぎ去った。背後に閃光玉を投擲する。周囲を満たす光と轟音。俺は前屈みになって結界を突貫する。転がる。


「姫様、失礼をばぁ!!」

「えっ、きゃっ!!?」


 俺はロリゴリラ様の華奢な躰を強く強く抱き締める。ピンクな頭を守る。転がって転がって、転がった。何かが裂ける音がした。痛みはない。


「先輩!!?」

「氷雨!?どうだ、どうだ!!?何か持ってかれたか!!?」


 木の幹に突っ込んで漸く止まった俺は駆けつける氷雨に向けて必死に尋ねる。両手を広げて五体満足なのかを確認する。


「いえ、裾に爪に引っ掛かっていたのは見ました!!」

「そうか!!」


 右腕の裾を見る。割けていた。間一髪だった。下手したら腕を持って行かれていただろう。裾だけ手に入れた妖はさぞや悔しがったに違いない。


「ははは。ざまぁ見ろ!!妖共め!!!!」


 俺は高笑いする。結界にトウセンボされて歯軋りする妖共を嘲笑う。それは所謂深夜テンションに似ていた。疲れて、追い詰められていた事の裏返しだった。


「はぁ、はぁ……惜しかったなぁ。えぇ?」


 立ち上がる。一旦姫様を下ろして息を整える。整えながら忌々しい化物共を罵倒して、勝ち誇る。


「助けてくれぇ……」


 沈痛な助けを求める声が響いた。


「は?」


 誰の声なのか、俺は一瞬分からなかった。いや、あるいは分からない振りをしたかったのか。残念ながら現実が押し寄せる。先程まで自覚していた筈だろうに逃げていたのは俺や氷雨だけではないのだ。


「助けて、くれぇ……」

「っ……!!?」


 声の方向に振り向くと視線が重なった。男がいた。雑人の男。雑人の頭目だった。倒れながら此方を見ていた。恐らく、雑人連中の唯一の生き残りだった。


「な、にを……っ!!?」


 呼び掛けに困惑して、一瞬遅れてそれに気が付いた。要を境に区切られた結界、人ならざる物は往き来を許されぬ境界。彼もまたそこを越えていた。……半分だけ。


「助けて……たすけて……っ!!」


 痙攣する彼の身体は結界の境目で倒れていた。その下半身、太股から下は結界の向こう側にあった。無数の妖共が不可視の壁にめり込んでいた。此方を邪悪な眼光で見つめていた。嗤っていた。


 頭目の、下半身を無数の足が掴みながら嗤っていた。


「たすけて、たすけ……ひぎっ!!?」


 ズルリ、と引っ張られて彼の身体が幾分か結界の向こう側に呑み込まれる。慌てて彼は地面に爪を立てて這いずろうとした。


 ……彼の両腕は俺達との戦闘で負傷していて、血が滲んでいる。当然、力なんて入らない。


「頼むぅ……たすけてくれ。あ゙ぁ゙!!?」


 息は荒い。此方を見る。泣き顔で懇願した。引き摺られる。腰元まで引き摺られた。爪が剥がれる。悲鳴が上がった。


「たのむ、たのむ!!みすてないでくれぇ……!!」

「そんな、こと……!?」


 俺は迷った。眼前の恩義の欠片もない男を助けるべきなのかを。今助けなければ死ぬだろう男を救うべきなのかを。助けても足手纏いになる男を救って意味があるのかを。偽善と良識と打算が脳裏に渦巻いた。


「たの゙むぅ゙ぅ゙……しに゙だくない゙ぃ゙!!」

「っ!!?」


 その悲嘆に暮れた呼び掛けに俺は彼の手元に向けて走り出していた。遅かった。


「今、引っ張……!!」


 る、と言う瞬間に彼の身体は結界の向こう側にあっという間に引き摺りこまれた。壁の向こう側から絶叫が一瞬漏れて、それも直ぐに何かがガリゴリボキ、と砕ける音に呑み込まれる。


「あ……」


 虚空を掴んだ手元、俺は見上げる。結界の向こう側を。無数の黒い異形達がケタケタ笑って此方を見ていた。血肉は結界の遮断する対象ではなかった。ダラダラと、大地に赤黒い汁が結界の此方側に滲むようにして広がる……。


「……」


 数瞬の沈黙、俺は立ち上がった。踵を返した。半裸のままにその場に置いていた幼女を抱っこする。


「あっ……?」

「死にたくないなら黙って暴れるな。……いいな?」


 俺はロリゴリラ様の耳元で強く警告して、氷雨を見る。教育が良かったのだろう、誰にも言われる事なく周辺警戒をしていた彼女は深林の一角を指差した。妖の少ない方向を、である。


「氷雨、悪いが先行してくれ。行けるか?」

「……分かりました!!」


 先を警戒しながら進む氷雨。黙りの姫を抱えて俺はそれに続いた。何に向けてかも分からぬ胸糞悪い気持ちを振り払って。


 今ならまだ救える者達を救うために、後悔しないために、俺は深林の中を走り始めた……。







「はい。見事に逃げられましたな。……まぁ、仕方無い。これもまた想定の内ですから」


「えぇ。所詮雑人共ではこの程度という事でしょうな。では次の段階に行くと致しましょう」


「はい。下人衆頭の式ならば先程……はい。では移動致します」


「えぇ。はい。……いやはや。そんな罠まで?全く、お人が悪い」


「では、後程また御連絡を……」

 



ーーーーーーーーーーーーーーーーー

 逃走は嫌な程に上手くいった。理由は分かっていた。結界だ。


 魚を捕らえる罠と同じだ。行きはよいよい帰りは怖い……という訳ではないが狭い結界の抜け穴から人の気配に引き寄せられた無数の妖共はその大半が結果的に閉じ込められた。


 化物の知恵なぞ知れている。馬鹿みたいに結界の裂け目に入り込んだ妖共は同じ場所に引き返すという発想すらもなかった。ただただ結界に身体を叩きつけて正面から打ち破ろうとするのみだった。結界の内に入る事はなかった妖も結界自体が行く手を阻み真っ直ぐ一直線に此方に向かう事は出来なかった。故に正面に立ち塞がる妖共の数も限られた。


 ロリゴリラ様の身体を侵す毒も、ある意味では好都合だった。毒による麻痺は全身に及び、体内に循環する霊力、それを生成する代謝活動にまで及んでいた。故に体内の霊力は万全の頃とは遥かに下回る代わり無遠慮に垂れ流される事もなかった。


 即ち霊気の満ちる禁地において、今の鬼月葵は必ずしも無数の妖が殺到する程のフェロモンを放っていないという事だ。これはかなり助かった。というかそうでなかったら俺達の逃亡劇は半刻として持たなかっただろう。


「問題はそれだけって事なんだがな……」


 深林の一角で見つけた横穴洞窟に潜んで俺は嘆息する。最悪の最悪ではない。しかし最悪ではあった。


「先輩、只今戻りました……!!」

「よし、早く入れ……!!」


 斥候に出ていた氷雨が戻る。彼女を急いで収用して、周囲を確認。あからさまに追っ手はいなかった。俺もまた再び洞窟に身を潜める。


「どうだ?」

「近場に中妖らしき存在が五体、大妖は二体います。内中妖二体は互いに食い合っているようです」

「そりゃあまた……」


 何時もの事だなと肩を竦める。しかし、氷雨の探索した範囲は其ほど広くはなかった筈。にも関わらず上位の妖がこの密度とは……。


「符の効力も長くは持たねぇんだがな……さっさと何処かに行ってくれんかな?」


 俺が視線を向けるのは洞窟の入口に貼り付けた「潜」と達筆で記された符であった。猿次郎から頂戴した、隠行用の呪符である。


 正規退魔士の扱う矢に符、市販の御守り札等は霊気を存分に吸った霊木を加工して造られる場合が多い。霊術等を行う上で通常の木やそれから作られた紙を原料とする場合に比べて親和性が高く、また霊木に宿る霊気自体がある程度持続的な呪具の活動に寄与するためだ。まぁ、電池みたいなものである。


 当然ながら高級な霊木ならば効果は一層であり、鬼月家においては一級品の霊木やその加工品を一族の退魔士用として金に物を言わせて取り揃えている。そんな霊紙の切れ端、式符を造る際の余りものの使い回しで製作したのが眼前の符であった。効果自体は間違いなし。起動に必要な分以上の霊力は必要ないが、それはつまり符内の霊力に全て依存するという事である。


 推定継続起動時間はたったの半刻程である、多分。余り物の出来合い品なので規格なんて皆無、符によって性能に差が激しいだろうとの猿次郎からの警告であった。渡されたのは計八枚、既に此処に潜んでから三枚目を起動中であった。


 つまり最大でも此処に安全に隠れられる時間は二刻程度という事……それ以降は嫌でも移動するしかない。そう、結界の張られた安全地帯に、だ。


 ……一番近い安全地帯は、此処から走って半刻近い距離にあった。


「せめて大妖が去ってくれればな」

「はい。追われたら先ず逃げ切れません……」


 俺と氷雨は共に頭を抱える。今一度言おう。最悪の最悪ではない。だが確かに最悪の状況だった。


「誰か、誰か来なさいな!」


 二人して悩んでいると洞窟の奥から呼び掛ける子供の声……俺は氷雨と顔を見合わせる。


「何だと思う?」

「恐らくは……」


 俺の問い掛けに氷雨が囁くように答える。


「あー、成る程。じゃあ俺よりもお前が行った方がいいか?」

「はい、そうですよね……」


 氷雨が洞窟の奥に向かう。暫くして水の流れる音がした。断続的に響く音に俺は無言で明鏡止水の極地で平静を保つ。耳を塞げ?この状況で五感を塞ぐのは自殺行為だった。


「ん?戻ったか?……姫様?」


 水音が止まって更に暫くして戻って来た氷雨に振り向くとその人影に気付いた。氷雨が背負う桃色の姫君の姿。鬼月葵。顔を紅潮させて、此方を凝視するロリなゴリラ様は震える口調で問い掛ける。


「ねぇ。今聞いたのだけど……下人。お前、さっきまで耳を塞いでいたわよね?」


 殆ど決めつけるような高圧的な問い掛け。俺はそれに向けて何処までも平静で以て答えた。


「えぇ。周辺警戒のために、水音一つ逃さずに聞いておりましたよ?」


 俺の返答への姫様の反応?取り敢えずは妖共に気取られぬように口を塞がなければならなかったよ?


 氷雨には叱られた。流石に反省しなければならないなぁ……。










「あぁ、忌々しいわ!!どうして私がこんな目に会わないと行けないのかしら……!!」


 御花摘みの一件で宥めて謝罪してどうにか丸く納めたのもつかの間の事であった。洞窟の奥にて幼い姫君は吐き捨てる。何処までも何処までも、不機嫌で不愉快げに、そして無駄に元気に吐き捨てる。


 雑人連中による林間カーニバル、あるいは妖達による羊羮パーティーを首の皮半枚位で回避したロリゴリラこと、鬼月葵姫の思考は俺が当初恐れたそれの斜め上に出てきた。


 俺は彼女が原作宜しく男性不信か、あるいは発狂か、無気力になる事を恐れたが、当の彼女はある意味でそれ以前とは何の変わりもなかったのだ。


「こんな小汚ない洞窟なんて私の滞在するべき所じゃないわ!!装束だって、ああ忌々しい!!私の!大切な!着物を!」


 今現在の衣住について不満をひたすらぶちまけるロリゴリラ様。我が儘ではあるが同時に贅を当然のものとして受け入れて来た彼女の立場からして見れば致し方ない感覚ではあるのだろう。納得は出来んがね。


「それに!!何処の誰か、どんな手段を使ったのか知らないけれど御父様を騙って……!!本当に!本当に!!忌々しい!!!!あの程度で私と御父様との親子の深い繋がりを絶とうだなんてね!!まぁ、結局は浅ましい三流の謀略なのだけれど!!」


 こんな物で騙される訳ないじゃない!!と宣う。


 どうやらロリゴリラ様は己を嵌めてハメようとしたのを父の陰謀ではないと解釈したらしかった。父の名を騙る何者かが糸を引き、雑人連中は記憶操作か何かを施されて命令した相手の認識を誤認したと判断したようだ。


 もしかしたら彼女を救出した時に俺が吐き捨てた言い訳のせいかも知れない。ミスったか?


「だってそうでしょ?御父様が私を排除する理由なんて欠片もないじゃない?私はあの女……賎しい腹の娘とは違うわ。家柄もある、才能もある、毎日御父様と食事もしているしお話もしているわ。別居で一人生活している御姉様なんかとは期待度が違うのよ!」


 俺の内心の困惑を他所に鬼月葵は次々と語る。此度の陰謀の不可思議な点を。不合理的な点を。


「そもそも嵌めるならこんな重要な任務に私を当てはしないわ!失敗したら鬼月家がどんな扱いを受けるか!御父様程の知謀の持ち主ならばそれが分かる筈!そうね、他の一族でもこの危険性は分かる筈……あぁ、けど御姉様の一派は一発逆転狙いで馬鹿やる奴もいるかも知れないわねぇ。後は他所の家か。宮鷹辺りは怪しいわね」

「それはそれは……」


 聞いてもいない話を長々と……よくもまぁ、麻痺した身体で此処までベラベラと語れるものだ。正直少し眠くなって来ていた。


「そんな中でよくぞ鬼月の下僕としての職責を果たしたわね!誉めてつかわすわ!流石御父様の選んだ人材、見かけ倒しではなかったようね!……さっきの発言は後で仕置きするけどね!!」


 上着一枚身体に繰るんだだけの姫君は洞窟に凭れて宣う。扇子を持ち上げる事も出来んのに口は達者で現金な事だ。というか仕置きはするんかいな。


「……お褒めに預かり光栄です」


 俺はげんなりとして礼を述べる。当然ながら彼女の発言の前半部分に対してだ。断じて後半部分についてではない。


「宜しい。まぁ、私に任せなさいな。この程度の毒ならば三日もあれば抜ける筈よ!!そうしたら改めて朝廷からの任を果たし、堂々と凱旋するわよ!そして、私に手を出そうとした身の程知らず共を根刮ぎとっちめてやるわ!!」


 ふふん!と何処から来てるかも分からぬ余裕綽々の態度。こいつ、状況把握出来てるのか……?


 三日間、三日間あれば毒が抜ける……然れど三日間である。この地獄のような場所で三日間を凌ぐのがどれだけ困難か。安全地帯にさえ辿り着けばロリゴリラ様が復帰するまで籠城という選択肢もあるのだろうが……籠城しに行くのが命懸けなんだよなぁ。


(金庫の中の鍵ってか?せめてあと一人くらい人手があればな……)


 三人居ても一人は足手纏いで下手したら誘引剤になりかねぬ姫様。残る二人の内、一人はそんな姫様を背負わないといけないのでまともに戦闘出来るのは一人のみである。しかも動ける両方が下人……糞ゲーだな。


「……自業自得、人を呪えば穴二つってか?」


 己の置かれた状況をポツリと冷笑する。今更になって後悔するのは先程の結界での一件。あるいはまだ一団に生き残りがいるのに賭けて突っ走っていれば、あるいはあの雑人の頭目を助ける判断が早ければ現状はもう少しマシだったのだろうか?考えても始まらないが何度も何度も思考は其処に辿り着いてグルグルグルグルと無意味にループしていく……あぁ、駄目だな。悪い傾向だ。


「?どうかしたのかしら?」 

「いえ。……機会を見計らって移動致します。一度移動を開始すれば休息は難しいでしょう。その前に食事をした方が良いかと思いまして」

「食事、そう、食事ね……」


 俺の指摘にロリゴリラ様は先程までの元気は何処へやら、快諾しなかった。俺はその態度に怪訝な表情を浮かべて……直ぐに合点がいった。そう言えばつい先程盛られたばっかだったな。


「貧相な味である事は御許しを。安全性につきましては毒味にて御証明致しましょう」


 とは言え、此方としても必要な事なので頼み込む。腹の音で妖をやり過ごすのに失敗したなんて話はご免被る。


「……今すぐはいいわ。少ししたら、そうね。もう少ししたら、ね?」


 誤魔化すように、平静を装うように葵は語った。視線は逸らして。誤魔化すような猫撫で声で。


「……はっ」


 俺は一礼して応じた。そして周囲の警戒のために氷雨と共に洞窟の出入口に戻る事を申し出た。余りにもあっさりと認可は降りた。


「……姫、様。先輩を以前拷問した事を忘れているのでしょうか?」

「拷問?あぁ、あれか……」


 洞窟の出入口に向かう道中、隣の氷雨が囁くように呟いた。面によって表情は窺い知れない。ただ不満と不快感を滲み出たような口調だった。


「あの時は助かったよ。有り難うな、氷雨?」

「いえ、偶然見たもので……」


 謝意に対して謙遜。しかしながらその物言いは確かに子供らしい照れているような雰囲気を纏っていた。


「まぁ、お前はまだ新人だから分からんだろうが……俺達下人の扱いなんざあんなものさ」


 下人と正規退魔士の命の重さは違う。余りにも違う。身分制のあるこの世界において、散々虐めた人間に助けられる事も、それでも尊大に振る舞う事も大して珍しい話ではない。流石に雑人連中に林間学校される寸前だったのにあの態度なのは神経極太だけど。


「不満は、無いんですか?」

「ありまくりに決まってるだろ?ブラックにも程があるわ」

「ぶらっく……?」


 鬼月家下人衆はブラック企業を越えたブラック企業である。同業他社……他家に比べればそれでも大所帯なだけマシだがそもそも比較するのが間違っている。最高の糞っ垂れ企業様であろう。


「とは言え、見捨てる訳にはいかないだろ?」


 特に餓鬼は、と俺は偉そうに言って見せた。偽善の出任せだ。本当はそんな高尚な理由ではないのに。


 本当は自分のためなのだ。原作の行き着く先にある破滅を、それによる家族への災厄を防ぎたいだけだ。


 そしてきっと、それは守れなかった事への代償行為だった。


 皆を、彼女を守れなかった事への……。


「……どうした?」


 いつの間にか沈黙が続いていた事に気付いて俺は氷雨に呼び掛ける。氷雨は此方を見る事はなくて、ただ一つだけ問い掛けた。


「先輩。もし、私も動けなくなったらどうしますか?」


 感情を圧し殺したような淡々とした、しかし震える声音での質問だった。俺は彼女の心中を慮る。そして答えた。正々堂々と、答えてやった。


「んっ……!?」

「此れでも鍛えているからな。餓鬼二人くらい背負って見せるさな。……梔子元班長の嫌味も聞きたくないしな」


 若干冗談めかして、何なら頭を乱暴に撫で回してやった。抵抗はなかった。ただ小さく口を開く。


「……そう、ですか」


 呟いた氷雨は笑っているように見えた。面で見えないが、多分下手糞な笑顔だった。


「因みに俺の場合は背負えるか?」

「それは……ごめんなさい。腕力ないので」

「正直だな!!?」


 ……取り敢えず、絶対に動けなくなる訳にはいかない事ははっきりとした。







 それから少しして、俺達は洞窟を出立する事になる。索敵の結果、付近を徘徊していた二体の大妖が、相争いながら遠ざかっている事が判明したからだ。


 残念ながら、ロリゴリラ様の御食事タイムは本人の意志に関わらず取り止めになりそうだった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

「忙しいわね?動くの?」

「はい。禁地なだけあってこの深林は妖の密度が高く、大妖が遠ざかる今は貴重な機会です。これを逃す訳にはいきません。どうぞ御容赦を」


 荷や装備の確認を行いながら俺は説明する。姫様は洞窟の奥で凭れたままそんな俺を詰まらなそうに見やる。


「先輩、南東の方角より中妖が三体、此方に近付いています……!!」


 洞窟の出入口から駆け付けてきた氷雨が囁き声で報告してきた。俺はその報告に顔を歪める。


「中妖か……通り過ぎるまで待つってのもなぁ」


 下手したら長々と近場に屯するかも知れない。そうなれば符を無駄遣いする事になる。また大妖が出張って来るかも知れない。事態が好転するまで待ち続けるのは賭けだった。


「誘引用の臭い玉ならあるんだが……」


 目的の安全地帯まで走って半刻の距離を必要とする。ここで使っては残数の問題の他、投擲なので射程距離が限られる。何よりも気体のために継続時間は長くなかった。下手すれば引き寄せられた妖がそのまま此方とかち合う可能性もあった。


「式神は……使えないしな」


 今現在の俺と氷雨は式神使役の技能はない。ロリゴリラ様は式神を自由自在に使える状況ではなかった。野生動物を使う手は……そもそも真っ当な野生動物なんているのか?


「臭い玉、頂ければ陽動に行きましょうか?」

「二手に別れると?駄目だ。人手不足なんだ。俺一人で残りの仕事を片付けるなんざ無理だぞ?」


 言い訳であった。陽動に向かう氷雨が生きて合流出来る保証は皆無だった。

 

「しかし……」

「待て待て。早まるな。もう少し考えさせろ」


 そうは言うものの、上手い手立てが思い付かない。俺は眉間に皺を寄せながら必死に考える。周囲を見渡す。不安を隠して此方の様子を伺う後輩と姫君と視線を交差させる。糞、考えろ。考えろ。考えろ。考え、ろ……?


「……あるいはアレなら?」


 ある意味で天祐が、脳裏に過った。


「……?何か他に手があるの?言って見なさいな。検討して上げるわよ?」


 俺の殆ど独り言に近い呟きにロリゴリラ様が反応した。高慢な上から目線の物言い。しかし其処には事態打開のための期待感が滲み出していたのに俺は気付いていた。


「はい。……いや。しかし、姫様には一肌脱いで貰う必要がありますが宜しいので?」

「ふん。何を今更!この状況を切り抜けるためならば、私を嵌めてくれた連中を復讐するためならば何だってやるわよ。さぁ、言って見なさいな!!」


 俺の警告に対して、姫様は鼻を鳴らして言って見せる。実に尊大で高慢で自信に満ち満ちた物言いであった。


「成る程、それは結構です」


 俺はそんなロリゴリラ様の宣言に恭しく頷いた。言質は取った。ならば……。


「……」


 ちらりと俺は氷雨に視線をやった。氷雨は俺の視線に首を傾げて、一瞬遅れてそれを悟った。悟って面越しにでも分かるくらいにジト目で見られた。止めろよ、俺だって辛いんだよ、この決断は。


「さぁ!勿体ぶらないでさっさと説明しなさいな!!」

「はい。説明致しましょう。それは……」


 結果?そうだな、俺が説明を始めた途端にロリゴリラ様の表情は凍りついたと言っておこう。


 ……さて、では作戦を仕込むとしようか。俺の名誉と引き換えにな?





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