頭上で回るは観覧車
@chauchau
第1話
遊園地が嫌いだった。
珍しいかもしれないけれど、ないわけじゃないだろう。
これだけ人間が多い世界で全員に好かれるものなんてありはしないんだから、僕みたいに遊園地が嫌いな人だってきっと居るはずだ。
でも、
それでも、遊園地が嫌いな理由が僕と一緒な人は居ないはずだ。
だって。
「赤」
「……」
「黒かぃ?」
「……」
「そうか、黒のほうが好きか」
「何も言ってませんよ!!」
「観覧車は口ほどにモノを言うと言うからね」
からんからんと音が鳴る。
「目ですよ、それは!」
先輩の視線は僕、の頭上に向けられる。
「君の場合は、」
今日もむなしく、僕の頭の上では、
「観覧車だろう?」
観覧車がよく回る。
※※※
頭の上で観覧車が回っている。
この文章を読んで普通はどんな光景を想像するだろうか。日本人として日本語を勉強していれば、おそらくは観覧車の下に居る人が、回っている観覧車を見上げている光景を想像するんじゃないだろうか。
でも、僕は違う。というか、僕の場合は違う。
まさしく回っているんだ。僕の頭の上で。観覧車が。何を言っているんだって? 僕だってそのツッコミが出来る側に立っていたかったよ。
僕の頭の上に観覧車が生えたのは、小学生の時だった。前日に親といくはずだった遊園地に大雨の影響で行けなくて拗ねて泣いてしまった僕。次の日起きたら頭に観覧車が生えていたんだ。
それはもう大慌てになったよ、親がね。
ありとあらゆる病院に連れまわされて分かったことは、この観覧車は僕の脳と直結してしまっているせいで無理に取ろうとしたら脳を傷つけて、良くて植物人間、普通以下は死んでしまうということ。悪くてじゃなくて普通以下がミソだね。
学校では話題になり、それがテレビを呼び寄せて……。
そこくらいからだったかな。この観覧車が嫌いになったのは。それはもうネタ扱いなわけだからね。あの時知ったけれど、テレビの人たちにプライバシーという言葉は備わっていないんだろうね。時々インタビューにしにきた芸人さんたちのほうが気遣う言葉をくれたものだよ。
人間不信に陥って、友達だった連中とも疎遠になって。
それでも両親とだけは仲が悪くならなかったのがせめてもの救いだったろうか。
父が、この状況でお前の将来を助けてくれるのは学歴と金だ。と、有無を言わせず勉強を教え込んでくれたおかげで一流国立大学にも入学できたわけだよ。
で。
「残念だが、今日の私の下着は白だ」
「聞いてませんよ!」
「嬉しそうに回しているくせに」
大学には変人が多いという話。だから頭に観覧車を生やしていても大丈夫かもしれないという母の良く分からない理論に期待してはいたものの、想定とは違う変人が連れてしまった。
それが、彼女。
名前を先輩。
……。
いや、分かっていますよ。そんな名前あり得ないだろうって言いたいんでしょう? 僕だってあり得ないと思ってはいますよ。
でも、だって先輩に何度聞いても先輩と呼びなさいとしか教えてくれないんですから仕方ないじゃないですか!
僕が入学したときにはすでに大学内で多方面から話題をかっさらっていた先輩は、その年の入試主席だとか、ミスコンに参加していないのに一位を取ったとか、研究室でヤバい薬を調合して部屋を吹き飛ばしたとか、財布の中のカードの色がブラックだとか、駅の改札を触れずに破壊したとか、変人レベルのカンストも甚だしかった。
そんな先輩がどうして僕に興味を持ったのか。
いや、はい。そうですね、頭に生えた観覧車のせいですね。分かっていますよ。それでもよく小説にあるように凡庸な青年と変な先輩との紹介シーンがしたかったんですよ!
「嬉しかったり肯定的な感情の時は時計回り、逆に悲しみなどの感情では反時計回りに回る……と」
「そんなこと調べて何がしたいんですか」
「さて? 知りたいと思うことに罪はないものさ。それがどう利用できるかは、それからの話だろうて」
「間違いなく使い道のない情報ですよ」
「だが君の下着の好みは知れたぞ」
「別に黒が良いとかそういうわけじゃなくてですね!!」
「確かに私には黒が似合うからな」
「そういう意味でもなくてですね!?」
「えー?」
「ふっぐっ!!」
思わず観覧車をがっしりと掴んで顔を逸らしてしまった。
先輩の一番ズルいところは自分の美貌を理解して、かつ、僕の気持ちも理解した上でいまみたいに可愛く覗き込むなんて行動をしてくるところだ。
単純と笑いたかったら笑えよ!
だってそうじゃん! 小学校から全然他人と絡まなかった僕が、観覧車のことで馬鹿にしてこないしかも美人と大学生活を送ったらそれはもう惚れるじゃん! 悪い!? 惚れたのは僕のせいかな!? 仕方ないよね!!
「君をからかうのは楽しいがこのくらいにしておこうじゃないか」
「……今日もですか」
「当然だろう? さあ、行こうじゃないか」
立ち上がった先輩の顔は逆光のせいでよく見えないけれど。
差し伸べてくれた手に有頂天になる簡単な自分が馬鹿らしく、先輩の手が触れた途端走るぴりっとした痛みにも喜ぶ自分がもう末期だと笑うしかなかった。
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