4章 蜘蛛足



「うーん。スペクタクルー」


 古来より、人々は巨大な獲物を狩る為に力と力を合わせたとされている。


 巨大なコミュニティを保持し続ける為に衛兵と農民を分け、寒冷期や乾季に喘ぐ国民に、王墓を造らせて酒と肉を与えるなど様々だった。しかして、人間という種族では不可能な現実を目の当たりにするのも有史以来、よくある話だった。


 例えば洪水。例えば噴火。例えば疫病。


 打ち勝つには、余りにも割に合わない災害に人々は逃げる事しか出来ずに死ぬ。


「深宇宙からの先触れだ。耐えてみろよ」


 ホテルに出ると同時に高く捧げた槍が、あの方のように青紫色に光輝く。


 瞬時に仮想世界から異次元の口が開き、水銀の眼球を解体した手足が到来した。我々を引き千切った人間の手のように、傭兵達は五体をバラバラに崩していく。恐慌状態となった幾人かがマズルフラッシュを上げて四肢に立ち向かうが、立ち向かうだけだった。


 刺し貫かれた胸で持ち上げられた一人が自重に耐えきれず、真っ二つに分かれる。


 見応えのある光景ではないか。自分は救われる側だ。自分は扱う側だ、と確証しいていた成人男性達が逃げ惑い、失禁する姿は。


「ちゃんとカテーテルは付けたか?ちょっと目覚めるかもしれないぞ?」


 足元に転がってきた頭を持ち上げて、小さく知らせる。辛うじて脳に意識が残っていたらしく「あ、うぁ」と頷いた。


「返事が出来る大人は好きだぞ。虫と同じくらい」


 放り捨てた頭から血が弾けるが、もう興味がない。今も戦闘を起こしているひとりを貫き殺して新たな頭を持ち上げて伝える。


「しおらしく可愛げある優しい美少年はもうヤメだ。今度からは大人の対応をしてやるぞ♪」


 鋼鉄の四肢に捕まって空を駆ける。血の滴る凶器に連れられて向かう先は、あの病院だった。上空からでもわかる白と血に満ちた建物へ着陸した自分は槍を造り出す。


「さぁさぁ、リベンジだ」


 そして玄関へと投げ込む。


 暗い病院から遠吠えともつかない絶叫が聞こえる。姿の八割を消した長いかぎ爪を晒す猟犬が、仮想世界の太陽に照らされた。曖昧とした姿なのはいまだこちらへの世界を計り切れていないからか。それとも彼らは、ああいった姿が本質なのか。


「所詮猟犬止まりか」


 手の中で再構築した槍を構え、身体を囲むように鋼鉄の四肢を携える。


「仕えている者の格の違いを教えてやるよ————」


 無音で空中を掴み、疾走するかぎ爪を女神の力で出迎える。


 切り裂けると確信しても一撃であったようだが、軽々と弾き返された獣に間髪入れずに新たな四肢を差し向ける。零れ出る穢れた肉片から血は零れない。だが。円を描く様に再度襲い掛かる。


「遅い遅い」


 自分の槍と似た姿を持つ鉄柱を地面から呼び出す。


 既にこの身はカナンの一部と成り果てた。ならば、この世界全域が我が肉体である。そもそも、この世界は我々の脳から生み出されたのだから。


「操れる夢って最強だろう?」


 四方八方。自分が喰い殺した死体から、砕いた窓ガラスから、地面の煉瓦ブロックから。ありとあらゆる箇所から続けざまに放たれる槍に遂に刺し貫かれる。


 姿が見えないのなら、空間が飽和する波を放てる窮極の神の使い構築すればいい。


 或いは、何者をも逃さない究極の目を持つ化け物を再現すればいい。


「だけど残念ながら。俺は特別ではあるけど、特殊ではないんだよ」


 意志を持つ鉄骨のオブジェに囲まれた自分は、槍を手に軽いステップを踏み込む。そして完全に四肢によって体を抑えられた、今も姿を見せない猟犬へと近づく。


「この腐臭、酷いな」


 猟犬から漂う匂いを鼻で笑いながら、病院の待合所へと侵入する。


 あれは見てはいけない物を『見た者』を追いかける猟犬である。不死身に近い存在であるのだから殺せる訳がない。ならば、やはりお引き取り願うしかない。


「最初から気になってたんだ」


 二本の針を持つ時計。よく見る機器ではあるが、このカナンで初めて見る形態を持っていた。何故アナログな針時計なのだ?何故デジタルでいのか?無論、意味があるからだ。


「唯一、アイツだけが逃げ出す可能性があったから。ここに縛り付けた」


 あれでなかなか面倒見の良い友は、例え自分達を殺した種族であろうと見殺しには出来ない。しかも、あの猟犬がいつ到来するかもわからない。


「責任感を逆手に捕らえれたな。本当に、人間ていう種族は酷いよ。俺達に頼っておきながら人質を使うんだから。————待ってろ。他の猟犬を食い止めるのも終わりだ」


 一匹だけの筈がない。なのに、猟犬は一匹だけで狩りを行っていた。


 肩に槍を持ち上げ、解放の刻を知らせる。あれだけ恐ろしかった獣も、今は————。


「だから遅いって」


 敢えて晒した背中を切り裂く爪は、自分の手首のように砕けてしまった。


 振り返り様に薙ぎ払った槍が、顔面を捉えたらしく泣き声を上げて再度外へと弾き出される。そして、今度こそ四肢によって縫い付けられる。


「あの方から受け取った力だ。自分に使わない筈がないだろう?」


 切り裂かれた制服とワイシャツの奥。肌たる部位は、もはや鋼鉄と変わらぬ強固さを誇っていた。そんな事とも露知らぬ獣の声を無視して、自分は槍を時計へと投げた。


 命中した槍が第三の針のように時計の中央で止まる。病院中から先ほど聞いた悲鳴が響き、それが徐々に消えていく。彼らを呼び出した角度の根幹は消え失せた。


 来るとわかっているから、敢えて造り出した罠とびらは破壊された。


「————ああ、わかってる。遅くなったけど、迎えにきた」

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