第156話 バカ騒ぎの仲間

「――さぁ、宴です! 飲んで騒ぎましょう! 乾杯!」

「「「かんぱーいっ!!」」」


 ユキの音頭により、それぞれがジョッキを持ち上げた。


 辺りはすっかり陽が落ちた夜。ステップは相変わらずプレイヤーたちの光によって賑やかさが落ちてない……いや、それどころか日中よりも更に賑わっているようにも見える。


 さて……日中はずっと留守だったノルズのスペースにも光が灯され、プレイヤー数人が集まっていた。


「いやぁー、うまいっ! やっぱり運動後の一杯は格別だね!」

「……ん? ゴマ斑さんはどこかでレイドやってたのか?」

「ボク、日中で飲食店にいたの、見かけたよー」

「ゆ、夕方は他クランのプレイヤーたちと飲んでたね……」

「……初日に魔王船で会ってた日には、確かロードの集団と大食い対決してたのを見たな」

「「「この人、飲食以外は特に何もしてないんじゃ……?」」」

「いやぁー……うまいっ!」


 果たして彼女が本当に動いていたのかどうかはさておき……ノルズに招待されたゴマ斑はジョッキに注がれたビールらしきドリンクを美味しそうに飲み干す。


「ノルズの新記録が更新されたと訊きまして」

「バーサーク縛りでヴァールナイト30分討伐ってマ?」

「いやでも、ノルズ以外にもプレイヤーいたんだろ? そこまで縛られてなくね?」

「なんかそこまでPSが高くない三人加えての計八人、ノルズはほぼサポートに徹してたらしい」

「ますますヤバくて草」

「まあジャスガ魔人さえいれば不可能はないかと」

「その他のメンバーもPS低くないんだよなあ」


 そしてどこから聞きつけてきたのか、バーベキューコンロを囲む黒フードの集団……ロードの面々が、バーベキューを楽しんでいた。


「あ、あのぅ……私たち、ここにいてもいいんでしょうか……?」


 と一乃がおそるおそるユキに尋ねてくる。


 五欲の一人、匿名フードの集団……普通じゃないプレイヤーばかりが集まっているこの空気に彼女はすっかり萎縮してしまっていると、ユキは「なに言ってるんですかっ」とテンション高めに返してきた。


「今回のMVPはクローバーナイトの皆さんじゃないですか! もっと堂々としてていいんですよ!」

「ど、堂々と……」

「まあ、もっとも――」




「あれがノルズたちが助けた三人組か」

「普通に可愛くね?」

「あの容姿なら戦犯でも許せるわ」

「あぁ~いいっすね~」

「俺、あのブロンド髪の子がタイプだな」

「ロリコン乙」

「金髪の子、普通可愛い。普通に彼氏いそう」

「わかる。なんか普通に接されて、勘違いして告白してみたら『あはは~……ごめん、もう彼氏いるんだ』って困ったような顔されて断られたい」

「銀髪の子に敬語で蔑まされたい。ゴミみたいな目で見られたい」

「おまわりさん、こいつらです」




「――あんな連中がいるんじゃ、隠れたくもなる気持ちがわかりますがね」

「あ、あはは……」


 普通に聞こえてくるロードたちの会話に、流石の一乃も苦笑するしかない。というか、ドン引きである。


「……? 疑問。ンミミ、ロードの連中が言ってる意味、わかる?」

「ん、んんー……えーっと……わ、私もわからないなぁ……聞いてても理解できなさそうだから、聞かないフリしてよっか?」

「了承」


 どういう生き方をしたら、あんな常人離れした会話が生まれるのだろう――とユキも呆れた表情を浮かべていたが、それ以上は考えないようにした。


「そんなことは置いといて! 最後らへんは大分安定してましたね! すごいです!」

「い、いえ! ノルズの皆さんの協力があってこそなので……!」

「それでもすごいですよ!」


 ノルズとクローバーナイトたちはあの後も何度かヴァールナイトに挑んでいた。30分以上かかってしまうこともあったが、最後の周回はほぼ30分以内をキープしていたのである。


「これも一乃さんたちが成長してる証拠ですよ! 今までバカにしてきた連中を見返せますね!」

「………………見返す……」


 と、弾んだ声で褒めるユキだが……対して一乃は彼女の発言の一部を反芻し、表情にややかげりを見せた。


「そう、ですよね……『認めさせる』じゃなくて……『見返す』なんですよね、私たち……」

「……? えっと?」


 首を捻るユキに、一乃は悲しそうに微笑む。


「ほら、二つの言葉って似てるようで正反対じゃないですか。『認めさせる』っていうのは相手から評価してもらうってことで、ポジティブな意味に捉えられます。でも、『見返す』は――違う」


 見返す。

 意味は――侮りや辱めを受けた仕返しとして、相手をしのぐ状態にある自分を誇示すること。


「結局……結局、評価されてないんですよ。他のプレイヤーたちからすれば、ノルズの皆さんがいたから。私たちは何も変わってない――まるで成長してないようにしか見えないんです」


 言葉のあやだったのかもしれない。

 だが、そうだとしても――一乃自身、周囲からまだ認められていないことは薄々感じていた。

 『見返す』というのが最も適切な表現だと認めていた。


「あっ……すみません、こんな場で! ただの愚痴みたいなもんなので、あまり気にしないでくださいっ!」

「…………」


 と手をぶんぶん振る一乃に対して、ユキは顎に手を当てて考え込むようにして――一言。




「……えっとぉ………………それが何か問題でも?」

「………………え?」


 きょとんとした顔をするユキ。思っていた反応と違い、一乃も呆気にとられたようにポカンとしてしまう。


「一乃さん」

「えっ、あっ、はい!」

「今までバカにされてきた人たちに認められて、嬉しいですか?」

「………………うーん……」


 考えてみれば――そこまで嬉しくない。

 自分を他人が評価されるのは嬉しいが……過去にバカにしてきたプレイヤーたちが、突然手のひらを返したように褒めちぎってくる。

 想像してもどう反応すればいいかわからないし、なんなら「今までのあの態度はなんだったんだ」という怒りさえ湧いてきてしまう。


「今までバカにしてきた相手を見返す……これって、そんなに悪いことなんじゃないかなって思います」

「……で、でも、それはネガティブな意味を持ち合わせていて――」

「別にいいじゃないですか。人間、誰しもネガティブな感情くらい持ってますよ」

「……っ」


 反論できない……が、完全に納得できてなさそうな一乃の顔を見て、ユキは「一乃さん」と続ける。


「私、敵味方含めた全員のハッピーエンドって終わり方……嫌いなんです」

「えっ!?」

「あれ、意外でしたか?」

「ま、まあ……」


 意外だ。今まで行動してきた中で抱いたユキの印象は『困った人を見捨てない博愛主義者』だったので、そんな発言をするとは思ってなかったから。


「だってそうじゃないですか。今まで敵だった人が何の前触れもなくハッピーで終わるだなんて、全然納得いきませんもん」

「そ、それはそうですが……」

「私はですね。ビターエンドでもトゥルーエンドでもない、私の仲間全員が幸せになる超ウルトラスーパーハッピーエンドが好きなんです」

「ちょ、超ウルトラスーパーハッピーエンド、ですか……」

「はい、超ウルトラスーパーハッピーエンドです。他の人はどうなろうが、知ったこっちゃありません」


 今までの戦いもそうだった。

 ユキは誰も傷つかない選択肢を選んできたわけじゃない。ユキが本当に守りたいもの……守りたい仲間たちのためだけに、必死に戦ってきたのだ。


「それと……その中に一乃さんたちクローバーナイトも、既に入ってますからね?」

「……えっ?」

「あぁ、やっぱりわかってなかったんですね。つまり――」


 驚く一乃に対し、優しい笑みを浮かべる。


「私は……いいえ、今ここでバカ騒ぎしてる私たち全員は、一乃さんたちを認めてるってことなんです。敵視してきた外野なんてどうでもいいじゃないですか」

「――っ」


 ――一乃たちのことを認めてる。


 ユキのその言葉が……どれだけ一乃の心の救いになってくれたのだろうか。


「――わわっ!?」


 相手が年下であるのにも関わらず――気が付けば、彼女の小さな体に抱き着いていた。


「ありが、とう――ありがとう、ございますっ……!」

「…………」


 そう言う一乃の声は――微かに震えていた。

 顔を埋める彼女が今どんな表情なのか……そんなことを考えるのは無粋だろう。


 相手が年上であることはわかっているが――ユキは一乃の頭を優しく撫でていた。



「ん? どしたの龍矢さん?」

「い、いやっ……なんでもないぞ……」


 ちなみに、近くにいた龍矢も友情ものに弱く、隠れて涙目になっていた。


 と、しばしの間ユキに抱き着いていた一乃だが……少し落ち着くと、ボソリと呟く。


「………………お姉様」

「ん? 今なんて?」


 聞き取れなかったユキが首を捻ると、一乃は潤んだ瞳でじっと見つめ――とんでもないことを言ってきた。


「あの、お姉様……ユキお姉様と、呼んでもいいですか……?」

「…………………………………………」


 お姉様。

 ……お姉様。


 ――お姉様!


「お――おおおおお姉様、ですっ!?」


 予想だにもしなかった彼女の言葉に、流石のユキも面食らってしまう。


「んっ、いいなー。私もお姉様って呼びたーい」

「同調。私もお姉様がいい」


 隣で聞いていたンミミとアイも乗っかってくる。


「ま、待ってください! アイちゃんならともかく、一乃さんとンミミさんは私より年上なわけで! 流石にそう呼ばれるのは身に余る言葉というか、なんというか――!」

「「「ユキお姉様っ!」」」

「んひゃぁぁぁあああああっ!!」


 落ちた。

 三人同時に名前を呼ばれ、ユキはいとも容易く落ちた。

 ユキ、チョロ過ぎ問題である。


「随分楽しそうだな、こっちも」

「ノ、ノノノノノ! ノインさんノインさんノインさんっ!」

「おぉ、どうした?」


 と、丁度ドリンク片手にやってきたノインの肩をユキがバンバン叩く。


「お、おおおお姉様! 私のこと、お姉様って呼んでくれるみたいなんですっ!!」

「「「ユキお姉様っ!」」」

「ぴゃぁぁぁあああっ! 聞きました!? 聞きましたかノインさん!!?」

「あぁ、ちゃんと聞こえたよ。よかったじゃないか先輩」

「よ、よかっただなんて……! えへへぇ……もう、ノインさんったら! もう、もうっ!」


 ――先輩、めっちゃ嬉しそうだな……。


 ちなみに言うまでもないが……興奮したユキがノインの身体を叩く度にジャスガしているので、彼の身体がリズミカルに光っているという、なんとも奇妙な光景が繰り広げられている。


 その様子を見たンミミがやや怪しげに笑みを浮かべながら、隣にいる龍矢へさり気なく寄っていく。


「んふふっ……私としては、今日龍矢さんにいーっぱい教えてもらったからなー。龍矢さんのこともー『龍矢お兄様』って呼んでいーい?」

「あっ……こらっ、ンミミ! やめなさい!」


 慌てて止めようとする一乃だが……それより先にンミミがぴったりと身体を龍矢の腕に絡みつき、上目遣いで彼を見つめた。


「あっ、ちょーっと堅苦しいから『龍矢お兄さん』がいいかな? そ・れ・と・もー……『龍矢お兄ちゃん』がいい? 好きなので、いーよ?」


 甘えた声、妖艶な笑み、なんとも言えない雰囲気。

 男なら絶対抗えない3コンボを繰り出される。これで落ちない男はいないだろう。



 ……だが、この男は違った。


「ふっ……呼び名など、所詮は誰かを縛るような呪いのようなもの。どんな風に呼んでも、俺は俺なのさ……」

「……ん?」

「しかしだな、ンミミ。俺はお前のことを弟子だと思ってるし、可愛い弟分枠は既にソウタがいるんだ」

「……んん?」

「もし呼ぶなら『師匠』とか『先生』とかの方がいいな……というか、『お兄さん』呼びはやめようか。うん」

「んん……んんんっ!?」

「「ンミミの色仕掛けが……通用しないっ!?」」


 いつも通りの龍矢に対してンミミのみならず一乃とアイも驚愕の表情を浮かべると、近くまでやってきたRui子が「あー」と気まずそうに助言を入れる。


「ダメだよンミミさん。この人、男女平等の究極形を体現してるようなものだから。そういうの、一切通用しないよ?」

「あ、あと、実の妹とはちょーっと仲が悪いから……兄系の呼び方はNGかもです……」

「ん? ソウタよ、実の妹とはなんだ? 俺に妹などいないぞ?」

「――とまあ、こんなレベルで仲が悪いんだよ。割と似てるってのに」

「似てる!? あんなヤツと何処が似てるって言うんだ!?」


 ンミミに身体を寄せられたことよりも、妹のことに過度な反応を示す龍矢だが……ンミミにとってはそれどころじゃない。

 いや、むしろその態度を見て、ますます動揺していた。


「う、嘘っ……こんな、こんなことって……!」

「き、気に入った男性プレイヤーをからかって遊ぶことに関しては百戦錬磨のンミミが、負けた……!?」

「……驚愕。今日一……いや、人生一の驚愕。こんなこと、あるんだ……」

「う……ぅぅうっ……!」


 RROを始めて戦闘はまあまあ敗北してきたが、男のからかいに関しては負け知らずだったンミミ。

 初めての敗北を味わった彼女は……顔を俯かせて、拳をブルブルと震わせていた。


「ンミミよ。まだお前にはわからないだろうが、これぞ蒼茫なる終焉を求める男の生き様なのさ」

「いや、長年いるボクたちからしても意味わかんないから。こっちはわかってる風な言い方やめよっか? というか、わかりたくない」

「ふっ……そう思ってる時点でまだ子供だな。思考を柔軟にしてこそ、真の大人だぞ」

「……わかった、わかったよ」

「ほら見ろ、ンミミはわかろうとしているじゃないか。流石うちの女子たちより年上なだけある」


 なんて彼は暢気なことを言ってるが……どう見てもそんな意味じゃないってことくらい、龍矢以外はすぐにわかった。


「わかったよ、龍矢さん……いつか、必ず、わからせてあげる……!」

「ん? はっはっは、濃藍の空からいつでも待ってるぞ」

「うん、必ずね……!!」


「……うちのメンツとは仲良くやっていけそうだけど。本当にノルズへ入らないのか?」


 果たしてあれが仲良くやっていけそうなのかどうかはともかく。

 お姉様呼びされて未だショートしてるユキに代わりにノインが訊いてみると、一乃は「はい」と頷く。


「とても魅力的なお誘いなんですが……私たち、もう少し考えてみたいんです」


 そう……クローバーナイトは三人組である為、クランは組んでない。

 なのでユキは日中に「ノルズに入りませんか?」と試みたのだが……三人が出した答えはNO。厳密に言うと、『保留』だった。


「ユキお姉様の……ノルズの皆さんのおかげで、少し成長した気がします。なので、もう少し……もう少しだけ、自分たちがどこまでやれるのか試してみたいんです」

「……そうか」


 その揺るがない瞳を見て、ノインはふっと笑みを浮かべる。


「まあ、困った時は連絡してくれ。ノルズはいつでも力になるぞ」

「……! はい、ありがとうございます!」


 と。


「……ん?」


 宴も盛り上がってきたところで……ノインは後ろから気配を感じ、振り返る。

 見てみると、後ろにはガスマスクの男……魔王軍の一人であるゲンマがノルズのスペースに近づいていた。


 ノインと目線が合うと……ペコリ。律儀にお辞儀をしてから、そっとユキを指さす。

 どうやら、ユキに用事があるようだ。


「ん、あぁ……先輩」

「お姉様……ユキお姉様……へへへっ……」

「おーい、ユキ先輩ってば」

「――ハッ!? な、なんですか!?」


 しばらく自分の世界にトリップしていたユキだが、目の前で手をぶんぶんと振ることによってようやく正気に戻ってきた。


「いや、なんかゲンマが用事あるらしいぞ」

「へっ、ゲンマ、さん……? ラヴィ魔王様のゲンマさんですか……?」

「うん、ほら後ろ。行ってきたらどうだ?」

「は、はあ……」


 ノインに促されユキも後ろを振り返ると……「ちょっとこっち来い」という風なジェスチャーをしている。


「え、ええっと……何か、御用でしょうか……?」

「……あー」


 面識があるとはいえ、RROナンバー2の存在。しかもそこまで絡みがないので、やや畏まった態度でユキが訊いてみると、彼はやや話しづらそうに顔を反らしながら語りだす。


「これ、俺がノインに教えちまったことだから、今更なんだけど……」

「……? はい」

「お前らさ。今、隠しボスとエンカウントしようとしてるんだろ?」

「あ、あぁ、はい! ノインさんのお師匠さんかもしれないので、是非会わせてあげたいんです!」


 もしかしたら会わせてくれるヒントでも教えてくれるのだろうか。

 そんな淡い期待を抱いた彼女だったが……ゲンマの次の言葉で見事に砕かれることを知る。



「………………へっ……?」

「今回の隠しボスだが、どうも怪しい。


 辺りは人々が行き交っているのにも関わらず……ユキの身体が夜風で一気に冷えたような感覚がした。

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