第36話 250の刃を受け止めろ!

【リザードキング・スケルトン Lv.95】


「…………えっ」


 骨だけとなったリザードキングに……ユキは理解が追いつかなかった。

 逃げるという選択肢すら思いつかない。

 目の前に現れた新たな敵をただ呆然と見つめることしかできなかった。


 そんなユキを見つめるリザードキング・スケルトンの肋骨辺りから紫の球体のようなものが出現する。

 妖しく光りだすその球体を……ユキは反応できない。


「――【アクセル】!」

「っ!!」


 代わりに動いたのはノインだった。

 高速でユキを掴むと、その勢いを殺さずにリザードキングから離れていく。


「大丈夫か?」

「ノ、ノインさん……」


 ノインに抱えられ、ユキは気が付く。自分が恐怖で震えていることに。

 ユキを見失ったリザードキングが次に標的にしたのは――


「……まあ、そうなるよね」


 ノインが離れたことにより一人となったリナにリザードキングが突進していく。

 彼女は想定済みであった。最後に半分以上のダメージを出したのはリナ。ということは自分にヘイトが向けられるのは当然だろう。


「でも、そう簡単にやられるわけにはいかないよ――【ナイトクラッチ】!」


 しかし……彼女には大きな誤算がある。


 このまま正面衝突すればリナは大きなダメージを受けるだろう。それはなんとしても避けたいところだが……いかんせん、相手の動きは速い。近距離職のスピードならともかく、魔法職の彼女には厳しいものがある。

 だからこそバインドスキルを発動したのだ。さっきまでリザードキング・ゾンビにバインドスキルは1~2秒程度で効いていた。1秒でも相手の動きを止めれば、自分の有利な状況に出来る――彼女にはその確信があった。


 ――だが、相手は未知の敵。


「なっ……!?」


 リザードキングに闇の手は出現せず……リナ自身が【ナイトクラッチ】によって拘束されたのだ。


 ――アンチバインド!


 バインドスキルを跳ね返す敵の固有スキル。噂には聞いていたが……トップランカーのリナでさえ、その固有スキルに出会ったことはまだなかったのだ。


 初めてリナの表情に焦りが出た。


「こ、のっ……!」


 自らが拘束されたことにより、リザードキングの突進にロッドを構える。多少のダメージを覚悟しながらも反撃のチャンスを試みる。


「……?」


 しかし……リザードキングの取った行動は不可解なものだった。


【*・。リナ。.・*

HP 1128/1128

MP 1588/1788】


 両腕でリナをホールドするだけ。ゴツゴツとした不快感はあるが、彼女自身にダメージはない。


 ――チャンス!


 相手は至近距離で攻撃してきてない。ということは、今攻撃をすれば確実に反撃可能。 


 しかし……リザードキングの肋骨らへんにある球体が紫の光を放ち始めていることに彼女は気づいてない。


「【フレイム――」


 リナはロッドに魔力を込めたところで――違和感を感じた。


【*・。リナ。.・*

HP 1025/1025

MP 1088/1788】


 まだ魔法を発動してないのにMPが消費している。こんなことは一度も起きたことがない。


 ――いや、それよりも……!



【*・。リナ。.・*

HP 908/908

MP 788/1788】



「――! 【フレイムスロウアー】!」


 慌てて火魔法を放つリナだが……まリザードキングは放してくれそうになかった。

 リナが感じたもう一つの違和感。それは……HP。


【*・。リナ。.・*

HP 758/758

MP 788/1788】


「くっ……うああああっ……!」

「リ――リナさんっ!」


【*・。リナ。.・*

HP 428/428

MP 388/1788】


 あり得ないスピードで最大HPが削られていく。


「――【フレイムスロウアー】!」


 苦し紛れに最後の魔法を使うが……リザードキングの拘束は解けない。


【*・。リナ。.・*

HP 98/98

MP 8/1788】


「……っ!」


 そして……とうとう魔法を発動できないほどまでにMPが下がってしまい、HPも100を切ってしまった。


「――【アクセル】!」


 ノインがある程度近づいたところでスキルを発動し、リナの元へ駆け抜ける。


「――っとぉ!」


 目にも止まらぬ速度でリナを救い出し、リザードキングの拘束から無理矢理脱出させた。


【*・。リナ。.・*

HP 1/1

MP 28/1788】


「――リナさんっ!」

「あ、あはは……ちょっと、ミスっちゃったな」


 今にも泣きだしそうなユキに、リナは弱々しく笑みを浮かべる。


 リザードキングから離れたところでMPはだんだんと回復していくが……HPは元に戻らない。


「龍矢、Rui子! そいつには近づかずにこっちに来るんだ! 一旦、体勢を立て直す!」

「りょ、了解!」

「わかった!」


 ノインの指示に、離れていた二人も動き出す。


「ようやく、わかったよ……第16階層の紫のオーラを纏ったモンスターの謎が……」

「……アレか」


 チラリとノインが紫の球体を見つめる。


「そう、あの球体はおそらく生物の生命エネルギーを吸い取るもの……私たちプレイヤーだとHPとMPで、モンスターだと肉体とか……」

「じゃ、じゃあ、第16階深層からいたモンスターって……!」

「うん……こいつに吸い尽くされたモンスターなんだろうね」


 ユキは思い出す。第16から第18階深層にいた骨だけのモンスターたちのことを。


 スケルトン系に紫のオーラがなかったのは――このリザードキング・スケルトンから肉体を全て吸い取られたからだったのだ。


「第16階層に紫のオーラを纏ったモンスターがいたのもこいつの影響か」

「きっとここと第16階層はどこかで繋がっていて、たまたま通りかかったモンスターたちがあいつの能力で微量を吸い取られてた……私の推測、だけどね」


 だからこそ――神出鬼没。

 偶然だからこそ起こっていた現象でこそあるが……突入する前から、リザードキング・スケルトンの特殊能力の一部は見せられていたのだ。


「それよりも……あの能力、かなり厄介だね。早めになんとかしないと」

「いや、リナさんはここで休んでいてくれ。まだあんたの力は必要なんだ」

「ははっ……ごめんね……」

「わ、私のせいで……!」


 ――私のせいだ。


 ユキは弱ったリナを見て、自責する。


 もし、自分が油断してなかったら。

 もし、ノインの警告を素直に聴いていたら。


 きっと、こんなことにはならなかったのだろう。


「ノイン!」

「来たよっ!」


 と、二人もノインたちの元へ合流してきた。


「おそらくあの怪しい球体が原因だな……どうする? 撃つか?」

「いや、攻撃しなくていい。こっちにヘイトは向けたくない」


 弓を構える龍矢だが、ノインは制止する。


「でも、どうするの? あれ、遠距離攻撃じゃないと厄介なものでしょ?」


 Rui子の言う通り、あの能力は遠距離攻撃が有効だ。

 おそらくあの球体を破壊することによって能力は消えるのだろう。ということは近づかずに攻撃できるアーチャーやウィザードが優位なのだ。


 しかし――だからと言って、近距離攻撃は何も出来ないわけじゃない。


「俺一人で相手してくる」

「「「なっ……!?」」」


 立ち上がるノインに三人が絶句する。


「ま、待ってノインくん! 君は確かに強いけど……あいつはレベルが違うよ!?」

「それに近づけばHPを吸い取られるんだぞ! 危険だ!」

「バスケはチームプレイ。あまりいい手だとは思えないな」


 各々が否定な意見を述べるが……ノインは止まらない。


「なら、こうすればいいんだよ――【バーサーク3rdモード】」

「「……へ?」」


【ノイン

HP 1/1

MP 0/0】


 と彼が発動したのは――全てのステータスを攻撃と素早さに振った最大モード。


「……! ノインくん、そこまでの力を……!」


 ノインのモードにリナが思わず息を呑む。


「あの厄介な球を破壊したら合図するから……三人とも、しばらくの間ユキ先輩を頼む」


 チラリと意気消沈するユキを見て、彼は真っ直ぐとリザードキングに向かって歩いていく。


「ま、待て! そんなHPではすぐに……!」


 龍矢が後ろから声を投げかけるが……ノインは大丈夫だと言える確証はあった。


 それは……リナの残りHP。


 リナの残りHPが1で止まったのは、偶然だろうか?

 もし偶然じゃないとしたら?


「――【アクセル】!」


 リザードキングが近づいてきたノインを見た途端――一気に加速する。


『150』『149』『152』『155』『147』『152』『150』『151』『153』『147』


 ノインの10連撃。そのあまりの速度に誰も目で追いつけない。

 リザードキングは紫の光を放ちながらノインに拳を叩き込むが……彼は加速中にも関わらず、難なくジャスガする。


【ノイン

HP 1/1

MP 0/0】


「……やっぱりな」


 変わらない自身のステータスを見て、ノインはニヤリと笑った。


 最大HPそのものを削る特殊能力……どうやらHPを0にして強制的にゲームオーバーにすることはできないようである。

 まあHPが1で戦い続けられるかと言われれば、かなり至難の技だが……彼は違った。


 そう――HPを1にしてLv.100の師匠と渡り合ってきたノインは。


「久々に燃えるなっ!」


 回復も出来ない、HPも1から上がらない……圧倒的に絶望的な状況だというのに、彼は焦ってなかった。


 リザードキングの攻撃をジャスガしつつ、短剣で攻撃。1回のミスも許されない戦闘を、ちっとも苦しそうではなく……それどころか、楽しそうに戦っているではないか。


「……えっ、何あの人。こわっ」

「何あの動き。こわっ」

「私でもあんなんできないよ。こわっ」


 そんな動きを見て、三人は引いていた。

 確かに上位勢並みの実力は持っているとは思っていたが……これほどのものだとは思わなかったからである。


「…………」


 唯一彼の実力を知っていたユキは、黙って彼の動きを見つめていた。

 自分に足りないもの。それが何なのかを求めるように。


『153』


「……やっぱりリナさんのデバフがないと、ダメージは150前後か」


 さっきまではリナのデバフとバフがあったからこそ、あのダメージを出せていた。

 しかし、今は彼女のデバフが効いてない状態で戦っている。バフ自体はノインのジョブスキルで補っている状態だが……それでも思ったダメージは出せていない。


 そもそも、リナがデバフを撃ったら間違いなくヘイトが彼女に向く。今の状態がだけに、それだけは避けたかった。


「……ま、問題はないがな」


 そう言うと、迫り来る猛攻を捌いていく。


 リザードキングが両手をノインに向けて突き出す。

 すると、リザードキングの指10本の骨が彼目掛けて、勢いよく放たれた。


 だが。


「そんな規則的な攻撃じゃあ――当たらないなっ!」


 余裕そうなノインの声。


 それなりの速度がある遠距離攻撃を、彼は初見で全てジャスガしているのだ。



「いやいや、いやいやいや。確かに凄いプレイヤーだとは思ってたけど……ボクが想像してた何倍も強いんだね、彼」


 その様子を見て、Rui子はただただ絶句するしかない。


「バスケで例えるなら……そう。ガード、フォワード、センターの動きを一人でしていて、5人と相手しているようなもんだよ?」

「ガードとかフォワードとかはよくわかんないけど……5人相手に1人で戦ってるってことだね」


 バスケは5対5だということぐらいしか知らないリナは、Rui子の例えに首を捻りつつもノインがすごいということを言い表しているのだろうと辛うじて理解する。


「しかも見ろ。あれだけの猛攻を捌きながら正確にあの球だけにダメージを与えているぞ……」


 龍矢の言う通り、ノインは紫の球体にのみダメージを与えていた。

 初めて戦う相手だというのに、まるで相手の動きが見えているかのようである。


 このまま進めば、あの球体も破壊できそうだ。


「……でも、相手はLv.95。そう簡単に上手くいくとは限らないかもよ」


 しかしリナは警戒を解かない。

 それは数々の強敵と渡り合ってきた彼女だからこそ言える言葉である。


 そして――リナの言う通り、リザードキングは新たな攻撃準備を始めた。


 口を大きく開けると、左手を口に突っ込み、歯を取り出す。まるで入れ歯のように繋がっている凶悪な歯を右手にセットした。


 そして……セットされた歯は唸りを上げながら勢いよく回転を始める。


「「チェ、チェーンソー!」」


 その見たことのあるような挙動に龍矢とRui子は思わず声を上げた。


 一般的なチェーンソーは1分間に最大15,000回転する。今、リザードキングがつけているチェーンソーもどきが同じ速度だとしたら……1秒間に250回攻撃するという驚異的な数値を叩き出すことを意味しているのだ。

 おそらく攻撃力自体は低いだろうが……そんなの関係ない。例え1でも食らってしまえば、ノインは即ゲームオーバーなのだから。


 唸りを上げながらリザードキングがチェーンソーをノインに向かって振るう。


「――【アクセル】!」


 だがノインもそう簡単にやられはしない。加速スキルを駆使し、全てジャスガする。


「さ、流石ノイン……!」

「あの攻撃をもジャスガできるんだね……凄い!」


 見事ジャスガできたノインを見て、二人は安堵の息をつく。


「……どうして」


 だが……ユキとリナは違っていた。


「違うよ、二人とも……どうして彼は今、【アクセル】を使ったんだと思う?」

「どうしてって……」

使からだよ。裏を返せば、今のクールタイム中に次の攻撃が来ると――」

「――っ!!」


 ――ノインに防ぐ術はない!


 つまり、ノインですらジャスガできない攻撃を意味していることに気がつき、龍矢とRui子の表情が強張る。


 【アクセル】のクールタイムは30秒。その時間をリザードキングは待ってくれるわけがなく、すかさず次の攻撃がノインに襲い掛かってきた。


「――っ!」


 彼はその攻撃を真正面からではなく……真横から盾で弾く。


「――上手い!」


 思わずリナが叫ぶ。


 正面からの1秒間に250回の攻撃は防御不可能。しかし……軸となっている右手の骨をジャスガして軌道を逸らせば、防ぐこと自体は可能なのだ。


 その後もノインの激しい攻防は続く。


「【アクセル】!」


 正面から防ぎつつ、攻撃。クールタイム中は横からチェーンソーを弾いて軌道を逸らして攻撃。

 バーサークモードはとにかく攻撃してないといけない。解除されてしまえば、5分間のクールタイムがあるからだ。

 バーサークモードが解かれてしまえば、それこそ絶対絶命。



 そして、戦闘開始から5分経過。紫の球にもようやく変化が現れた。


「……そろそろか」


 幾度とない攻撃でヒビが入り始めた球を見て、ノインが呟く。

 塵も積もれば山となる。少ないダメージも積み重ねることにより、ようやく終わりが見えてきたのだ。


「【アクセル】!」


 チェーンソーを正面から受け止め、短剣を構える。


 そして最後の一撃にと一歩踏み出した――その時だった。


 彼の足元を掬うように、何かが横薙ぎしてきたのは。


「――っと!?」


 それはリーズにも見せた足払い。長い尾の骨を使ってノインの足首を確実に狙ってきた。

 素早く反応しジャンプして躱す。


 だが……それこそがリザードキングの狙い。


「っ!!」


 ノイン目掛けて、再びチェーンソーを振るう。


 そう――彼は今、空中に浮いている。横から弾くためには半身を横に移動させなければいけないが……今の彼にそれは出来ない。

 しかも【アクセル】は切れたばかり。


「あっ……!」


 ――正に絶体絶命!


 何もかもが詰んだ状態で3人も思わず目を見開く。


 しかし、誰しもが彼のゲームオーバーを想像する中……ユキだけは違っていた。


「……どうして」


 彼女は最初からノインの心配などしてない。

 では何が疑問だったのか。


 ユキが釘付けとなっていたのは――ノインの表情だった。



 激しい攻防の最中でも。

 自慢の防御が間に合わないと判断した時も。

 そして……こんな絶望的な状況でも。



「どうして――笑ってるんですか」


 ――彼の表情は楽しそうなのだ。



「――らぁぁぁあああああっ!!」

「「「っ!?」」」


 瞬間……ノインは真正面からリザードキングの攻撃を弾いた。


「な、なんだ!? 今、何が起きた!?」


 それは一瞬の出来事。

 ノインが何をしたのか見えなかった龍矢は困惑する。


 【アクセル】を使わないと真正面からの攻撃は防げないはず。なのに……彼は加速スキルを使わずに、今確かにチェーンソーをジャスガしたのだ。


「っしゃ! 克服したぜ!」

「……まさか」


 しかしリナはノインの盾の持ち方を見て……信じられないような目をする。


「まさか――!?」

「えっ、えっ!? どういうこと!?」


 リナの言ってることが理解できず、たまらずRui子が訊き返す。


「今の攻撃、ノインくんは盾を真正面に向けて迎え撃ったんじゃない……真横のフレームでジャスガしたんだよ」

「……いや、リナさん。真横だからと言って、ジャスガするという行為は変わらないのでは――」

「そう、そのままじゃ変わらない。だから、彼は盾をチェーンソーとは逆方向に回転させたんだよ」


 ノインの盾は円形だ。故に真正面を軸に横回転させることが可能である。


「……なるほど、シュートの時にボールを回転させるように、手首のスナップを効かせたってことだね!」

「ちょっと待ってくれ! だとすれば、ノインは――!」

「うん。1秒間に250回転するチェーンソーの速度を、彼はということ」


 つまり……彼は一寸の狂いなくスピードを合わせ、歯一本一本の攻撃をジャスガしたということを意味している。


 それがどれだけ人間離れしている技なのか――説明しなくてもわかるだろう。


 ――信じられない!


 リナは数々のプレイヤーを見てきたが……ノイン以上の戦闘センスを持っているプレイヤーなど、なかなか見れるものではない。


 同時に彼女は確信していた。

 トップランカーの一人と呼ばれている自分より……既に彼の方が実力は上だということを。


「【ブラスト】!」


 今度こそ出来た隙。ノインはすかさずリザードキングの懐へ忍び込み、そして――。



「ぶっ壊れろぉぉぉおおおおおおっ!!」



 ノインの短剣により……パキリと音を立て、紫の球体が砕け散った。

 その瞬間、紫の光が消え失せていく。


「よし、いいぞ!」


 ノインの合図に龍矢とRui子が駆けだす。


「ユキ先輩も!」

「えっ……で、でも……!」

「先輩の力が必要なんだ!」

「――っ!」


 ――どうして……どうしてそう言い切れるの?


 一度躊躇ったユキだが……ノインの言葉に突き動かされるかのように、彼女の身体は自然とリザードキングに向かって走り出していた。

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