第22話 ♰運命を彷徨う男は濃藍の夜に嗤う♰
第16階層の街『ナイト』に訪れた翌日。
「うー……やっぱ厳しいですね……」
今日も誰一人として見つけられず、ユキはがっくしと肩を落とす。
「んー……ユキ先輩。なんか同じマントしてる奴らが多くないか?」
「ああ、『
「へぇ」
『鷹隼騎士団』らしきプレイヤーはみんな白を基調としたマントに金の右翼と銀の左翼のマークが入っている。おそらくクランで統一しているのだろう。
「『鷹隼騎士団』は総勢200人にも及ぶ大クランです。多分RROの世界では一番大きなクランですね」
「200人って……プレイヤーの50分の1も占めてるじゃないか。凄いな」
「えっ、25分の1ですよ?」
「……え?」
確かβテスターは10,000人。ということは、単純計算して50分の1のはずだが……?
「いえ、閉じ込められたプレイヤーは5,000人ちょっとなんです」
「え? あんなに倍率が高かったのに、か?」
「いえ、それはそうなんですが……おそらくログインしてまもなく閉じ込められたからでしょうね。遅れてプレイしようとしていた人達は入れなかったわけだから、この人数になったんでしょう」
「……まあ、そうだとしか考えられないか」
確かに他の人の生活事情なんて知らない。もしかしたら仕事終わりにプレイしようと思っていた人だって、旅行終わりにプレイしようと思っていた人だっているかもしれないのだ。
半数というのはちょっと驚きだが……まあ、あり得なくはないだろう。
「だとすると、もっと凄いな。25人に1人が騎士団ってわけじゃないか」
「はい、第51階層にクランの本拠地があるので下位層にはあまり来ないはずなんですが……言われてみれば、ちょっと多いですね。ここ第16階層なのに……」
第16階層は特に思い入れもレベリングも効率的じゃない場所だ。
ナイトの街並みは綺麗で有名だが……それは観光としての評価であり、トップクランがこんなにも多く滞在していること自体がおかしなことである。
「はっ……もしかしたら騎士団も勧誘ですか!? 残りのソロプレイヤーを探して!?」
「うーん……そうか……?」
騎士団は既に200人以上を占めているクラン。これ以上増やしたところで大きなメリットが生まれるとは思えない。
「……まあ、こんなに騎士団でいっぱいでは勧誘しようがありません……ので、時間帯をずらしましょう」
「ずらす?」
これだけ勧誘しても全く捕まらない。このまま粘りよく続けていても効率的じゃない――そう考えたユキは一つ提案する。
時間帯をずらす。それはつまり……。
「夜に勧誘活動をします」
「……夜か」
「はい。本来、グループというのは昼に活動して夜に街に戻るものです。だから敢えて昼間を狙っていたんです」
「ふむふむ」
「ただ……現状での成果は0です。だとすれば、夜に街中を出歩いてるプレイヤーにターゲット層を変えた方が効率的だと思うんです」
「なるほどな」
ユキの提案にノインも納得する。
確かにターゲット層というのは大事だ。狙っている層が求めているものを提示しなくては、いくら売り込もうが何の意味もない。
ならばターゲット層を変えるのは良案である。夜に活動するプレイヤーも少なくないだろうし、やってみる価値は大いにあるだろう。
「いい、実にいい案だ」
「そ、そうですか……?」
「ああ、見直したよ」
「ふ、ふへへ……もっと見直してもいいんですよ?」
あまりにも褒めてくれるので、思わず顔を緩ませるユキ。
そんな彼女に応えるため、ノインはもっと褒めちぎることにした。
「うんうん、夜もちゃんと起きていられるんだな。てっきり夜9時になったら眠くなっちゃうと思ってたんだが……本当、見直したよ」
「馬鹿にされてます!? 私、馬鹿にされてます!?」
最大限に褒めたつもりなのに、表情は一変。鬼のような表情でノインを睨みつける少女の姿がここにあった。
「え、違うのか? いつも9時を過ぎると眠そうにしてるじゃないか」
「人を小学生扱いしないでくれますか!? 夜更かしなんてバリバリできますよ!」
「あっ、そうなのか」
「もちろん! なにせ最高記録10時15分ですからね! 立派な夜更かしレディーです!」
――あっ、ユキ先輩にとってその時間帯は夜更かしに入るんだな。
度合がやはり小学生らしく、ノインは生温かい目で自慢げに語るユキを見つめる。
「後で吠え面かいても知りませんからね! 夜でも立派に起きれることくらい、今夜証明してみせますよっ!」
***
「…………ふぁあ……」
時刻は午後9時5分。ユキは大きな欠伸をしながらナイトの街並みの中、ぼーっと突っ立っていた。
第16階層の街『ナイト』は二面性を持っている。銀や灰色を主とした建物が並び、いかにも武骨な感じなのが日中だ。
しかし……それが夜になると、街の姿は180度変わる。月の光に照らされる建物は黄金に輝き、いかにも華やかな感じになるのが夜なのだ。
その為、観光目的で訪れるグループは少なくない。この街を拠点としているクランも多いのも事実だ。
「ふぁあ………………はっ!?」
今日もナイトの夜景は綺麗だな――なんて思いつつ、ぼーっとしていた自分に気が付き、慌てて目を見開く。
――だ、だめだめ! ここで寝てはノインさんに馬鹿にされてしまう! 私は立派なレディー! ちゃんとソロ活動してそうなプレイヤーを探さないと!
なんて気を引き締めつつ、辺りを見回す。
――やっぱりどこもグループが多いな……あっ、あの人は一人なんじゃ……いや、違った。他の人と待ち合わせしてるんだあれ。うーん、あの人たちも無理そう……ならいっそ二人組とか狙ってみようかな……あー、あの人たちが食べてるアイスおいしそうだなあ………………えっと、なんだっけ……あ、そういや小学校の頃の安藤先生元気かな…………体調崩してないかな………………えーっと……。
「………………はっ!?」
――私、今寝かけてた!? 危ない危ない! しっかり起きておかないと! っていうか、こんなにも眠いのって絶対今日の夕飯のせいだ! 夜に向けて気合入れるために多く食べちゃったからだ……でも、今日のログリルバードは美味しかったな…………あの頃のミノタウロスのソテーも美味しかったけど、今日のも実にジューシーだった……私もあんな美味しい料理作って…………まず誰に食べてもらおうかな…………やっぱりノインさん………………ノインさん、何が好みなんだろ…………………………えーっと、なんだっけ、ノインさん、じゃなくて…………………………えーーーっと…………。
「おーい、ユキ先輩」
「ふぁい!? あえっ、ノ、ノ、ノインさん!? やっぱり、グリルチキン派ですか!?」
と。
いきなり目の前にノインが現れ、びっくりするユキ。
「え? なんでそんなこと訊くんだ?」
「え……? あの……私、今何か言いました?」
「え??」
「???」
寝ぼけている人特有のボケをかまし、お互い頭に『?』マークを浮かべる二人。
「ってそんなことはどうでもいいんだ。来てくれ!」
「ふぇっ、い、いきなりどうしたんですかっ」
もはや眠すぎて当初の目的を忘れつつあるユキの手をノインは実に明るい声で返答した。
「見つけたんだよ! 仲間になってくれるやつを!」
***
ノインが連れてきたのは第16階層――ではなく、第1階層『ステップ』だった。
「ほら、ユキ先輩も言ってただろ? 『昼に活動する人と夜に活動する人は違う』って。つまりステップでも同じことが言えるんじゃないかって思ってさ」
彼は得意げに解説しつつ、広場の噴水へと向かう。
「で、あいつが新しく入ってくれるという仲間だ」
と、指さした先にいるのは一人の男だった。
全身を紺色の衣装で包み込んだかのような恰好。忍者っぽい衣装と言われればそうなのだが、ファンタジーらしいハットが異色感を醸し出している。
そして深く帽子を被り、紺のマスクのようなもので口をも隠し、前髪を長くした男の顔は全く見えない。前髪の間からちらりと覗かれる青い瞳に、思わずユキは硬直した。
――あれ、この人危ない人なんじゃ……?
「よう。連れてきたぜ」
そんなユキの不安にお構いなく、ノインは気さくに全身紺色男に声をかける。
――い、いや、人を見た目で判断してはいけないってさんざん言われてきたじゃないですか! ノインさんもいるんだし、大丈夫なはず!
「あ、あの……こんばんは。私たちのパーティーに入っていただけるとお聞きしたんですけど」
意を決し、ユキも挨拶した。
すると、紺色男は顔をあげる。
「ふむ、これは偶然……いや、神の悪戯によって仕組まれた必然かもしれないな」
「………………は?」
「夜空に輝く星々は俺たち人間に見られているだけではなく、星々もまた俺たちという輝きを見ているんじゃないかって意味さ」
「…………」
【♰濃藍の天を駆ける『龍矢』は世界の蒼茫さを知る♰ Lv.54.5】
――あっ、やべーやつだこの人。
「あ、あはは……ちょっとすみません」
ユキは引き笑いを浮かべながらノインの裾を引っ張り、少し離れていく。
「……ノインさん。彼はやめましょう」
「どうした急に」
「どうしたもこうしたもありません! 彼の名前と言動! 私知ってますよ、いわゆる『中二病』ってやつですよね!?」
中二病。
思春期真っ只中に起こる言動や状態であり、自分を特別な何かだと思い込む……まあ要するにそういうことである。
そして今まさに中学生であるユキにとっては、一番警戒しているものだと思っても過言ではないのだ。
「しかも見たところ、私より年上ですよね!?」
「ああ、確か俺の一個下くらいらしいぞ」
「ノインさんと同じくらいの歳で中二病ですよ!? 絶対関わっちゃいけませんって!」
「そうか? 俺はいい奴だと思うぞ?」
「自分の名前に十字架マークをつけてる人なんて、絶対危ない人です!」
「いやほら、リナって人も前後にマークつけてたじゃないか」
「あれをリナさんと一緒にする気ですか!?」
「大丈夫だって先輩。それに誰も仲間になってくれない状況で、あいつは承諾してくれたんだ。こんなチャンスを逃しちゃうのか?」
「うっ……」
図星を突かれたユキは反論できず……やがて小さなため息をつき、例の男の方を振り返った。
「はぁ……わかりました。でも、もう少しだけ話させてください。それで判断します」
「ああ、わかった。ユキ先輩に任せよう」
一体どこからそんな自信が出てくるのか……ちっとも断られると恐れていないノインを不思議に思いつつも、ユキは作った笑みを浮かべて男の方へ戻っていく。
「あ、あはは、すみません、お待たせしました」
「いいや、待ってないさ。時間というものは風と共に過ぎていく儚いものだ」
「っ……え、えーっと………………すみません、なんて呼べばいいですか?」
「みんな名前で縛りたがるな……俺の真名などないというのに」
「………………
「ああ、周りも俺のことをそう呼ぶ。それで構わない」
「っ……! りゅ、龍矢さんは私たちの仲間に入ってくれるんですか?」
「そうだな……俺もこうして一人で戦い続けてきたわけだが、そろそろ世界の蒼さを知るべきだなってな」
「り、理由など教えていただけると嬉しいんですがー……」
「……ふっ、俺もわからない。ただ運命の糸に惹かれてきただけさ」
「だそうですノインさん。彼自身の判断じゃないようですし、無理に仲間に入れるのも可哀想です。本当に残念ですが、彼の意見を尊重して諦めることにしましょう。じゃあこの話は白紙ってことで。さようなら」
とうとうユキに限界が訪れた。
龍矢にくるりと背を向けると、無表情で足早にノインの方へ向かっていく。
――やっぱり話の通じる相手じゃなかった!
自分の判断が正しかったと確信するユキ。
だが……素早くユキの前に回り込んだ龍矢はさっきの謎めいた雰囲気はどこに行ったのやら、必死に頭を地面につけ始めた。
いわゆる土下座である。
が、ユキの冷ややかな視線は変わらない。
「……もう9時回ってるので寝る時間なんですが?」
「えっ、でも先輩は夜更かしできるんじゃ――」
「ノインさんはちょっと黙っててください。そんなわけで、そこどいてもらえます?」
「いや、あの、すみませんでしたぁ! 本当は仲間に入れてほしいんです!」
「普通に喋れるじゃないですか」
さっきとは全く違う口調にユキは思わず呆れる。いい歳した大学生が中学生に土下座なんてして、情けないと思わないのだろうか。
「で、龍矢さんから仲間に入れてほしいんですね?」
「はい! 色んな人と一緒に攻略することは多々あっても、いつも一回きりで終わってしまうんです! きっとサブジョブがバーサーカーなせいだとは思うんです!」
――いや、明らかにさっきのが原因でしょ。
「あ、あの、お二人もサブジョブがバーサーカーなんですよね?」
「……そうですが?」
「お願いします、一緒に旅してください! ジョブを変えた方が賢明なのは重々承知なのですが、どうしてもサブはバーサーカーでプレイしたいんです! そんな俺の元に、同じくサブがバーサーカーのお二人に巡り合えたのはきっと運命なんです! このチャンスを逃したら、もう一生ソロで活動しなくちゃいけないような気がするんです! だから……お願いします!」
「………………うぐぅ」
龍矢の必死なお願いにユキは呻る。
というのも、龍矢の気持ちはすごくわかるのだ。サブがバーサーカーだからソロ活動していた時期だって長いし、今だって新しい仲間に巡り合えず四苦八苦している現状。
――今、ここで断ったらなんだか罪悪感で押しつぶされそうだし…………それに。
「……ま、まあ。そこまで言うのであれば、仕方ないですね」
「っ! じゃ、じゃあ……!」
「ジョブをどうしても変えたくないあなたの気持ちもわからなくもないですし……私たちも、ちょうど仲間を探していたところですし? もし、龍矢さんがフリーなら……一緒に旅してあげなくてもないですが?」
「……あ、あ、ありがとうございますっ! ありがとうございますっ!」
――素直じゃないなあ、ユキ先輩は。
何度もお礼を言う龍矢にツンとした表情をするユキを見て、ノインは微笑ましげに見る。
「あっ、えっと、では改めて挨拶を……」
「えっ、挨拶?」
急激に嫌な予感がするユキに、龍矢は立ち上がるや否や「ごほんっ」と咳払い。
「――濃藍の天を彷徨い、世界の蒼茫を目指す。人はみな俺のことを『龍矢』と呼ぶ……二人とも、群青の星になる気はあるか?」
「やっぱり、さっきの話はなしにしましょう」
「た、ただのロールプレイですってばぁ!」
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